第123話 再演
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
「ウィル、いいえオズワルド陛下。私の言っている意味が分かりますね?」
俺にはナイメリアの話が分かる。分かってしまう。俺はウィルであってウィルではない。
扉が開かれた。心の奥底に封じてあった記憶があふれ出て、自分が何者だったか自覚してしまった。
「ウィル君!」
セレナさん。ここまで来てくれたのに、ごめん。
「俺はオズワルドだ」
そうだ、迷宮の番人たちと同じ。記憶と夢が人の形をとっただけの存在だ。
「俺が迷宮を見通す力を持っていたのは――」
「貴方が迷宮の作り主だからです陛下」
ナイメリアが答える。俺に仕える司祭のように慇懃に。
「俺が他人の記憶を見ることができたのは」
「貴方自身が夢であるからです」
「俺がアーティファクトを、ドリームズ・エンドを持っていたのも」
「それは存じません」
知らんのか。でもナイメリアの話は正しい、今ならあらゆるピースがはまる。
時折りオズワルドの過去を垣間見たと思っていた。だが違う、あれは閉ざされていた記憶が蘇っていたんだ。今はオズワルドの記憶、怒り、憎しみ、苦悩、哀しみ、全て自分のものとして心の中に渦巻いてる。
「おいウィル、そんな奴の話を真に受けるんじゃねえ!」
「ウィル、こっちを見てウィル!」
仲間たちの声が遠い。世界が遠い。
「――!?」
影が揺れるのを見て体が強張った。あれは近衛騎士、罪のない彼らを俺は殺してしまった。
また別の影が浮き立つ。マクベタス、我が父。あの人は俺を疑いながら、恨みながら死んでいったのだ。
そしてロバート、忠実だった処刑人は俺に不信を抱いた、抱かせてしまった。彼は死の間際まで後悔にまみれていた。
俺を責める視線を感じる。皆死んだ。そして俺は何をしている。
「取り返しがつかない、全部手遅れだ……」
殺した。敵を殺した。憎しみと無知によって多くの人々を殺してしまった。
殺した。反逆者を滅ぼした。信頼していたはずの者まで殺した。
殺した。帝都に住む人々を、無辜の民を生贄に差し出してしまった。
殺した。
殺した。
殺した。殺した。
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
数えきれないほど殺して、殺し続け、その先に平和はなかった。あるのは薄汚れた迷宮と消えかけた老人の夢だけ。
誰か助けてくれ――そんな権利はない。
どうか赦してくれ――赦される資格などない。
もう終わりにしてくれ――『終わりにしてしまってよいのですか?』
「陛下、私と貴方の契約はまだ続いております」
「メア……いやナイメリア……」
「陛下の夢はとても醜くて美しい。私、魅せられてしまいましてよ。貴方の力になりたい、貴方の願いを叶えてさしあげたい、貴方を放したくない……」
「ウィル、聞くんじゃねえ!」
ナイメリアの手が俺の、私のあごに触れる。口が触れそうなほど近い距離、優しい、とても優しい微笑みがそこにある。
「貴方が願えば私の力は思うがままです。ここを抜け出して再び玉座に君臨することなど造作もない」
「願い……」
「あるいはもっと前からやり直しましょうか。王子に戻って過ちを正しますか、それともエルフの女と静かに生きる道を選びますか。何でしたらオズワルドではなくウィルとして生き直しますか?」
ウィルとして、オズワルドを捨てて……?
「貴方が夢を描けばそれが現実を塗りつぶし、罪も憂いも洗い流してくれます。冒険者となるのもよろしいでしょう、仲間たちに囲まれて冒険の旅に出ますか。可愛らしい御令嬢に騎士として仕えるのも悪くありません。全く別の人生を選ぶも善し、全て貴方の御心次第」
「テメェ邪神コラァ!」
――ガロ、ナイメリアに飛び掛かった。だが捉えられない、ナイメリアは木の葉のように身を交わした。
「邪魔をするな」
「げぐっ――!」
冷たい声とともにガロが吹き飛び、石の壁を軽く砕いた。それだけじゃない、ナイメリアが手をかざすとそこらの石像や石柱が浮かび、ガロのいる辺りへ矢のように突き刺さった。
「ふんがっ!」
瓦礫を吹き飛ばしガロが立ち上がる。だけどすでにボロボロだ、俺のせいで……。
「頑丈だな、殺すつもりでやったのだぞ」
「この野郎、ハァ……ハァ……さっきからゴチャゴチャとなあ」
「だが私と陛下の時間を邪魔することは許さぬ」
さっきと同じ、様々な瓦礫が宙を舞いガロたちへ向く。いつでも攻撃できる構え、誰も近づけない。
「だったらなんなのさ!」
――アイリーン、来ちゃダメだ戻れ。
「欠けた女が愚かな」
ナイメリアは容赦しない。瓦礫を雨霰と振らせ攻撃する。これをアイリーンはシールドで防ぐ。防ぐ。防げども身動きできない。
「ウィル、前に言ったよね。あたしたちは仲間、絶対守る!」
「アイリーン……」
皆はこんな俺を許してくれるのか? 正体を知ったうえで信じようとしてくれるのか?
でもごめん、俺は俺自身を許せない。俺が俺を一番信じることができない。今すぐ自分を八つ裂きにして終わりにしたい、そんな衝動で溢れている。
「ウィル君……」
セレナさん……いやセレナ。生きていたオズワルドの子、我が娘。嬉しいことのはずなのに今の俺は向き合うことができない。
俺は汚れている。そんな俺に救いがあるとしたら。
生き別れたルカルカの笑顔が浮かぶ。側にいてくれたマティルダ皇后の憂い顔が。放心状態のエドウィン。今も戦ってる仲間たち。マリアン……屋敷で待っている人たちが頭をよぎる。
「俺の願いは……」
「さあ陛下」
もしも、もし許されるなら俺は……。
――パッ。
光。さっきまでの舞台に明かりが灯った。
「タラリラリランラン~♪」
誰かいる。覚えのある声、変な調子の歌を口ずさみながら現れたのは……。
「……どうして」
「よ~うワル坊、今までで一番しょぼくれた顔だなあ」
酒の匂いをまき散らしながら、くたくたの道化師みたいな服を着て、酔っ払いのクリフ爺さんが地の底に現れた。