第三十三章~酒は呑んでも呑まれるな~
「そこで俺が自慢の槍をずばっと!」
「「「おお~!」」」
「その時のあいつ等の顔って言ったら……」
利家は酒の勢いもあってか調子よく皆に武勇伝を話している、その様子を見ながら五郎は『元気だなぁ』と呟くと隣で静かになっていた一益を窺う。
一益はまだ顔は真っ赤だが少し落ち着いたのだろう、周りの者から勧められた料理を少しずつ摘みながらのんびり宴会を楽しんで……楽しんで?
「ちょ、ちょっと……」
一益が飲もうとしていた水が気になった五郎は制止すると、湯飲みの中を覗く。
「これ、酒じゃん!?」
水を頼んだはずなのにと五郎が思っていると、持ってきてくれた兵が告げる。
「そ、それが……」
五郎は酒を持たされた経緯を聞かされて頭を抱える、彼は五郎に頼まれて水を頼みに行ったのだが、丁度その場に居た武将の一人が『酒も水も一緒だ一緒!潰れるまで酒を飲めばいいんだ!』と酒を無理やり持たされたのだという。
「だ、誰だ……そんな事言ったのは」
「――柴田様です」
「!?!!?」
五郎は目を剥いて絶句した、責めるつもりはなかったが相手があの柴田勝家なら責めれないだろう。
(勝家さんって、そんなキャラなの……?)
こめかみを揉みながらうぬぅと呻いていると、一益が五郎から湯飲みを奪い取る。
「あっ!」
「?」
「一益殿、ちょっとお酒は休みましょう?ね?」
「何でれすか?私はまだまだ逝けます!」
「逝っちゃ駄目なんですよ!?」
どうやら完全に酔っているのか、目が据わっている。怖い。
五郎は盛り上がっている利家を肘で小突くと頼み込む。
「利家殿、一益殿を止めて下さいよ。このままじゃ倒れます」
「大丈夫だって!一益はああなってからが本番だからな、寧ろもっと飲ませろ飲ませろ!」
「――頼んだ相手が間違いだった」
利家は寧ろ一益を煽ると、酒をどんどん注いでいく。
一益は注ぎ足される酒をペースを上げながら飲み始める。
「どんどん飲めー!」
「…………ヒック」
「もっとだもっと!」
「…………」
「もう終わりかぁ~?」
利家が煽っていると、一益は利家の首根っこを掴むと自身の隣に座らせる。
(あの利家殿が犬みたいに……)
五郎が一益の行動に驚愕していると、じろりと利家睨んだ一益は利家の眼前に酒を置く。
「……駄犬、キャンキャン鳴いてないでお前も飲め」
「……あん?」
「騒いでないで、お前も飲めって言ってるんれす」
「顔真っ赤にして、何を言うかと思ったら……」
「負け戦はしたくないのれしょうね」
「…………上等だ!どっちが先に潰れるか勝負してやろうじゃねぇか!」
五郎は一益の台詞に身震いすると、二人の勝負を止める暇もなかった。
(一益殿は酔うとあんな風になるのか、気をつけよう……)
心に誓っていると、五郎はどうしたものかと勝負の行方を見守る。
「って、はやっ!」
思わず叫ぶ、利家と一益は勢い良く酒を呷ると口から垂れる事もお構いなしに飲み始める。
まるで椀子蕎麦みたいに兵達が次々とお酌をしていく、その光景はあまりにもシュール過ぎる。
五郎は、このペースだと利家が勝つだろうと一益の心配をしていると……。
「うっ……ま、まだやれ……」
バタン!と利家が倒れた。
「ちょっと!利家殿、大丈夫ですか!」
「お、俺はこの位じゃ……」
「利家殿~?お~い?」
「…………」
「…………南無」
すっかり目を回している利家の前で静かに手を合わせる五郎だった。
それにしても、一益よりも豪快に飲み食いしていた利家が先に潰れるなんて、五郎は視線を一益に向けると、そこには黙々と酒を飲み続ける一益が居る。
「一益殿、大丈夫ですか~?」
「大丈夫です、私はまだまだ飲めます、ふふふ」
「と、取り合えず利家殿は潰れたので……そろそろゆっくり飲みましょう?ね?」
五郎がやんわりと一益にペースを落とさせていると声が掛かる。
「何をしているかと思えば、一益……そこまでにしておけ」
その男は一益から酒を取り上げると嘆息した。
五郎が誰だろうと頭を捻っていると、兵の誰かがその男に声をかけた。
「佐々様ではありませんか!」
「よい、邪魔をしにきたわけではない、遠慮せず続けてくれ」
接待しようと身体を動かし始めていた兵達を制止すると、佐々と呼ばれた男は五郎に気づく。
「おっと、丹羽殿……こうやって挨拶するのは初めてになりますね。佐々成政と申します、お見知りおきを」
「は、はい!丹羽長秀……と申します!此方こそよろしくお願いします」
緊張気味に挨拶する五郎を見て苦笑すると、成政は利家を見る。
利家は大の字に倒れこみ、既に鼾をかいて寝始めているようだ。
成政が利家に寄って行くのを見守っていた五郎だったのだが……。
「おい、利家!こんな所で寝るな!」
「ちょっ!」
あろう事か成政は利家に蹴りを入れ始める。
五郎が止めようか迷っていると、一益がぼそっと呟いた。
「放っておいていいれすよ、いつもああやって起こしてますから……ヒック」
その言葉に五郎は頭を抱える、眼鏡が似合いそうな知的なイメージだったのに利家に蹴りを入れる様子を見せられて早くも崩れ去った。
しかし利家は軽い蹴りではビクともしないのか、幸せそうな顔をしている。
「ごろ……コホン、長秀殿。これを成政に渡してくらさい」
「は、はぁ……」
どうやら一益が自分に渡したのは水のようだ、これを飲ませて起こすのだろうか?五郎が疑問に思ったまま成政に渡す。
すると成政は利家の顔の上から水を浴びせた。
「!?」
「ぶわっ!な、何だ!敵襲か!?」
五郎が目が飛び出さんばかりに驚いていると、利家は跳ね起きる。
成政はその利家の頭をがしっと掴まえると告げた。
「利家、お前……勝家さんからの用件を忘れて何をしている?」
「げっ!成政!」
「げっ……じゃない、全く」
「いいじゃないか、勝家さんも急がずにいいと言っていたじゃねぇか」
利家の台詞に成政は軽く頭を抑える、ちょっとその姿に共感を覚えていると、成政はやれやれと頭を振って言った。
「お前な、あれからどれ位経ったと思ってるんだ?」
「まだそんなに経ってないだろ?」
「経っていなかったら、俺が探しに来なくてよかったんだ」
「なんだよそりゃ」
「いいから戻って来い、信長様も呼んでいる」
「信長様が!そいつは急がないとやべぇ!」
利家は起き上がって走り去る、五郎がポカンと見送っていると。
「一益、お前もそろそろ戻れ、池田殿がお前が居なくなって心配していたぞ」
「池田殿が?」
「うむ」
「長秀殿、私も失礼します。また後ほど……」
一益は少しふらつく足取りのまま席を立ってしまった。
『大丈夫かな……あれ』五郎が小さく呟くと、成政はその呟きに反応する。
「大丈夫ですよ、皆から聞いたかもしれませんが……一益はあれから潰れるまでが長いので」
「は、はぁ……」
「それより丹羽殿、勝家さんが呼んでますついて来て下さい」
「勝家さんが?」
「利家もその為に歩き回っていた筈ですが、困ったもんです」
「ははは……」
五郎は成政と一緒に苦笑すると、皆に一声かけて席を立った。
それから賑う皆の合間を歩きながら成政に声をかける。
「佐々殿、勝家さんは俺に何の用でしょうか?」
「恐らく丹羽殿の姿が見えないので、心配されたのではないかと」
「なるほど」
「まぁ、一番の理由は一緒に酒を飲もうと思ったんでしょうね」
そこで話を切った成政は足を止めて五郎の肩に手を置く。
悩ましげな表情を一瞬浮かべた成政は、一呼吸おいて告げる。
「いいですか?丹羽殿、勝家さんに酒を勧められても無理はしない事です」
「へ?」
「一度捕まったら逃げられません、いいですね?気をつけて下さい」
「それはどういう……」
五郎が問い返そうとしたその時、成政の背中から呼ぶ声が聞こえてきた。
その席は一際賑やかに盛り上がっていた、気になったのはその周囲には酔いつぶれた者達の残骸が転がっていた事である。
(やべぇ、嫌な予感しかしない)
反射的に後戻りしそうになる五郎だったが、その肩を掴まれた瞬間に身体を固まらせるのであった。




