おいでませ戦国！~染井五郎の受難~

第三十章~僅かな勇気~

ガキン！と鈍い音が響いた瞬間、五郎が握っていた小太刀が弾かれる。

「貴様！いつの間に！」

「いてて……」

利家に振り下ろされた刀は五郎が横から薙いだ小太刀によって軌道をずらされ、利家の右肩を浅く斬る程度で済んだ。

しかし義元の斬撃の重さに手を取られた五郎は、小太刀を弾き飛ばされて慌ててしまう。

「やばっ、まだ……もう一本ある！」

飛ばされた小太刀はすぐに取れる位置にない。どうしようかと焦っていた五郎は、出陣前に勝家から貰った小太刀の存在を思い出し、急いで構える。

問題は目の前に居る義元だ、静かに五郎に向ける視線は睨まれているわけでもないのに気圧される迫力がある。

（つい身体が動いちゃったけど、どうしよう……）

間に合ったのはいいが、この後である。

利家の槍と互角に打ち合う実力がある義元に、自分が勝てるはずがない。

「利家殿？大丈夫ですか」

「っ～！大丈夫だ、傷は深くねぇ！」

「よ……よかった！」

ほっと安心するのも束の間、義元が五郎を値踏みしていた視線を外すと利家に声を掛ける。

「ふん、妙な男よ。腕が立つかと思えば……腰が引けておるではないか」

「違いねぇ、まぁそのお陰であんたの太刀筋は、俺の首を刎ねることは出来なかったようだぜ？」

「口の減らぬ男だ、浅いとはいえその傷。槍をまともに扱えると思っているのか？」

義元は目を細めると五郎に身体の向きを変える。

五郎は利家に下がるよう促すと、義元と対峙する。

ごくりと唾を飲み込む、利家と同じような展開になれば、初撃を受ける事が出来るかも怪しい。

しかも、こんな威圧感を浴びせられながら打ち合うなんてとても無理だ。

（とにかく距離を取らないと……）

利家が肩を抑えながら下がるのをちらちら確認しながら後ろに下がる。

それにしても不思議なのは義元が攻めてこない事だ、五郎はいつ攻めてくるのか不安で仕方がない。

（これはチャンスだ、利家殿が体勢を整えれるまで時間を稼げれば……！）

義元は少しずつ下がる五郎を見て迷っていた、その理由は五郎が隙だらけだったからだ。

（この男、身体もそれほど鍛えられてもおらん。それに子供にも負けそうな程隙だらけではないか）

何故このような男が前田利家のような武将と二人で自分を追ってきたのか。

先程は全くその存在を気にしていなかったからこそ、その行動を察知できず利家を討ち取る寸前で邪魔をされたが。

（もしかして、わざと隙を見せているのか？）

あまりにも戦場に不釣合いな五郎の存在が義元の動きを鈍くする。

仮に演技だとすれば深追いすれば此方の被害が増える可能性がある、利家に痛手を負わせた以上新たな追手が来る前に退却したい。

「あまり考えている余裕はない、試させてもらおう！」

義元は刀を中段に構えると、五郎に向って間を詰める。

五郎は驚いた表情で義元を見ると、小太刀を合わせようと振りかぶった。

「五郎！何してんだ、避けろ！」

「へっ！おわっ！」

利家の声で紙一重の所で義元の斬撃をかわした五郎を見て舌打ちをする。

だが、五郎の動きを冷静に観察して分かった。

（この男、素人だな）

まさかこんな素人を戦場に使うとは信長はなんという男だ、おおうつけと呼ばれる男は噂どおりのようだなと義元は思う。

しかし、これでやる事は決まった。

素人と手負いの猛将、ここで打ち損なうにはこの状況は勿体無いだろう。

「利家、お主の首ここで刎ねさせてもらうぞ！」

「ちぃっ！」

利家は槍を左手に持ち替えると、五郎にもっと下がれと声を掛ける。

義元はその間に間合いを詰めると、五郎に軽く刀を振って後ろへ押し下げる。

そこから返す刀で利家と激しく打ち合う、しかし怪我の影響だろうか、利家の槍も先程までの精彩を欠いてしまっている。

「その怪我では満足に戦えないだろう、大人しく首を刎ねられるがいい！」

「そう簡単に首をやるわけねぇだろ！おりゃぁ！」

「ええい！しぶとい奴め！」

じりじりと押されながらも利家は義元の斬撃を凌ぐ。

五郎は応酬に足を踏み込めないまま、見ていることしか出来なかった。

「どうする……このままじゃ」

義元の軽い一振りでまたも小太刀を弾かれそうになった五郎は、目の前で必死に打ち合う二人を間合いの外から眺めるしかできない。

義元の親衛隊も同じ気持ちなのだろう、それ程激しく打ち合う二人に割り込む隙が見当たらない。

（だけど、このままじゃ……何か！何かないのか！？）

幾ら利家が腕が立っても、怪我を負った状態で長時間打ち合えば負けるかもしれない。

五郎は必死に考えを巡らせるが、全く妙案が浮かんでこない。

「くそっ！」

「利家殿！」

このままでは利家がやられてしまう！何とかしなければと注意深く周囲を見渡す。

その時、視線の先にチラリと見えた影に五郎は目を擦る。

（あれは……信長様！？）

見間違いかと思い、何度も目を擦ってみるが、確かに上から駆け下りてくる馬に跨っているのは信長その人であった。

「利家殿！もう少しです、もう少し耐えれば！」

「何だって！？」

「ちょ、ちょっと余所見したら危ないですよ！」

「なら話しかけるな！それ所じゃねぇんだ！」

五郎の声に顔を向けた利家は皮一枚で義元と打ち合いを続けながら叫び返す。

しかし、利家の体力も限界が近づく。

「くそっ！」

「今度こそ、その首貰うぞ！」

義元の袈裟斬りに槍を弾かれる、そこで義元は五郎を目で牽制するとゆっくりと首に切先をつける。

五郎は咄嗟に義元の間合いに入る、その瞬間義元から鋭い横薙ぎが放たれた。

ガキッ！ギギギ！

身体の正面で義元の一撃を受けると、五郎は血の気が引いた顔を恐怖に歪ませる。

「ほう、今度は受け止めるとは」

「……！……！！」

「むん！」

「うわ！」

何とか初撃を受けた五郎だったが、義元に刀で押し込まれる。

（あと少し、あと少しだけ時間を……）

利家は槍を弾かれ戦える状態ではない、自分がなんとかするしか利家を助ける事は出来ないのだ。

五郎は生前長秀に教えてもらった事を必死に思い出す、長秀はなんと言っていただろう。

長秀は五郎と打ち合う際、隙だらけな五郎に苦笑すると教えてくれた。

「五郎殿、もし腕の立つ者と打ち合う際。怖がってはいけません、よく相手を見るのです」

「相手を……ですか？」

「えぇ、手練の者でも隙は生じます、もし戦場なら尚の事です」

「でも、それでも隙が見つからなかったら？」

「その時は……そうですね、勇気を出して隙を作らせるしかありませんね」

「隙を……作る」

五郎は長秀の言葉を思い出すと、静かに息を吐いて心を落ち着かせる。

このままじゃ死ぬだろう、それなら生き残る為に手段を選んでいられない。

（隙……隙を作る）

どうにか隙を作って時間を稼げば信長と馬廻衆が何とかしてくれるはずだ、その為に何か妙案を考えないと。

何かないかと義元を見る、そこで五郎は気づいた、義元の刀は僅かに歪んでいるように見えたのだ、恐らく激しい打ち合いと五郎の予想外の斬撃の影響で歪んでしまったのだろう。

「や、やるしかない……」

ごくりと唾を飲む、あれだけ刀がダメージを受けているのだ、幾ら義元の腕でも一太刀で斬り捨てる切れ味が残っていないかもしれない。

「さっきからぶつぶつと、来ないなら此方から行くぞ！」

「っ！？……く、くる！！」

「生意気に防ぎおる！」

「ぐぎぎぎ！！」

震える手で必死に斬撃を受け止める、少しでも気を抜けばこのまま首を刎ねられそうだ。

じりじりと押される五郎は義元の刃先が首に近づくの恐怖に耐えながら少しずつ後ろへ下がる。

（もっと……もっとこっちへ！）

腰が抜けそうになる、しかし五郎は僅かに残った勇気を振り絞ると思い切って自分の身体ごと義元に押し込む。

「貴様！馬鹿な事を！」

「こ、このままやられるなら！！」

「むぅ！」

五郎は肩を盾にしながら小太刀を必死に押し込むと義元の体制が崩れた。

「何だと！」

「かかった！」

先程まで五郎が荒らしていた地面に足を取られた義元はぐらっと体勢を崩す、その瞬間五郎は義元に蹴り飛ばすと急いで利家の槍を拾った。

驚きで固まっている親衛隊を視界に入れたまま利家に駆け寄る。

「利家殿……今の内に！」

「貴様～！」

「げっ！」

ゆらりと義元は五郎の前に立ち塞がると、憤怒の表情で睨んだまま五郎に向ってきた。

（やられる！！）

五郎は思わず目を瞑って祈るしか出来なかった。