第29話 部活しないの?
「ということなんだってー」
「へー。それがファン視点なのか」
「どういうこと?」
「いや、なんでもない」
学校へ登校する時だけでなく、下校する時まで日向と歩けている今日この頃。
安全に生きられる素晴らしさを噛みしめながら、どうでもいいことをだべっていた。
いや、どうでもいいことはないか。
今朝方、日向にいいよねーと言われたから、ありがとうと言おうとしたせいで怒らせたと思ったのだが、いつもみたいに一緒に帰ってくれている。
水に流してくれたってことなのだろう。感謝せねば。
「影斗ってさ」
「ん?」
「部活入らないの?」
「え」
ドキッとした。
心臓が跳ね、突然ドッドッドッと心音がうるさくなる。
僕も日向も、お互いなんだかんだとこれまでずっと帰宅部だった。
だからと言って別にやましいことがあるわけじゃない。
だが、一度も入っていなかったせいで、入らないの? なんて聞かれると急にどうしていいかわからなくなる。
「うちの高校って別に部活入らなくてもいいけどさ。大神も停学になったし、どうするのかなーって思って」
「そう、だな」
部活のことを聞かれただけだが、急に焦燥感と恐怖が背後から迫り、足元から登ってくるようだった。
安全だったはずなのに、なんだろう。
なんか部活って言われるとやらなくてはいけない気がしてしまうからか。
そこで一つ、現実逃避するように疑問が生まれる。
「日向はどうして部活に入ってないんだ?」
一緒にいじめられていた中学時代ならまだしも、高校ではそんなこともない。
怜たちをはじめとした、仲のよさそうな友だちだっていたのに。
「うーん。入りたいところなかったし……それに、入るなら影斗と一緒がいいし」
「たしかになー。僕も特に入りたいところないな。そう言われてみると」
「そ、そうなんだ」
日向がピクリと跳ねた。
なんだろう。僕って部活やってるイメージでもあったのか?
でも、そもそも怜との作戦会議の時間が入ってるから、正直今は部活どころではない。
「影斗、運動部とかどうかな?」
「僕が? どうして?」
「わたしがマネージャーとかできないかなって。……そしたら、飲み物を影斗に手渡しなんかしたりして、ふふ」
「運動部のマネージャーはやめよう」
「え!」
あ。
やってしまった。
ちょっと勢い余って即座に理由も聞かずに否定してしまった。
なんか申し訳なさそうな顔をしているけど、申し訳ないのは僕の方だ。どうしよう。今日はもうやらかしてるのに。
「あの」
「もしかして、学外のクラブチームとかに入ってたとか? そこでなにかあったとか?」
なにを言ってるのかわからず、思わず固まってしまう。
クラブって、カニがどうした。
じゃない。これは食べ物の話ではない。心配されているのだ。
でも、これ以上怜みたいなマネージャーのような存在を今は必要としていないってことなのだが、正直に伝えることはできない。
うーん、どうしよ。
「いや、クラブチームとかじゃない。それは日向も知ってるだろ? 僕そういうのもやってなかったって。そうじゃなくて、その……」
「他のわたしに言いにくいこと?」
「あ、ああ」
どうにか言い訳を、そうだ。
「日向が聞いたら傷つくかもなって」
「大丈夫だよ。参考になるかもしれないし、わたしは言ってほしい」
く、仕方ない。
「日向にはマネージャー向いてないんじゃないかな、って……」
パンッと朝叩かれる時より強めに背中が叩かれた。
「マネージャーくらいわたしにだってできるもん!」
「できるか? あんまりやってるところのイメージが浮かばないんだけど」
「できるよ。いいよ。それならわたしが影斗をマネジメントしてあげよう」
「い、いい。大丈夫。日向にはもっといい役割があるよ」
「あー。影斗、できないって本気で思ってるでしょ。わたしだってやるときはやるんだよー」
「今はいいってこと! 将来で充分だから、な。落ち着こう」
これ以上怜みたいなのが出てきては僕のコミュ力じゃ本当にもたない。
そもそも僕は大御所芸能人でもないのだ、マネージャーもどきを二人も抱えられない。
納得してくれたのか、さっきまでの威勢のよさがどこかへ消えてしまったかのように、日向がしおらしくなった。
「……将来はマネジメントしてほしいって、それってわたしとけっこん……?」
いや、なんだか納得いかない様子で、僕を見ないで髪をいじっている。
顔まで赤い。
そんなにマネジメントってやりたいものなの? それとも僕がダメ人間に見えてるの?
もしかしてそういう話が僕の知らないところではやってる?
「ひ、日向さん? その少し言いすぎたかも、ごめん」
「影斗」
「はい!」
「影斗のマネジメントは延期ってことにする。あとのことはもう少し考えさせて。じゃね!」
「え、うん。じゃ?」
手を振ると、パシン! と手をはじかれた。
日向はどうしてだかわからないが、笑顔で手を振りながら走り去っていく。
思えばあっという間だった。気づけばもう僕の家までついていた。
しかし、
「これでよかったのか?」
日向が見えなくなってから、僕はじんじんする手を見つめた。
いや、いいはずだ。
今のところ延期らしい。それでいいはずだ。
怜の相手をするのに慣れて、気持ちが落ち着いたら日向の相手をしてやろう。
二人も一気に相手するのは僕の力ではあまりにも手に余るからな。
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