第121話 劇場①
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
「教えてやろう、皇太子エドウィンの罪、迷宮の謎、皇帝オズワルドの真実を」
ナイメリアの指が鳴る。光の弾が宙を舞うと廃墟の一画を照らし、さながら舞台のごとく闇に浮かぶ。
ウィル君……。このわずかな時間の間、彼は全く動かないでいた。駆け寄りたいがそれはできない。今この場は異形の神ナイメリアに支配されている。
「オズワルドは皇族の一人マクベタスの息子としてアルテニア帝国に生を受ける」
光の中に一人の赤子が映し出される。ナイメリアの幻か、本当に舞台演劇のようになってきた。
「折しも時代は混迷の時、エレア4世の後継ぎを巡って暗闘が続いていた。皇族の一人マクベタスは帝位を狙って介入するエルフやドワーフ、獣人たちに強い憎しみを抱き、それはそのままオズワルドへ毒のように刷り込まれていった。
オズワルドは寝物語のように他種族への差別を聞かされ、夢にまで彼らが現れ苛まれるようになった」
幼いオズワルドを醜悪な顔をしたエルフが追いかける。他にもドワーフや獣人、小人なども出てきては狂ったように騒ぎ立てる。オズワルドは怯えた表情で逃げ回るが、やがて舞台が切り替わる。
「成長したオズワルドは世の中の現実を目の当たりにする。帝位を巡る争いは混迷を極め、宮廷は毎日が騙し合い。昨日友人だった者が次の日には捕えられ、一族そろって処刑される。そんな日々にオズワルドは周りの人間を信用できなくなっていく」
処刑台と首斬り役人、転がる死体。子供とは思えない乾いた目のオズワルド……。
「宮廷の混乱はマクベタスによって鎮められ、彼が帝位に就くことでオズワルドは皇太子となる。それは新たな悲劇の始まりに過ぎなかった」
次のシーンは見慣れたような地下だった。下水道……迷宮の第三層? オズワルドは身を隠すようにして暗闇を歩く。
「しばらくして事件は起きた。皇帝に対する暗殺未遂が起きオズワルドの母が命を落とす。オズワルド自身は地下に逃れたが、事件の首謀者である他種族を一層憎むようになった」
更に場面は変わる。これは城郭……見覚えがある様式にガロが反応する。
「ドワーフの城だ」
「四層にあったのと同じ城?」
「それだけじゃない、ここまでの舞台一つ一つが迷宮の階層とどこか通じてる」
「薄々思ってたけど……やっぱりそうなんだ」
この迷宮はオズワルドの悪夢を形にしたもの、夢の神ナイメリアによって具現化したものなんだ。
「オズワルドが大人になった頃、皇帝マクベタス1世は周辺国と激しい抗争を繰り広げ、オズワルド自身もその戦いに加わることとなる。軍を率いたオズワルドは獣人やドワーフを攻め多くの血を流す。
だがその中で彼らと接見するうちに、種族は違えども同じ人間であると気付くようになる。オズワルドの心には疑問が生じ始めていた」
シーンは激しく変わる。燃える城郭、血と泥に塗れた戦場、そしてオズワルドの敗北。
「戦場でエルフに敗れたオズワルドは負傷しながら逃亡した。味方もなく一人さまよっていると、彼はエルフの女と出会う。名はルカルカ。古風なエルフのあり方に馴染めず森で一人暮らしていた。
女の治療によって一命を取り留めたオズワルドは、もう他種族を憎むことはできなくなる。国へは戻らず、二人共に過ごすうちに惹かれ合い子を成すに至る」
「バカな!」
エドウィンが声を上げる、彼の知らない父の姿に対して。
「父がエルフの女とそんなこと……」
「事実よ」
「セレナ、何故そう言える?」
「この人は私の母だから。これが証拠よ」
取り出した指輪を見せる。オズワルドから母へ、そして私へ託された印象付きの指輪。
「……そうか、お前が私に近づいたのはそういうことか」
全て理解したみたい。エドウィンとの間に重い沈黙が流れるところ、ガロが私の肩をツンツン叩く。
「ちょ、その、待て。二人は姉弟って、こと?」
「……うん」
ガロの大きな口が可動域の限界まで開いた。ごめん驚かす気はなかったのに。
このことは明かさずに済ませたかったけど、でもダメだった。父のあんな姿を見せられたら頭の中がカッとして……。
私は怒っている。エドウィンに怒っている。
「だが穏やかな時間は長くは続かなかった」
ナイメリアの声で演劇は続く。鬱蒼とした森の中、二人が暮らす小屋に近づく者たちがあった。
「オズワルドの行方は父マクベタスの知るところとなった。七人の近衛騎士が密かに訪れオズワルドに帰還を促す」
――七人の近衛騎士、間違いなく五層の番人たちだ。
「苦渋の末オズワルドは女を逃がし、自らは国へ帰ることにする。だがマクベタスの怒りは彼の想像を超えていた。近衛騎士は密かに女を殺すよう命じられていたのだ」
「……でもセレナは生きてるぜ?」
「左様、騎士たちは身ごもった女を殺すに殺せず、二度とオズワルドに会わないことを条件に見逃した」
「それじゃあそいつらは」
この話は母から聞いている。そして彼らの辿った末路は……。
「帝都へ戻ったオズワルドは父の所業を知ることとなり、胸に怒りと憎しみを抱きながら時を待つ。やがてマクベタスが食中毒で死ぬと新たな皇帝が誕生した」
「食中毒かよ」
「食中毒である」
それが事実なら良かった、オズワルドが毒を盛ったのかと思ってた。
「帝位に就いたオズワルドは、件の近衛騎士を密かに集め処刑した」
「……それがあの首の無い騎士たちってわけか」
そう。知らぬこととはいえ、彼らはオズワルドの怒りによってあんな姿に。彼らの剣で刺された痛みを思い出す、彼らの苦悶を思い出す……。
「新たな皇帝の出現により時代は次の局面を迎えた。すなわち戦争の終わりと内乱の始まりであり、“狂帝”の治世が始まったのだ」