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第四十四章~長い物には巻かれろ!~

「くっそ~、いつまで続くんだ……ごほっ!」


埃だらけで咳き込んでしまう、暗闇に慣れたお陰で柱にぶつかる様な事は無いが、立ち上がると天井に頭が当たる位の高さしかない。

時折天井から聞こえる足音を察するに、上の階にはそれなりに人が居るのだろう。信長の可能性もあるが……。


「走ってる音じゃなかったし、それはないよね……?」


それはともかくとして、足音が聞こえると言う事は廊下の可能性がある、何処からか出れそうな場所がないだろうか?試しに軽く板を押し上げようと手を伸ばす。

だが、しっかりした造りなのだろう、ビクともしない。


「うーん、スイッチとかないのかなぁ……」


仕掛けを作動させる物が無いか、今度は壁を手探りで調べる。

ここまで進んできて分かった事は、この通路は偶然ではなく、ちゃんと一人程度が進めるように作ってある通路だという事だ。

つまり、出口や入り口が複数あってもおかしくないはず。


「いつまでも真っ暗な通路に居たら何処に居るかも分からない」


待ち伏せ……されている可能性は高くはないだろうが、気配を探るなんて高等な技術を持ち合わせていない五郎は自分の目で安全を確認する術が欲しい。

覗き穴でもあればいいが、テレビで見た時代劇のようには都合よく穴が開いているはずもなさそうだ。


「無い……疲れた、ちょっと休憩でも……」


ここまで動きっぱなしで疲れた五郎は軽く休憩をとる事にした、狭苦しい場所だが比較的安全だろう。

少しでも体力を回復して、信長に見つからないよう逃げなければ。

理想としては政秀を見つけて助けを求めることだろうが、どこにいるやら……。


「まだ城内を詳しく把握してないんだよな……良く迷うし」


いつも案内人の後をはぐれない様に一生懸命追ってから、信長に謁見しているのだ、下手な場所に出たらまた行き止まりに出るかもしれない。


「何度も逃げれるとは思えない……」


信長の様子からして次は無いだろう、あの人なら五郎を見つけた途端抜刀してきそうなのが怖い。

今の五郎は丸腰なのだ、鬼ごっこが開幕した際、早々と信長から受け取った刀を放って逃げたのだ。正直あんな重いものを持っていたら既に追いつかれていただろう。


「よし、そろそろ動くか」


少し休憩することが出来た五郎は仕方が無いので通路を進む事にした。

上手く行けば城の外へ続いている可能性もある、城外へ逃げれれば屋敷に帰ることも出来るのだ。

そう思っていたのだが……。


「行き止まり?本当に?」


壁を押してみるが全く動く気配がない、横の壁もただの壁のようだ。

頭を掻きながら困った顔で考える五郎だったが、床の隅っこに出っ張りがある事に手の感触から気づくと目を凝らして顔を近づける。


「うーん、見難い……えっと、何々?なんて書いてあるんだ、この出っ張りを……押せって書いてあるのか?」


どうやらスイッチのような出っ張りなのだろう、とにかく押せ!と書いてあるような気がする。


「でも……どっち押せばいいんだ?これって当たりと外れがあるって事だよなぁ」


間違った方を押したら串刺しになるかも……嫌な想像を払いのけると、五郎は思い切って右の出っ張りを押し込む。

理由はえらく目立つ大きさで文字が書かれていたからである。

暫く何も起こらなかったので、外れを引いちゃったかなと思いつつ。

罠じゃなくて良かったと安心していると、ガコッ!と音がした瞬間に五郎は姿を消した。




五郎が姿を消した頃、信長の仕掛けた罠に嵌って逃げられた濃姫は、やっと抜け出して身なりを整えていた。

恐らく忍び衆の入れ知恵だろう、妻である自分が全く知らない仕掛けがいつの間にか増えているようだ。

一番の問題はその仕掛けが夫の悪戯か、今回のような場合にしか活用されていない事である。


「こういった事に関しては積極的なんですから……」


少し縄の痕がついた腕を撫でる、やっと抜け出せたが暫く宙吊りで縄が絡まっていたのだ。

この事も含めてお仕置きする必要があると溜息をつくと、何処からか音が聞こえてくる。


「どこから音が……?」


辺りをきょろきょろと見てみるが、特に変わった様子は無い。

首を傾げて濃姫が『気のせいでしょうか?』と呟いた時、目の前に五郎が降ってきた。

ドスン!と音を立てて頭から地面に着地した五郎は頭を押さえて転がる。

呆気にとられた濃姫が声を出せずにいると、五郎は頭を押さえながら涙目の顔を上げる。


「あっ……」

「…………」


見つめあう形になった二人、濃姫はハッとすると五郎を心配して傍に寄ろうと手を伸ばす。

反射的に捕まると思った五郎はじりっと後退りした。


「の、濃姫様!俺は巻き込まれただけで関係ないんです……!」


五郎は自分は関係ないですよとアピールしてこの場から離脱する機会を窺う。

濃姫はビクつく五郎を見て苦笑すると、信長に見せていた鬼のような表情とは正反対の穏やかな顔で告げる。


「存じています、安心してくださいな」


濃姫の一言に力を抜くと、ホッと息を吐いた。

五郎は頭をさすりながら、よろよろと床に腰を下ろすと濃姫を見上げた。


「濃姫様、お聞きしたいのですが。……ここは何処です?」

「ここは忍び衆の詰め所です、私は夫の仕掛けた罠でここに落ちてきました。丹羽殿も同じように?」

「あ、いえ……自分は変な出っ張りを押したら床が抜けて……」

「…………妙な仕掛けが前より増えているようですね」


濃姫が眉間に皺を寄せて頭を抱える、その一連の動作が濃姫の苦労を物語っている。


「そ、そうだ……早く逃げないと」

「お待ちなさい、丹羽殿」

「は、はい」

「貴方は我が夫から逃げているのでしょう?」

「そうです」

「それなら私と一緒に居た方が安全ですよ、あの人は私から逃げているのですから」

「……なるほど!」


五郎は濃姫の提案に目を輝かせる、確かに濃姫の傍にいればわざわざ信長が五郎を狙う必要が無い。

単独で逃げれば見つかった場合最悪である。


「濃姫様、この丹羽長秀貴女に付いて行きます!」

「ふふっ……本当に変な方ですね」

「信長様には悪いけど、長い物には巻かれるのが一番です!」

「では、夫を探しましょうか」

「やっぱり、探すんですか?」

「勿論です、ここまでされて丹羽殿は何も思わないのですか?」

「……それは、腹が立たないわけじゃありませんが」


文句なら山ほどあるが、言ったら言った分だけ倍で返されそうな気がする。

基本的に事なかれ主義なのだ、五郎は普段は黙って聞き流すことにしている。


「私が許します、一緒に懲らしめましょう?」

「は、はぁ……」


濃姫の言葉に心が揺れる、濃姫という後ろ盾があれば確かに信長に対抗する力になるだろう。

だが気乗りしない原因はもっと他にある、濃姫には手加減をしていたのか見る限り濃姫の服装は汚れ程度しか見えない。

しかし、もし自分が対峙した場合、あの信長が手加減してくれるのだろうか?想像すると寒気が走る。


「大丈夫ですか?丹羽殿?」

「だ、大丈夫です」

「そうですか……あら、顔が汚れていますよ?じっとなさい」


優しく顔を拭われる、濃姫ほどの美人に寄られると緊張してガチガチになってしまう。

大人しく顔を拭かれていると、濃姫は何やら思いついたように『あ……』と声を上げる。

五郎がどうしたんだろうと濃姫の顔を窺うと。


「丹羽殿、どうしても貴方の協力が必要になりそうです」

「え……」

「協力して……下さいますよね?」


何故か嫌な予感がした五郎は反射的に逃げ出そうとするが、がっちりと掴まれた腕は振りほどけそうに無い。

(この細い腕のどこにこんな力が……!いててて!)

どうやっても逃げれないと判断した五郎は、にこりと笑う濃姫に恐る恐る尋ねる。


「あ、あの~……協力って何をすれば……」

「ふふっ、大丈夫です。危なくなる前に助けますから」

「え”っ!?」


恐ろしい台詞が聞こえた気がした五郎が気絶しそうになっていると、濃姫は五郎を引きずるような形で城内を移動し始める。

五郎が意識を取り戻した頃には縄で縛られ、見晴らしのいい廊下に座らされている状態だった。


「何じゃこりゃ!!!!」


思わず叫び声を上げる、思わず立ち上がろうとしたがバランスを崩して倒れる。

こんな場所に居たら信長に見つかってしまう!何とか起き上がろうともがいていると……。


「貴様、堂々とこんな所で昼寝か?」


怒りを含んだ声に顔を上げると、鬼の形相をした信長がそこに立っていた。


「ぎゃあああああああ!鬼だあああ!」

「小姓人からお前を見たと聞いて駆けつければ……俺をおちょくっているのか?んん?」

「いいいいい、いえ……滅相も無い!」


抜き身の刀で頬を叩かれる、その冷たい刃先に身体がビクッと反応する。

信長の目が血走っているのを確認すると、五郎の全身から汗が噴き出る。


「安心しろ、帰蝶は俺の仕掛けで今頃動けん」

「そ、それじゃ俺は帰っても……」

「くくく、帰してやる。ただし……主君を置いて逃げた罰を与えてからだがな!!!!」

「だ、誰か助けてええええ!!!」


悪魔のような笑みで五郎に罰を与えようと笑っていた信長だったが。

五郎が信長の後ろを見ている事に気づいてその視線を追う。


「げっ!帰蝶!」

「罰を受けるのは、貴方です」

「く、くそ!」

「丹羽殿!」

「はははは、はい!」


濃姫の声を聞いた五郎は反射的に信長の足に身体をぶつける。

油断していた信長は五郎に躓いて床に顔面を叩きつけると『ぐぇ!』と呻く。


「丹羽殿、連れて行きます。手伝ってくださいませ」

「は、はい!」

「お、お前ら……覚えていろよ……」


縄を解かれた五郎は濃姫の命令に従って信長を縛る。

恨み言を言い続ける信長を引き摺りながら濃姫の誘導に沿って歩く。


「さぁ、丹羽殿。中へ」

「はい」


濃姫に促されて先に部屋に入る、そこには政秀が座って待っていた。


「お待ちしておりましたぞ」

「ばばぁ、お前も居たのか!」

「濃姫様に若が追われている時から既に居りました」

「何故助けんのだ!」

「私は濃姫様の味方です」


ハッキリと信長に告げる政秀は表情を変えずに続ける。


「若、今日はいい機会です。たっぷりとお説教しますぞ」

「けっ!聞きたくないわ!」

「なりません!」

「いてぇ!帰蝶、頭を叩くんじゃねぇ!」


前門と後門を天敵に囲まれた信長は悪態をつきながらも抵抗できずに説教を聞かされている。

ちょっと可哀想だなと思った五郎に濃姫が声をかけてくる。


「丹羽殿、今日はご迷惑をおかけしました」

「い、いえ……」

「今日は揚羽と出かける予定だと窺っていましたが、そちらは大丈夫だったのですか?」

「それが……信長様の呼び出しだと言う事で中止に……」

「まぁ……揚羽は今日の事、楽しみにしていた様子でしたのに」

「…………ですよね、珍しく不満そうな顔をされました」

「今からでもお帰りなさいな、後で私からも埋め合わせはさせて頂きますので」


濃姫のありがたい言葉に深くおじぎをすると、そそくさと部屋を出る。

五郎が退室する際、信長がこちらを見ていた気がするが……気づかない振りをするしかないだろう。

清洲城を後にすると、外はまだ明るく陽が差している。

長い時間逃げ回っていた気がするが、思った以上に時間は経っていないようだ。


「……何かお土産、買って行こうかな」


終わってみれば信長のしょうもない用事で呼びつけられた挙句に巻き込まれたのだ、揚羽に訳を話し辛い。

帰りに茶屋に寄って数本包んでもらう。揚羽が五郎と同じ団子を好む事を最近知ったのだ。


「揚羽殿もまだ年頃の女の子、やっぱり甘いものが好きなんだなぁ」


毎回は無理だが、出来る限り甘いものをお土産に喜んで貰おうと思っていたが、こんな形で実行する事になるとは。

これで機嫌直してくれたらいいなぁと思いながら青空の下をのんびり歩いて帰る五郎であった。

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