第99話 アビス②
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
――出してくれ!
誰かの声。遠い過去の悲痛な叫び。
――私は無実だ、何かの間違いなんだ。
絶望の声。打ちのめされた人々の嘆き。
――地上に戻りたい……。
諦めの声。地の底で朽ち果てた人々の苦悶。
俺の頭が声の濁流で満たされる。“潜行”して第七層の構造を把握しようとしたが、かつてない量の残留思念に触れてしまった。ここで死んでいった人々の苦痛が、悲しみが、俺の頭に直接響いてくる。
「どうしたのウィル君!?」
「頭に、色々流れ込んできて……」
「すぐ治療するね!」
寒い、ダメだ、余計なビジョンが混ざって――拷問は嫌だ――周囲の把握どころじゃない。
――首を斬らねば。
切らないと。意識を。
――陛下の敵を尽く。
切れ、早く。
――今度こそやり遂げる。
「ウィル、すまない」
――プツン。
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それは代々の務めだった。それは神聖な役目だった。
剣を清め神々に祈る。そうして罪人の首を斬れば、彼の者の罪は贖われるのだ。
そう言われて剣を振るってきた。祖父からも、父からも、そして皇帝陛下からも。
罪人は減らない。少し変わったことといえば他国の捕虜が減り、代わりに国内の不忠者が増えたことだ。
それでも責務は変わらない。帝国のため、皇帝陛下のため、罪人の首を斬り続ける。
それだけだった。それだけのはずだった。
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「何故だ……」
「あっ、気が付いた?」
「……ルカルカ?」
「へ?」
セレナさんが俺を覗き込む見慣れた光景。また寝込んでしまったようだ。
「……どれくらい寝てたの?」
「え、っと二時間くらいかな」
「まったく危なっかしい奴だぜ」
ガロやアイリーン、ホセ、マイケルも。随分待たせてしまったみたいだ。
「この辺りは魔物もいねえから安心しろ」
「でも他の部隊に遅れたろうな、ごめん」
「ウィルよ、またアーティファクトの影響だろうか?」
「うーん、少し違うんだ」
俺の“潜行”は周囲の構造や隠された物を知覚できるが、それだけではない。同時に誰かがそこにいた記憶なんかにも触れることができる。そこのところは今まで伏せていたけど、いい加減説明することにした。
「記憶……残留思念のようなものかね?」
「じゃあ何か、おめーは」
「う、うん」
「今までの死体探しなんかでも同じことになってたのか?」
「あー……多少はね」
それはある。その人がどんな死に方をしたか、どんな無念を残したか、今まで何度も見てきた。でも今回のようにぶっ倒れてしまったのは初めてだ。
「ウィル君はそういうのも見てたから、探し物が得意だったんだね」
「んーでも死の体験みたいで怖そう、ずっとそれ続けてたなんて」
「精神的負荷が大きかったはずだ、よくまあ今まで」
皆の感想はそんな感じだった。
「でも慣れたよ、今回みたいにいっぺんにじゃなければ」
「慣れるべきではないのだよ。ウィル、しばらく能力の使用は押さえたまえ。この階層は死と怨嗟に満ちている」
ホセからピシャリと注意されてしまった。でも怪しい能力とか思われなくて良かったよ。
『こちら<ライブラ>――ザッ――各班、異状ないか?』
そこで別のパーティーから定期連絡が入った。
「こちらは<ナイトシーカー>、アクシデントで遅れていたがこれより探索を再開する」
『おいおい何やって――。<クラブアーマー>はゾンビと遭遇――ザザッ――撃退したぜ』
すでに各方面で戦闘中か。敵はアンデッド、監獄の迷宮化に巻き込まれ、生ける屍となった囚人たち……。
「苦しみを終わらせてあげないと……」
立ち上がって奥へ進む。遅れた分を取り戻さないと。
***
「ホーリーライト!」
アイリーンの杖から光弾が飛び出しゾンビを直撃、苦悶の声とともにゾンビは灰になった。
これで何度目だろうゾンビとの遭遇。
今更だがゾンビとは、何らかの不思議な力で死体が動くものをまとめてそう呼ぶ。知能は失われ動きは鈍い。だが斬っても突いても堪えず、ただひたすら生者に喰らいつこうと迫ってくる。
「彼らは痛みを感じず疲れることもない。そしてとにかく不衛生で、爪や牙で傷つけられると厄介だ。慎重に確実に、一人ずつ撃退していこう」
「りょーかい」
「くれぐれも情けなどかけぬように。彼らはとうの昔に死んでいるのだから」
というのがホセの言だけど、アイリーンなら彼らに同情しそうだな。
「アイリーン疲れてない?」
「まだまだイケるよー」
まあそう言うよね。こっちが注意して見ておかないと。
「何か来るぞ」
ガロが耳を澄ませる。俺がポンコツになった分ガロの感覚が頼りだ。
「ゾンビ、走ってきたよ!」
「走る奴もいるのかよ!」
鮮度の違いでもあるんだろうか。アイリーンが迎撃するも、通路という通路から次々現れる。
「剣を持った奴まで!?」
「あれは守衛のゾンビだ気を付けろ!」
武装したゾンビ、その顔面にガロが斧を叩き込んで真っ二つに。そして腐臭のする返り血が飛び散る。
「うげっ汚ねえ」
かつては生きた人間だったとはいえゴメン。そして生き残ったゾンビは――死んでるのに生き残ったとはこれ如何に――ホセとセレナさんが魔法で止めをさしていく。
「うーんこの階層、やっぱり魔法の威力が落ちてるっぽい」
「迷宮の魔力によるものだろう」
ここに兵隊が突入しても乱戦は避けられない。少なからぬ死傷者を出し、そしてその中から新たなゾンビが生まれるか。だからこその少数精鋭という選択だ。
「しっかしこのゾンビたち、何年もさまよってるわりに活きが良いな」
「迷宮の魔力によるものだろう」
「便利だなその言葉」
そんなことを話しながらも精鋭ぞろいだ、やがて周囲のアンデッドは一掃された。その間に俺は後方から見ているしかなく、弓でも覚えていたら良かったな。そう、ホセの夢で見たあの獣人タマみたいに。
「ウィル君、この牢屋開けてくれる?」
安全になってようやく出番だ。牢屋に魔物が潜んでいないか、何か手掛かりが残されていないか、逐一開けて調べていく。
「……中は白骨死体のみ」
「ゾンビよりはマシか」
「お祈りしておくね」
この遺体はどんな想いを抱きながら朽ちていったのか……。今は祈ることしかできない、どうか私を許してくれ。
――ドンッ、ドンッ!
扉を内側から叩く音。次の部屋は明らかに何かいる。開けるの怖いよう。
「アイリーン、開けると同時に魔法だ」
「オッケー」
牢屋の鍵は錆びていてちょっと手間取る。これを解除すると臨戦態勢。
「開けるぞ」
ギギィと鈍い音。灯りで照らされた牢屋内……誰もいない。
「いやいやいや、さっきの音はなんだっての?」
「心霊現象……?」
「やめろやこんな場所で」
こんな場所だからこそだけども。
「――ウィル下がれ!」
「え」
ガロに引っ張られ転がる。その刹那に見えた、上から伸びる何者かの手。
「天井に――」
張り付いていたのか。直上からの奇襲、それをガロが迎え撃つ。
「ウラァ!」
敵の腕を掴んだガロ、そのまま床にねじ伏せる。転がったのはゾンビ。牙をむいて叫びをあげる。
「えいっ!」
すかさずアイリーンの放つ光がゾンビを灰にした。ここまで来てようやく俺は息を吐き、忘れていた呼吸を再開する。改めてガロの反射と腕力に目を見張った。
「助かったよ」
「フン、これがオレの仕事だからな」