第122話 劇場②
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
「皇帝オズワルドの政策は父マクベタスとは真逆、周辺国との融和を目指す一方で国内の反対派は粛清されていった。もっとも戦争はマクベタスが招いたものであり、その与党も他種族に偏見を持つ者たちであったが。
それでも帝国の民には疑問を抱く者少なくなく、オズワルドに対して様々な謀議が休むことなく企てられた」
そこからはホセに聞いた通り。七層の番人、処刑人ロバートは休むことなく罪人を殺し続け、ついには自身が反逆罪で処刑された。
「皇帝の信頼できる者は徐々に減っていき、その精神は著しく摩耗していった」
舞台では夜な夜な悪夢にうなされるオズワルドの姿が浮かぶ。……ふとそこに近寄る女の影があった。
『哀れな皇帝陛下、私はメアと申す者。貴方の悪夢を払いのけて御覧に入れましょう』
――その声、その顔、メアと名乗った女はナイメリアそのものだ。エドウィンも気付いたらしく驚きの目をナイメリアに向けた。
「奴はまさか……」
「皇帝は神秘の力に救いを求めるようになっていた。女司祭の力に依存し、逆に周囲との溝は一層深まっていく」
『誰も彼も我が心中を理解しない。平和を求める心を知らず反対ばかりする……』
『人とは所詮そのようなものです陛下。世を統べる者とは孤独なものでございます』
『私のことはどうでもよい、エドウィンたちには争いのない世界を生きてほしいのだ』
「父上……」
「だがオズワルドの想いとは裏腹に、その時は来てしまう」
『陛下、貴方の崇高な願いを実現する術がございます』
『それはどのような方法だ?』
『神々にその御心を伝えられませ。さすれば貴方の願いに応えてくださいます』
『神々か……』
オズワルドの手が側にあった剣に伸びる。
『それは異形の神々のことか?』
女司祭の顔が一瞬驚きで固まる。瞬間、オズワルドの剣が女の首を斬り飛ばした。床に転がった頭は怪しい笑みに変わっていた……。
『……ハァ、ハァ。異形神の僕か、危うく引き込まれるところだった』
息をつくオズワルド、その場面に飛び込んできたのは――エドウィン。
「そんな……」
『父上、今の音はいったい――』
『エドウィンか、何事もない下がっていろ』
返り血に染まった皇帝の姿を見てエドウィンの目はまん丸くなっていた。
「バカな、そんなこと……」
「エドウィン……?」
『その女は父上が重用していたのではありませんか、何故殺したのです!?』
『後で話す、今は下がっていろ』
部屋を出たエドウィンは頭を振りながら呟く。
『……もうあのお方はダメだ』
「止めてくれ、頼む……」
「で、殿下いかがしたのですか?」
エドウィンの様子が。足の力が抜けてベオルンに支えられている。
『……セルディック』
『はい』
『実行せよ』
セルディック宰相の命令で人が動く。オズワルドは眠らされ地下の奥底へ、密かに運ばれていった。
「皇太子よ、己の罪が何であるか悟ったな?」
「……あ……あ……」
「私は司祭に扮してオズワルドに近づいたが、彼は私の誘いを拒絶した。彼は正気と狂気の境界線で踏みとどまったのだ」
「止めろ……」
「そなたは“狂った父親を幽閉した”のではない、“狂気を振り払った父親を幽閉してしまった”のだ」
「止めてくれぇ!」
エドウィン。エドウィン、ああ貴方は……何ということなの。
舞台ではオズワルドが地下室で目覚めたところだ。家具の整った綺麗な部屋、だけど窓すらない地底の牢獄。
『ここは、どうしたことだ。誰かいないのか?』
人を呼ぶけど返事はない。扉は厳重に鍵が掛けられて出られない。
『ここを開けろ、誰が私をこんなところへ閉じ込めた!?』
『陛下、落ち着いてください』
部屋の外には衛兵がいたけど、けして扉は開けようとしない。
『貴様ら何のつもりだ!?』
『しばらくこちらでお休みください、陛下は酷くお疲れなのです。必要な物はいくらでもご用意いたします』
『これは謀反か、私を玉座から引きずり下ろすつもりなのか!?』
『……お答えできません』
言葉だけ丁寧で冷たい衛兵たち。オズワルドはあらゆる言葉で解放するよう伝えたが全く応じてもらえない。
『……エドウィンを呼んでくれ、私がここにいると伝えてほしい』
『なりません陛下』
『頼む、エドウィンを』
『これはエドウィン殿下のご命令によるものです』
『――っ』
息子に裏切られた。その事実がオズワルドを完全に打ちのめしたようだった。
『これは、何かの間違いだ。夢であってくれ……』
『フフフ』
オズワルド以外に誰もいないはずの部屋で女の声が響いた。
『誰だ……?』
『まさかお忘れですか、自分で殺した女のことを?』
『メア……!』
死んだはずの女司祭がオズワルドの前に現れた。壁に駆け寄るも逃げる場所なんかなく、その表情はいよいよ見ていられない。
『哀れな陛下、ついに御味方がいなくなりましたね』
『止めろ、来るな!』
『ですが私は陛下をお恨みしておりません、私は常に貴方の御味方です』
『これは夢だ、悪い夢だ!』
『そう夢です、夢だけが貴方の安息。望むままに思い描きなさいませ』
『夢……夢が……』
『もう……』
――もういい。そんな言葉が漏れると空気が震えた。しわがれたオズワルドの体に亀裂が入り、その内側から光があふれ出す。
『何もかもどうでもいい……』
光とともに夢があふれ出た。内なる夢が現実を侵食する、オズワルドから迷宮が生まれる。
***
「こうして帝都オルガは破壊された」
……オズワルドの真実、エドウィンの罪、そして迷宮の真相。全ての情報を浴びるように見せつけられた私たち、まだしばらく頭がぼうっとしている。
「……ハァ……ハァ……」
「殿下、お気を確かに」
特にエドウィンは震えが止まらない。自分のしたことが引き金になったと知った彼の心中はいったい。
ずっと側にいたからかな。私は一度も会ったことがない父、彼とはまるで見方が違うんだろう。
「……それで、異形の神よ」
一人冷静、というより冷徹なエリアルはナイメリアに問いかける。
「今までの話がそこのウィルとどう関係するのだ?」
「そ、そうよ何のために彼を連れてったのさ」
「そう焦るな、長かった演目も終いだ」
舞台の幻影は消えて現実が帰ってくる。ウィル君は動かないまま。
「私とオズワルドの契約は成立し、彼の夢が地上まで侵食した。だがその流れが突如止んでしまう。――あれを見よ」
示されたのは下層にいるオズワルド当人。
「あれは言わば抜け殻、中身がない。心だけがどこかへ消えてしまったのだ」
「心が消えた?」
「どんな方法を使ったのか我が目を盗んで抜け出してしまい、それに伴って迷宮の拡大は停止した」
そこに帝国軍の反撃があって市街を奪還できたわけね。でもオズワルドの心って。
「私は何年もかけて心の在処を探した。だが私自身は深層部から動けぬ身、精神を飛ばしても中々見つからなかったのだが……」
「まさか」
「フフ、もう気付いておろう、この若者」
待って、止めて。
「このウィルこそオズワルドの心が形となった者である」




