魔物の棲む海
人の顔を持つ魔物の本当の口は蛸と同じ位置にあるらしく、漁船は魔物の腹から徐々に飲み込まれていく。
巨大メカ、プトレマイック・ガールは、上空からその腹に右足の先で蹴りを入れた。
「プトレマイック・キック」
そう映像の右下に表示された。
魔物は漁船を吐き出し、水上で激しくのたうち回る。
誰でも思いつきそうな地味な技だが、かなり効いている。
しばらく苦しんだ後、魔物は体勢を立て直し、海に潜った。
プトレマイックガールは魔物を追うことなく、上空で停止している。
前回見たときは、運営の描いた幻だった。本物かどうか判断する手段はないが、状況からしてキズキ本人の操る物質的基盤を持つ金属製ロボットだと信じたい。
UFO内で上映される映像は、ロボットの胸の上辺りにある操縦席にズームがかかった。
操縦者はキズキではない。
前回他のUFO内で見た浴衣姿の竹本清美だ。
何故、彼女が?
四本の足で武器を提げた巨大ドローンのような乗り物がやってきた。ロボットの傍に来ると、停止した。
ロボットは休憩していたのではなく、この場にふさわしい武器が到着するのを待っていたのだ。
それは武器というより、釣り竿だ。
ロボットは釣り竿をとると、糸の先端に何かを装着し、海に投げ入れた。
「プトレマイック・フィッシング」
なんだこのほのぼのとした戦闘シーンは。
太平洋上空に浮かんだロボットが釣りをしている。
相手が餌に食いつくのを待つロボット。
たぶん、海に潜ると暗く、鮮明な映像をお茶の間に届けることができないので、映りのよい海上限定で戦っているのだろう。
ということは、彼女がお茶の間の応援を必要としているのか。今は、合併など膨大な負荷のかかる計算は行われていないはずだ。それなら何故、意味不明な演出を行っているのか。
ロボットは器用にリールを回す。
現れたのは魔物ではなく大きな魚だった。
ロボットは悔しそうな身振りをし、魚を外した。
再びチャレンジ。
一分ほど待つと、ロボットはリールを回しながら、竿を大きく上に上げた。大物がかかったことは間違いない。
浮かんで来たのは、さきほどの魔物。
海上に現れた魔物は、腹のところで餌に食いついている。
空中に浮いているロボットは、自分ほどの大きさの獲物をつり上げた。
僕には物理的に納得がいかない。
アニメのロボットは、足の裏や背中にブ-スターを装着し、その浮力で空に浮く。ところがこのロボットにはそのような装置はない。反重力装置を内蔵しているということで納得するしかない。
それはそうと、これはロボットと魔物の戦闘だ。相手を倒す必要があるのに、釣りあげてどうするのだ?
僕がそう考えるや否や、傍らで待機していたドローンが、ロボットの前まで来た。四本の足を器用に動かし、釣り竿と獲物を同時に抱え、どこかへ運んでいった。魔物は釣られた魚と同じ運命か。
ロボットはまだ去らない。わざわざ第一の魔物と表記するくらいだから、他にも魔物はいることくらいはわかる。ロボットが動かないということは、次の魔物は近くにいるというか、ここにやってくるらしい。
広い太平洋の中で、魔物が続けて同じ場所に現れる。視聴者や撮影クルーにとっては都合がいい設定だ。
五分経っても第二の魔物は現れない。こうインターバルが長いと応援が減る。
視聴者が映像から離れないように、テロップに「未知の巨大生物が接近中」などというニュース速報が頻繁に報じられる。
期待が最高潮に高まったタイミングで二匹目のどじょうは来た。
どじょうというより巨大ナマズだ。
それが第一の魔物がいた場所から浮かび上がった。
これはでかい。
ロボットの大きさから比較して本物の鯨の十倍ほどもある。
「第二の魔物 巨大ナマズ」
そうテロップが表示された。
先ほどは釣りだった。今度はナマズをどう料理するのか、興味深く見ていたらさきほどのドローンがまたやってきた。
竿ではなく、片側の先端に鋭い凶器のついた棒、銛のようだ。
ロボットは右手で銛をつかむと、力一杯ナマズに投げつけた。銛とドローンの足にはロープがくくりつけられている。
「プトレマイック・ハープーン」
ナマズが動かないので銛はナマズの背中に刺さった。銛の周りに血が吹き出す。
ロボットはナマズの背中に乗り、銛をさらに深く突き刺す。
ナマズは断末魔の悲鳴を上げた。
ロボットはナマズから離れ、ドローンはそのままナマズをどこかへ引っ張って行った。
三匹目はすぐに現れた。ウニとヒトデの合成のような魔物だ。ウニからヒトデの五本の足が生えている。水上まで浮かび上がると、その場で勢いよく回転を始めた。
「第三の魔物 ウニヒトデ」
ロボットが触れるとその回転力ではじき飛ばされた。
これでは為す術がないと思ったら、またドローンが来た。さきほどのドローンは進むのが遅く、まだナマズを引っ張っているので、別の機体だ。
四つ足の先で瓶のような物をつかんでいる。
ドローンはウニヒトデの真上に来ると、瓶を傾けた。
液体が魔物の上に垂れる。
ウニヒトデは回転をやめ、痙攣を始めた。
ただの毒殺だ。
魔物は悲鳴を上げ、青白く変色し、沈んでいった。
三匹の魔物を退治したロボットは勝ち誇ったが、つまらない相手につまらない戦いを挑み、つまらない勝ち方をした。特に三匹目はドローンが魔物を倒したのであって、ロボットは何もしていない。
これではたいした応援も得られない。そう思っていると、ラスボスが登場した。
なんでラスボスかとわかったかというと、そうテロップが出ているからだ。
「ラスボス 第四の魔物 太平洋プレートの化身」
だが、テロップにそう表示されても肝心のラスボスが見あたらない。
ラスボスだけあって、華々しく時間をかけて登場するのだろう。
どんな機材で撮影しているかしらないが、カメラは上空に上がっていく。
ロボットが豆粒のように小さくなった時点でわかったが、かなり巨大な陸地のようなものが水面に向かってゆっくりと上がって来ている。
本体が登場する前にテロップが出たのかと思ったら、とっくに登場していたようだ。
ただあまりにでかいので、近接映像ではとらえられなかったのだ。
一キロメートル四方はありそうだ。
全体像が把握できると、カメラは接近する。表面には軽石のように細かい穴がたくさん開いている。
軽石は熔岩が急に冷えて出来たものだ。すると、相手の攻撃方法が予測できる。
ロボットは上空から急降下し、大地の表面に蹴りを入れるが、びくともしない。
上からでは厚さがわからないが、かなりのものかもしれない。
ロボットがプレートの上に立っていると、近くの数カ所の穴から溶岩が吹き出した。
穴は小さいので、溶岩の量も多くはない。
それでもロボットのダメージは大きく、溶岩が直撃した箇所が変色している。
ロボットはすぐにプレートから離れ、海に飛び込んだ。高温になった箇所から水蒸気が上がる。
プレートは近づいてこない。上下には動けるが、水平方向の移動ができないか、苦手なようだ。
戦いは長期戦になりそうだ。
ロボットのほうもプレートに近づかない。一定の距離をとっている。接近戦をあきらめ、遠距離攻撃に方針を変えたようだ。キックや棍棒などを使わず、レーザービームなど飛び道具で戦うのだ。
なんでそんなことがわかったかというと、声優のような男性のナレーションが入ったからだ。
「ここでプトレマイックガールは、離れた状況で相手にダメージを与える方針に変えた」
過去形のナレーションが入るということは、これはリアルタイムではなく、すでに撮影されたものを編集しているのか?
そう思ったが、「太平洋某地点にて実況中継」とテロップが表示された。
つづいて、「ロンギヌスの錐」
ロンギヌスの槍なら聞いたことがある。キリストの磔に使われた槍のことで、聖槍ともいう。所有者には世界制覇の力が与えられるが、失うと滅びるとされる。ロンギヌスはキリストを刺したローマ兵のことで、ロンギヌスと錐の間には何らの関わりもなく、意味を成さない。
槍はまっすぐ刃先を敵に刺すだけだが、錐なら回転しながら穴を開ける。たぶん、空からドリルが降ってくるのだろう。そう思ったが何の変化も起こらない。ネーミング同様に失敗したようだ。
そこで、天動説ロボは、「プトレマイック・ファイア」をお見舞いした。
ロボットは日本の体育でよくある「前に習え」のから、少し両手を胸のほうに引いた体勢をとった。両手の平の間に火の玉が発生し、それが敵めがけてぶつかっていく。
だが、軽石は火に強く、攻撃の意味をなさない。
「プトレマイック・サンダー」
ロボットが右手の人差し指を空に向けると、天空から大地めがけ稲妻が落ちた。雷で木や家屋が損傷することはあっても、地面が破壊されることはない。
「プトレマイック・フリーザー」
ロボットは口が開くようになっていた。そこから冷たい冷気が吹き出て、相手を凍えさせるのだ。
これは組み合った体勢のような、かなり接近した状態でないと効かない。そのうえ今回は対象がでかすぎる。
「プトレマイック・ダークネス」
ファイアと同じ姿勢から、暗闇の球を放つ。プレートの表面にぶっかって、暗闇は消えた。
「プトレマイック・ホーリネス」
白く輝く光の球。ダークネスと同様。
「プトレマイック・ストーム」
嵐を呼ぶが、周囲の波が高くなるだけで、巨大プレートは影響を受けない。
炎系ファイア、雷系サンダー、氷系フリーザー、闇系ダークネス、光系ホーリネス。ゲームでよく出てくる魔法使いの技のパターンに似ている。レベルの低い魔法使いと同じで、これまでのところどんな攻撃も効果がない。人が島を相手に戦っているようなものだ。
「プトレマイック・メテオ」
メテオとは隕石。これは強そうだ。
空が暗くなり、複数の隕石が降ってきた。
プレートの上を煙が覆う。
しばらくして煙が消えた。もともと穴が多いので、それが今回の攻撃によるものか、以前からあったのかわからない。少なくとも、プレート全体にダメージを与えるには至らなかった。
プトレマイック・ガールは身振りで、困った様子を表現した。
もうこれ以上技がないようだ。
万策尽きたかと思った頃、プレートのちょうど真上、雲の隙間から巨大な回転体がゆっくりと降りてきた。
錐というよりコマだ。
それはトンネル掘削用のドリルを思わせる。
これこそが失敗したと思われたロンギヌスの錐だ。異常に時間のかかる技だったのだ。
最初からこの技一本で勝負をかけたのだが、ショーの間をもたせるために、効かないとわかっていながら、あれこれ繰り出していたのだ。
そこからも退屈だった。目標を間近にしても、ドリルは進行速度を上げることなく、プレートに到着するまで数分はかかりそうだ。普通の敵なら間違いなくその間に逃げられる。
今のうちに三人に質問しておこう。
「海底人と海の魔物に関係はあるのか? 他の運営が君達の会話を聞いて、作り出したんじゃないかな」
さきほど同じようなことを聞いたがまともに答えてもらえず、適当にはぐらかされた。
「たしかに海の魔物がいるせいで、海底人の基地に近づけなかったということにはできる」
背の高い男がそう言った。
「それなら運営はこんなに慌てたりはしないわ」と女。
「キズキの仕業だったら、地球の運営が把握してないことも説明がつく。だけど、それならなんでロボットを地球の運営の女が操縦しているんだ?」
「キズキは前回負傷したことになっているからじゃないのか」
背の低いのが言った。
「そうか。あれだけの事故にあって、もうぴんぴんしてちゃ視聴者は納得できないものな」
その点については彼の意見で納得できたが、あのキズキが人類から応援をもらう必要がどこにあるのかはまだ説明がつかない。
まあ、いいさ。そのうちにわかるだろう。
ドリルのほうはかなりプレートに接近してきた。プレートは溶岩を吹き出して対抗するが、その程度の攻撃ではきかない。
数分後、プレートの抵抗もむなしく、ドリルの先端は回転しながら、プレートに到達した。
接地箇所が少し削れていく。
だが、ここは海の上だ。掘削は相手が固定されていないと難しい。
ドリルが下に進んだ分だけ、プレートが沈み、刃先は岩盤にあまり食い込んでいかない。
そのうちに両者の姿が見えなくなった。海中でも同じ状態が続くのだろう。
しかし、海の底に達すれば、それ以上プレートは下に逃げられないので、ドリルの勝利は見えている。
これはロボットの勝ちということだ。
手持ち無沙汰のロボットは空中で停止したまま、微塵たりとも動かない。
操縦席がアップで映し出される。
浴衣姿の清美は、なぜか座席の上に立っている。浴衣の上からたすきをかけ、今は頭に鉢巻きを巻いている。
巻き終わると、操縦席の窓全体が横滑り出し窓のように、上を軸に外側に開いた。
彼女は勢いよく外に飛び出した。
映像は、彼女が落下していく様子を、やや下の辺りからとらえる。
このまま太平洋のど真ん中に飛び込むのかと思いきや、彼女はこの部屋の天井から飛び出してきた。
「ウワッ!」
ドッキリ番組でテレビの中から人が飛び出してくる悪戯があるが、それと同じで全く予想していないことが起きると、腰が抜ける。
そのときの僕も驚きのあまり、後ろに倒れそうになったが、咄嗟に背の高い男が支えてくれた。
「ありがとう」
僕を人質をとっているのだ。お礼を言う相手ではない。
竹本清美は見事に着地した。そして、すぐに両腰から短剣を抜いて構えた。
「魔物を倒したら、早速、人質の救出に来たのね」
サングラスの女は解説するように言うと、銃をとりだした。他の二人も彼女に倣った。
清美はそれを見ても表情を変えず、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。
そんなことより、
「さっき壁の厚さが三メートルって言ってなかったか。なんでここに入ってこれたんだよ」
僕は三人に聞いた。地球の運営では1メートル程度の厚さしか越えられないと聞いた記憶がある。
「たぶん、その女はもう地球の運営の能力を越えている」
背の低い男が悔しそうに言った。
清美が地球の運営の中でも上位のほうなのはうすうす見当がついていたが、地球の運営の能力を超えているとは大げさだ。
「なんでそこまで言える?」
僕は聞いた。
「さっきの見たらわかるでしょ。あれ映像じゃなくて本物だったんだから」
サングラス女が言った。
「そうか。人類の応援分使えるから、本物を操作できたんだ」僕は言った。「でも、あんなことして何になるんだ?」
「本人に聞いてよ。目の前にいるんだから」
「で、どうなの?」
僕がカマキリのように、凶器をかざす美少女に聞くと、
「大勢の応援を得ることで、ここの壁を乗り越えることができました」
と相手は事務的に答えた。
そうか、そういうことか。彼女のその言葉で全てがつながった。
人質となった地球代表を救い出すには、彼女の能力では足りない。そこで戦闘ショーを開催することで、人類の応援をもらい、その勢いで分厚い壁を突破したのだ。
大きな謎が解けたら、他のことが気になる。
「ところで、運営同士が仮の身体で戦って何の意味があるの?」
僕の目の前で彼らは何故戦う?
「私だって無駄だと思うけど、向こうが攻撃してくるから仕方なく相手してるの」
サングラス女の顔を見れば命がけだとわかる。
「たぶん、斬られるとすごく痛いと思う」
背の低い男も顔に汗をかいている。
「それなら人の姿をやめればいいじゃないか」
僕の指摘に長身の外国人は、
「今我々が身体を消すのは、それすなわち人質を解放することになります」
「なるほど。で、斬られるとどうなるの?」
僕のその質問が終わらないうちに、清美は電光石火の速さで三人に立て続けに斬りつけた。
あまりの速さに三人は銃の引き金を引くこともできず、その場に倒れた。
床に血が流れる。
「おい。しっかりしろ」
僕は、自分を人質にした三人に呼びかけた。
三人とも事切れている。
そして、僕を助けに来てくれたのに、清美に恐怖を感じた。でも、形式的に「ありがとう」とお礼を言った。
僕はヴィークルを見て、「操縦できる?」と彼女に聞いた。地球の運営レベルでは、前回のように交代で運ぶか、乗り物を使うしかない。
そう思ったが、次の瞬間、僕は自宅の前にいた。
ちょうど玄関ドアが開くところだった。母親は僕を見て、
「やっぱりアトランティスなんて行ってなかったんだ」と言った。
僕は、説明が面倒なので、「ただいま」とだけ言って、何事もなかったかのように日常に戻った。




