第101話 伯爵
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
「……ううん、久々の自由は良いのだが、さすがに空腹だ」
レイヴァイン伯爵が腹をさする。空腹なんて言葉で済むのかと疑問だが。
「ちょっと血を吸わせてくれないかね……できれば処女の血が良い」
「贅沢な奴だな。セレナかアイリーンどうよ?」
ガロが水を向けるとセレナさんがギョッとする。
「そそ、そういうのは私ちょっとどーかな」
「少しくらい良いだろ」
「あたしの血だとその人死んじゃわないかな」
「アイリーンは……あーマズイか?」
アイリーンの聖女パワーで逆に浄化されちゃうかもね。
「そのへんのゾンビじゃダメ?」
「腐っとるがな……一応貴族なんだよ?」
「ところで伯爵、肝心なことを聞きたいのだが」
「何だね、薄情者のホセ?」
「謝るから。この監獄、いや帝都の地下で何が起きたのか、ここにいた君から聞いてみたいのだよ」
それだ。“帝都侵食”が起きたその日、地下で実際に何が起きたのか知る者はほとんどいない。
尋ねられたレイヴァインは腕を組み考える。
「……ふうむ。私自身はこの棺に閉じ込められていたから、何もかも把握しているわけではない」
「この中で50年とかよく発狂しなかったな」
「こんな場所でも楽しみはあるものだ。私は耳も良いから、囚人や看守の会話に耳をすませたりしていたよ」
吸血鬼は身体能力も優れているというが……それをよく捕まえたな。
「それに話し相手もいた。といっても幽霊ばかりだが」
「この子もそうなのね」
「ほう、君には見えるのだね」
俺たちを案内してくれた子供の幽霊だな。
「そのうえで話すけれど。数年前、確かに何かが起きていた。兵隊が上下に行き交い誰か運んでいるようだったが」
「誰か、囚人ですか?」
「いや、もっと物々しく護送と言うべきものだったよ。それが監獄の脇を抜けさらに下層へ降りて行った」
「地下の最深部……?」
「その後しばらくは何も起きなかった。だがある日、地下で何か強大な力が弾けるのを感じた」
……それがもしや。
「地下で膨らんだ力は瞬く間に階層を駆け上がり、監獄を、さらに上層まで空間を塗り替えていった」
「それが地下の迷宮化……帝都侵食……」
「そこからは地獄だ。いたるところで魔物が湧きだして守衛も囚人も皆殺し、死者はゾンビとなり今に至るまで彷徨い続けている」
「酷い……」
「伯爵、この件に異形の神が絡んでいると見ているが、君はどう思うかね?」
「間違いないだろう……これほどの変化を起こせる存在は他にいない」
詳細ではないが実感を伴う意見だった。あの日、最深部で起きたという、深部、地下――扉を開けてはいかんぞ。
「君たち、ここを探索するなら奴に気を付けたまえ」
「奴って?」
「“処刑人”だ」
扉の軋む音が不気味に響いた。
「その“処刑人”というのは?」
「正体は分からない。剣を手に、白衣を血に染め、監獄を徘徊し続ける魔物。幽霊たちがしきりに警告してくる」
正体不明の処刑人……すぐにピンとくるのは、そいつが番人ではないかということ。
「ホセ、他のパーティーに共有した方が良いかな?」
「そうだな。ただし、レイヴァインのことは伏せておこう。聖堂騎士が嗅ぎ付ければ厄介なことになる」
「えっ……あいつらも来ているのかい?」
「道すがら今の状況を話そう。君がいない間に面白いことになっているぞ」
***
ホセが言うには聖堂騎士、<白の部隊>の連中ならば吸血鬼を見つけ次第攻撃しかねないとのこと。それが帝国公認の伯爵であってもだ。
「先に見つけたのが我々で良かったな」
「そういうことにしておこう。……しかし皇太子直々に地下探索とはねえ」
歩きつつ伯爵にはここ数十年の出来事を話しておいた。彼が捕らわれているうちに皇帝は代替わり、帝都は迷宮化し皇太子の大探索。
「……聞く限りオズワルドとやら、父親と真逆だね。それなら私に恩赦をくれても良かったのではないか」
「そう簡単でもないのだよ伯爵。大臣たちは反対するだろうし、恨みを持って反逆されることも警戒したかも」
「ともかく、代わりにエドウィンとかいう皇太子に文句を言ってやろうかな」
「ならこちらのエレア王子に言うといい」
ホセが俺の肩を叩く。そのネタ通じるのかよ。
「君が王子だって? 道理でマクベタスやオズワルドに似て凛々しいと思っていた……フフフ」
通じたよ。
「伯爵さーん、この子は他人の空似でウィル君でーす」
「……この骨野郎」
「クーククッククク……」
この賢者いつか刺されるぞ。それか呪われる。
「……伯爵、そんなに似てると思いますか?」
「うん。特にその瞳、私を倒した勇者エレアを思い出す。曇りなく澄んだ瞳だ」
「確かに、帝室に多い目だ」
ホセも同意して視線が集まる恥ずかしい。
「私も覚えているのだよ、勇者エレアの目は人々を救うという使命と、広い世界にこぎ出そうとする希望に満ちていた」
「希望……」
「まあその十分の一ぐらいは良い目をしている」
「そんなもんかい」
『ザッ――ザザ――』
水晶球での連絡だ。定期連絡と合わせ処刑人の情報を集めている。
『こちら<ユリシーズ>、情報にあった処刑人だが、それらしき魔物は見ていない』
『<ライブラ>も――ザザ――同じく。見つけ次第連絡する』
『ザザ――そんなものが本当にいるのか?』
疑問に思うのは当然だろう。だが伯爵の名前は出さないでおきたい。
「うちのアイリーンが幽霊から聞き出した」
『アイリーン……あの聖女とかいうのか』
『できる……のか? いやできそうだな……』
そういうことで納得してもらった。
「あたしって結構信頼されてるっぽい?」
「どうだろ……されてるかも、いやどうかな……」
分からん。
地下では時間間隔が分からないので疲れ具合を見て野営する。大探索が始まってしばらく地下暮らしだけど、兵站が保たれているおかげでマシなものが食べられる。
「干し肉にドライフルーツ、お酒もあれば文句ないんだけど」
「ドワーフの奴らは探索中でも飲んでたぜ」
「伯爵は口に合うかね?」
「もう腹に入れば何でもいい気分だよ」
食べ終わると適当な牢屋にベッドを動かし、ホセが安全のため結界を張り巡らせた。
「ベッドにだけは事欠かないねー」
「寝るには辛気臭い場所だがな」
「そう言わないで……私はここで数十年寝起きしたのだよ」
牢名主みたいな伯爵も久々に手足を伸ばして眠れるのは嬉しそうだった。俺もベッドに潜り込むが、最近また夢を見る頻度が上がってるのが気になる。どうか安眠できますように……。
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その罪人は殺人者だった。人民の敵は赦されぬ、首を斬り落とした。
その罪人は邪教徒だった。神々の敵は赦されぬ、首を斬り落とした。
その罪人は暗殺者だった。皇帝の敵は赦されぬ、首を斬り落とした。
その罪人は反逆者だった。帝国の敵は赦されぬ、首を斬り落とした。
人民のため神々に誓い、皇帝の命で帝国に尽くす。斬った。斬った。斬り続けた。
いったい何人斬っただろう。どれだけ斬っても帝国に安寧は訪れない。
やがて私の心に一つの想いが生じる。何かが間違っているのではないか?
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