第三十九章~緊張、女性だらけの集い~
「……」
「……」
「…………」
「…………」
何故こんな事になっているんだろう、誰か教えてくれ。
ただ付き添いで来ただけなのに、こんな……若づく――オホン、まだ見た目は若々しい女性を前に説教される羽目になるなんて。
「丹羽殿」
「は、はい!」
「今日は良くぞ参られました、男性が参加できる集いではありませんが……今回は濃姫様の顔に免じて許可致しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「た・だ・し!」
「!?」
「決して、粗相の無いようにお願いします、いいですね?」
「はい!」
五郎は目の前の女性に深々と一礼する、その様子を見て深く頷くと静かに女性は退室していった。
五郎はホッと一息つくと、嵌められた!と叫びたい衝動が湧き上がるのを抑える。
今回五郎が参加する事になったのは、所謂女子会や奥様方の集いの様な類である。
その実態は勉強会と言ったほうが正しいかもしれない、のんびり話しながら飲み食いするのではなく、武将の妻としての心得や補佐などをサポートする為に、濃姫様が定期的に行っている集いと聞いている。
「信長様の頼みにしては簡単に済むと思ってたのに」
五郎はがっくり肩を落とす、揚羽に連れ添って信長からの手土産を持参したのだが、先程の女性――平手政秀に門前払いされる所だったのである。
偶然通りかかった濃姫に宥められこうやって部屋に通されたのは運が良かったのだろう。
「それにしても、綺麗だったなぁ」
五郎は信長から聞いていた話とは全然違う濃姫の物腰の柔らかい立ち振る舞い、艶やかな黒髪、やや細身だがふっくらとした女性らしい丸みをもつ容姿に思わず見惚れてしまった。
てっきり気が強くて、キツイ目をした姉御肌な女性をイメージしていた五郎はいい意味で期待を裏切られた。
「信長様は『怒らせるなよ?』って言ってたけど、優しそうな人で良かった……美人だし」
信長からは念を押すようにお土産を渡して、機嫌を取っておいてくれと命じられたのだが……。
「信長様も大袈裟だよ~、怖いのはどっちかと言うと平手殿の方……」
五郎が通された部屋に静かに入室してきた政秀は、じろりと五郎を一睨みすると嫌そうに今日の集いへの参加許可を告げたのだ。
その時の緊張感はなんと表現すべきか……まるで品定めされているような居心地の悪さを味わったのである。
「露骨に歓迎してません!って顔で睨まれるなんて、そこまで嫌われてるのかなぁ」
自分が信長に仕えた経緯を考えると怪しいと思われても仕方ないが、あそこまで露骨に嫌そうにされると傷ついてしまう。
一応繊細な心の持ち主なのだ、もっと優しく接して欲しい。
「……帰りたい」
お土産を渡してさっさと帰りたい気持ちで一杯なのだが、折角なのでと濃姫に誘われたのだ、断っては後で信長に何を言われるかわかったものではない。
せめて楽しいお茶会みたいな集いだといいなぁと祈ると案内人が来るまで大人しく部屋で待機する五郎であった。
「これ、丹羽殿!ちゃんと話を聞いているのですか?」
「は、はい!聞いてます!」
「全く……若様も何を考えて……ぶつぶつ」
五郎が考える中で一番最悪の状況である。
集いの場に呼ばれた五郎は静かに入室したのだが、濃姫や揚羽を含め数人の妙齢の女性が集まった場に一人男が居るというのは圧倒的な居心地の悪さを感じてしまう。
萎縮した五郎を見た政秀は嘆息して五郎を自分の横に座らせたのである。
そして先程から説教されている……そんな状況なのだ。
「いいですか、貴方もあの長秀殿の後を継いだのです、もっと若様をしっかり諌める事も出来なくてはいけません!」
「ですけど、機嫌損ねるとこわ……」
「くわっ!」
「ひぃ!」
「若様に怯えてどうしますか!」
「そんな事言われても……」
「全く、皆がそうやって若様を甘やかすから奇妙な行動ばかりするのです!」
「ハ、ハイ」
くどくど、がみがみと繰り返される政秀の説教に頭がパンクしそうになる。
というか、徐々に説教というより愚痴になっている気がするのは五郎の気のせいなのか。
(ストレス発散の相手にされてるよおおおお!)
ただでさえ毎日揚羽にも怒られる事が多いというのに、こんな人目が多い場所で怒られるなんて苦行にも程がある。
他の女性達は濃姫を中心として時に笑い、時に真剣に談義を続けていると言うのに……。
「丹羽殿!」
「はぃぃい!!!」
「良いですか?そもそも貴方には若様に仕える者としての心得が……」
政秀に呼ばれるたびに語尾を上げながら返事をする五郎は、冷や汗を滝のように流しながら政秀の話を静かに聞く事しか出来なかった。
しかも段々睡魔が襲ってくるというダブルパンチである、ここで寝たらそれこそ政秀になんて言われるか……ここが根性の見せ所である。
密かに心配そうに五郎に視線を向けていた揚羽は、流石に不憫に思ったのか助け舟を出すべきか迷った表情を浮かべる。
濃姫は揚羽の様子に気がつくと、視線の先に揚羽の夫と政秀の姿を確認し、口に手を当てて『うふふ』と笑った。
「揚羽殿、丹羽殿が心配ですか?」
「そんなことは……」
「正直におなりなさい、心配なのでしょう?」
「…………はい」
「平手殿は無意味に丹羽殿に辛く当たる方ではありませんよ」
「……」
二人の様子を見る限り、とてもそうは見えない、揚羽は黙り込んでしまう。
濃姫はそんな揚羽に微笑むと、菓子を差し出してから席を立つ。
「平手殿、そろそろ皆の談義に参加して下さい」
「むっ!しかしまだ丹羽殿に武士とはなんたるかを……」
「今日は武士の妻としてどうあるべきかを養う為の場、平出殿が居ないと始まりませんよ?」
「……わかりました、丹羽殿!大人しく貴方も聞くのですよ!」
政秀の台詞に『俺、男なんですけど……』と小さく抵抗しようとした五郎は鋭い視線にビクッと身体を震わせると口ごもる。
濃姫は苦笑しながら五郎に近寄ると、手を取って揚羽と自分の間に五郎を座らせた。
五郎は天使を見るような目で濃姫に見惚れていたが、太腿を抓られ『いて!』と叫び声を上げた。
恐る恐る揚羽を見ると、無表情なのに刺す様な視線と憤怒のオーラを感じる。
「あ、揚羽殿?」
「……何でしょう?用が無ければ話しかけないでください」
「……ハイ」
これ以上怒らせたら家に帰ってからが怖い五郎は、これ以上声をかける事を止めて大人しく談義に耳を傾ける事に集中した。
談義は思った以上に真剣な話が続く、夫を支える為には何が必要か、教養は勿論心構えや知識等。
もっと『おほほ』的なお茶会だと思っていた五郎は自分の認識が誤りだと気づかされる。
「自分の夫がいつ死ぬかわからなんだ、女性も強いはずだよね」
濃姫は五郎の呟きに、にこりと笑うと。
「この乱世では男も女も関係なく強くなければ生き残れません、特にこの場に集まった者は自身の夫だけでなく、大勢の命を預かる自分の家を支える必要がありますから」
「そう、ですよね」
「私の夫、信長も言っていませんでしたか?『実力と強い意志があれば男も女も関係ない』と」
「似た様な事は聞いた事があります」
「そうでしょう?ふふふ」
濃姫は嬉しそうに笑うと、五郎をじっと見る。
五郎が気恥ずかしそうに身体をくねらせると、揚羽が少しムッとした表情を浮かべた。
「丹羽殿は……信長の事をどう思っておいでですか?」
五郎は濃姫が真剣な声色で尋ねた問いに、少し考え込むと正直に言った。
「子供みたいな人ですね」
その返事に一瞬驚いた顔を見せると、『可笑しい人ですね』と上品に笑った。
五郎は怒られるかな~と思って少し緊張したが、笑う濃姫を見て見惚れてしまう。
「……だらしない顔をして」
ギクっとして隣を見ると、周囲が凍りそうな程の冷気を放出しながら五郎を見る揚羽に気づく、五郎はごくりと唾を飲み込むと。
「あ、揚羽殿!このお菓子美味しいそうですよ?ね?」
咄嗟に菓子を揚羽に差し出すと、ご機嫌を取ろうと低姿勢でお伺いを立て始めた。
そんな五郎に顔を背ける揚羽と、何とかしようと顔色を窺う五郎を見た濃姫は暫くの間笑い続けた。




