妖怪アマビエ
UFOの底部の表面は金属感のないグレー色で、この間とは別のタイプだ。底の中央部にぽっかりと穴が開き、僕の乗っているヴィークルはそこに吸い込まれた。
「どこに行くんだ?」
僕は三人に聞いた。
助手席の女が代表して答えた。
「どこにも行きません。アトランティスでアジトを確保できないので、宇宙船を借りたのです」
ヴィークルは倉庫のような何もない空間に入った。ここも円形だ。
僕がドアを開けようとすると、隣にいる背の低い男が、
「まだ、降りちゃだめだ」と言って制止した。
UFOの底がまだ閉まっていなかった。
十秒ほどすると、背の低い男は自らドアを開け、先に降りた。
残る三人も続いた。
床を見ると、ホテルのエントランスのように綺麗で、あの大きな穴がどうやってふさがったのか謎だ。
僕は状況がわからず、三人を見つめた。
背の高い男が両手を伸ばしてあくびをし、
「まんまと騙されやがったな、この馬鹿。とんで火に入るなんとやらだ」
と、さきほどとは別人のような口調で僕に向かって言った。
「何が起きた?」と僕は聞いた。
「悪いがもう一度、人質になってもらう。前回は助ける側がったが、今回は悪役だ」
「どういうことだ?」
「あのときは運営に気を遣って宇宙人の敵だったけど、状況が変わって宇宙人側についたのさ」
背の低いほうが答えた。
僕は女に向かって、
「さっきの説明は何だったんだ?」
と問いただした。
「良くできた嘘でしょ? 考えるの苦労したんだから」
女は歯をむき出して笑った。
「あのときは宇宙人達が壁のように立ちふさがった。この状態では運営なら簡単に助けられる」
「ここの壁は三メートル以上の厚さがある」
背の低い男は、そう言って近くの壁を叩いた。
「もちろん床も」
背の高い男は床を踏みつけた。
僕は、信用していた相手に騙され、少し傷ついた。だが、自分が悪人にならずにすんだので、安心している面もある。それに、これまでの経緯からすると、ピンチになったら、誰かが助けてくれる。旧世界の運営は僕を監視しているはずだから。
だから、落ち着いて対処することができた。
「状況が変わったと言ったな? 何があった?」
「あいつら、俺たちや宇宙人に幽霊になれって言いやがったのさ」
背の高い男が吐き捨てるように言った。
「幽霊? いまさら何でそんなものに」
「幽霊というのは、操作する対象となる生物が物理的に存在せず、イメージ映像だけを操作しているのはおわかりだと思います」
女の説明に僕はうなずいた。身体のある生物が普通のドローン操縦なら、幽霊とはドローン操縦のトレーニング用ソフトウェアの映像だ。
「ですからわずかの計算量だけですむのです。宇宙人として生まれるような生命は、計算力が人間に較べて高く、それが幽霊でいるならば、その高い能力を使わずに温存できるのです」
「わかるよ。だけど、宇宙の運用に提供するのは、決まった割合って聞いてるけど」
「今回のような非常時や、運営の判断によってはその割合を超えて、運用に回されるのです」
「これまで正社員だった人たちを、業務内容そのままで非正規雇用にするようなものだな。会社だったら転職という手段もあるけど、これは逃げられないのか?」
「他の宇宙に行くのは簡単ではありません」
長い間、地球で輪廻転生してきた魂が、いきなりA星みたいなところに生まれ変わったら、大変に違いない。
「で、そちらの要求は?」
人質をとるのだから、何らかの要求があるはずだ。
「平面世界に宇宙人がふさわしくないことは私達も認めます。そこで新たなフロンティアとして、船の航行が極端に少なくなった太平洋を魔の海とし、そこの海底に住む海底人として、生まれ変わらせてもらうよう提案させてもらいます」
「海底人か……」
海底人と聞くと、どうしてもピラニアに人間の身体が生えたイメージが浮かんでしまう。
「君たち三人も海底人?」
「できれば他の宇宙の運営に携わりたいよ」と背の高い男。「それが駄目なら海底人の守り神的存在かな」
守り神と言われても具体的なイメージが浮かばない。
「僕はどうすればいい? 助けてと叫ぶのか」
「特に地球代表の手をわずらわせることはありません」と女。
「ここでおとなしくしてるんだな」
背の低い男は悪役になりきっている。
そのとき僕にある疑問が浮かんだ。
「幽霊っていうけど、元が宇宙人だから宇宙人の幽霊ってこと?」
「宇宙人が存在しない世界に宇宙人の幽霊がいるわけないだろう」
背の高い男が馬鹿にしたように言った。
「だけど、生前のイメージがないと、幽霊の姿が決まらないと思うけど」
「そういう場合は世界各地に伝わる妖怪などの化け物のサンプルが用意されています」
と女は言った。
妖怪も幽霊の一種だ。見た目を生前の姿から化け物に変え、何かしらの特殊な能力を身につけたものが妖怪だ。
疫病避けでしられるアマビエという妖怪は、妖怪でありながら海底人かもしれない。
江戸時代後期の肥後(熊本)。夜になると海に光る物体が現れるので、役人が見に行くと、アマビエという人のようなものが現れ、今後六年間豊作が続くが、疫病も流行る、自分の姿を描いた絵を人々に見せろと告げた、と瓦版に記された。その姿は長い髪、鳥のようにとがった口、鱗に覆われた胴体、魚のひれのような三本足が特徴。
また江戸時代後期から明治にかけてアマビコという妖怪も現れていて、海から出現、三本足、豊作、疫病、絵に関してもアマビエと同じエピソードを持ち、両者は同じものと考えられている。
他にも似た妖怪の資料も発見されており、妖怪談にしてはリアルで、実際にあったことかもしれない。
三人なら事情を知っていると思い、尋ねてみると女が知っていた。
「あの頃、日本は鎖国時代でしたが、欧州では近代の夜明けに当たります。民衆に何かを伝えるのに、いつまでも魑魅魍魎の類や口寄せといった非科学的存在を使うのではなく、より進んだ科学を持つ未知の生物からのメッセージという手法に切り替えることが求められました。豊作も疫病も私達がコントロールするので、予言は的中して当然です。結局、妖怪にされてしまいましたが」
「ウィルスの流行も計画通りなんだ」
「昔は人口の調整に使いました。今でも人の流れを制御するのに使うことがあります。状況を見ながら、感染力や毒性を調整していきます」
人と人の距離が短いほど感染が拡大しやすい。都市部の人口を地方に向かわせるのに、未だに疫病は有効な手段である。
「ところで、僕が捕まったこと運営に伝えたの?」
「いいえ。彼らならわざわざそうしなくても、この状況を把握しているはずです」
「助けは来るんだな」
僕は確認するように言った。
「たぶん」
だが、いくら時間が経っても救助はやってこない。
三人もいらだちがつのる。
「これはあれだよ。俺たちがこいつに危害を加えないって、あいつらが思ってるから、放っておいても大丈夫と判断してんだよ」
背の低い男は、僕のほうを横目で見ながらそう言った。
「いきなり殺すのも何だから、これで刺してみる?」
彼の手にはアイスピックが握られている。
「やめろ」
僕は三人から離れた。
「冗談だよ」
彼の手からアイスピックが消えた。たぶん、ただのイメージだ。
それからまた一時間ほどしても状況は相変わらずだ。
「向こうも忙しいから、一応連絡入れてみる?」
背の低い男が女に聞いた。元運営同士だから、日本語で声に出す必要はないはずだ。僕に聞かせているからか、あるいは一旦人間に化けると、そのほうが手っ取り早いのだろう。
「そうですね。では、私の方から」
女はそう言って、携帯を取り出し、口元を隠すようにして何かを話した。
サングラスで目元を隠していても、彼女の顔に焦りの色が浮かんだのがわかった。
「そ、そんな馬鹿な?」
「どうした?」
背の高い男が彼女に聞いた。
「今、運営はそれどころじゃない。人質の件はこちらが落ち着いてからにして欲しいと言われたわ」
「何があった?」
彼女以外の三人の男が同時に聞いた。
「太平洋に海の魔物が出現したの」
女はそう答えた。
海の魔物と聞いて僕は安心した。
それで三人をからかうように、
「ほら、海底人なんかになろうとするから、海に魔物が出たんだ」
と言ったが、三人とも深刻だ。それで僕は、
「魔物ってどんな?」と聞いた。
彼女が答える代わりに、部屋の天井全体に映像が映った。またスクリーン天井だ。
上空からみた海。
よく見ると、水面付近に大きな黒い影が見える。
その影は次第にはっきりとしてきて、一部が姿を現した。
髪の長い男の顔のようだ。それも途轍もなく大きい。
これが運営を慌てさせる海の魔物か。
魔物はさらに浮かび上がる。顔は人だが、その下は蛸のようだ。表面のぬめりが気持ち悪い。
これはまるで大航海時代に描かれた海の化け物だ。
「第一の魔物 蛸人間」
そう日本語でテロップが表示された。
第一ということは他にもいるということだ。
「魔物っていってもただの映像だろう?」
僕が気休めに言った。
「魔物について運営は把握してないそうです」
女の声は焦っている。
「君たちの仕業じゃないだろうな」
映像なら彼らでもこのくらいはできる。
三人は返事をしなかった。
魔物はラッコのように仰向けになった。何本もある足で漁船を抱えていた。海に沈められていた漁船のあちこちから海水が流れ出る。この様子では乗り組み員は全員お陀仏だろう。
ラッコは腹に乗せた食べ物を石で叩いて割るが、魔物は強く締め付ける。漁船は粉々になった。
「運営なら魔物一匹くらいちょろいものだろう?」
僕は、この程度の化け物に運営が慌てる理由がわからない。
女は僕の心を読みとったように、
「魔物の数や大きさではなく、運営が把握していないことが問題なのです」と言った。「もともと地球上に存在しない生き物です。それがいきなり出現した。この意味があなたにわかりますか?」
UFOの大群が地球を攻撃しようと、それは運営の仕業か、少なくとも事前に情報はつかんでいたはずである。それが今回、予想もしない出来事が発生した。
それは、宇宙外からの何かが、この宇宙に干渉していると言うことなのだろうか。
「あ、あれは」
背の高い男が叫んだ。
現場から見て、東の方角。そちらから飛行機のような物体が近づいてくる。人の目で接近を認識できるのは、実際の飛行機よりもかなり遅いからだろう。
「プトレマイック・ガール。やはりキズキの仕業か」
僕は肩から力が抜けた。予想はしていたが、確信して安心できたからだ。




