壊れ物注意
つい、やっちゃったんだぜ。
怒っちゃやだ、やだ。
まあ、そんな軽く言ったところで、ものすごい形相で私を追いかけてくる人たちが許してくれるわけもなく。
放課後の閑散とした校舎を、私は走り回っていた。
「い、いい加減に、まて、や、ゴゥラァァァァ!!」
背後から、怒気あふれる声。ちょっと息切れ気味。
見事に、ザ・不良と言いたくなるような、ちょっと古いような追跡者。
追いかけっこ開始直後より、人数が減っているのは、体力の限界で脱落したのだろう。先回りして挟み撃ちとかは、勘弁。勝てると分かっているが、加減の難しい喧嘩なんて追いかけっこの何倍も面倒くさい。
事の発端は、別に巫山戯たものではない。
おっぱいプリンで機嫌を損ねた部長が、調理実習室を使わせてくれなくなったので、部活が無くなった今日。
中間考査前に、もう一つ大作を作ってみたかったのだが、しょうがない。
さすがに任務に関係ない寄り道がすぎたと思考を切り替え、再度探索に本腰を入れた私は、わらわらとアチラコチラで見かけるようになったダミー潰しをしつつ、うろついていた。
委員長のメガネケース。
サッカー部くんのロッカーのネームプレート。
生徒会長の机。
副会長の生写真。
風紀委員長の机の中の替芯。
二年書記の双子兄のストラップ。
二年会計双子弟の上履き。
自称情報屋のロッカーの鍵穴。
今日の放課後の短時間だけで、これだけ見つかった。
王道くんのヅラは、さすがに身につけているものだから簡単には手が出せないので、その分見つけたものを片っ端から潰していった。
本命の核は一向に見つからなかったが、ダミーがここまで校舎に集中して存在する以上、箱庭側が必死になっているのが分かる。
壊して新たなダミーを生み出させてを繰り返していけば、修復するものが既に居ない箱庭が隠しきれなくてっていくのは時間の問題だ。
だから、私にもわかりやすい兆しに、機嫌よくダミーを壊していたのだ。最初は。
それがまあ、なんていうか。
運命のいたずら?
ダミーの気配を感じて、廊下の角を曲がって直ぐ。
思わず右手を突き出して、潰そうとした私は悪くない。
いや、ダミーが何なのか。確認しなかった落ち度はあるか。
付きだした右手人差し指。
動作だけ見れば、チャイムをピンポーンと鳴らすような何気ない動き。
だが、ダミーを壊さんと、必殺の意思を込めた突き刺し。
その一撃は、確実にダミーを仕留めた。
パキリ、と固い何かが砕ける音。
そこで終われば良かったのだ。
だが、残念なことにこんなところでトラブル誘引体質が発揮された。
それとも、部長の呪いだったのか。
私の右手人差し指は、ダミーを破壊した後柔らかな感触に触れた。
乳首だ。
胸の付近に有ったダミーだった何かを破壊した先に、布越しではあったが乳首があった。
これで乳首の持ち主が、一般生徒だったら適当にごまかしきれたと思う。痴漢の冤罪は免れなくても。
だが、しかし。ここはBLお約束の満ちた世界。トラブルは、美形と共にやってくる。
乳首の持ち主は、学園の不良たちのトップに位置するお方、大神弥勒だった。
授業はサボるものの、校外に無断外出をしないで真面目に投稿しているツッコミいれたくなる系不良。誰も指摘しないのは、この箱庭の真理である美形のみに許される行為だからだろう。
そんな大神、一応先輩が、箱庭のえこひいきを受ける整った顔を歪め、顔真っ赤にしてブルブル震えている。両手は、乳首を保護するように、胸を抑えている。
一緒にいた舎弟らしき不良たちは、彼の様子に顔を気の毒なほど青褪めさせている。
私は、ゆっくりと伸ばした腕をおろした。
奇妙なことに、誰も何も言えなかった。
これはいけない。
そう思った。
だが、そこで私は致命的な過ちを犯してしまった。
素直に謝罪しておけば良かったのだ。事を荒立てるつもりがなかったのなら。
でも、ダミー潰しとはいえ、久々の破壊行為に興奮していた私の口からは取り返しのつかない一言が漏れた。
「ピンポーン。奥さん、米屋です。」
何故、そんな言葉が出たのか。
自分でもよくわからない。
だが、それが彼らの止まっていた時間を動かした。
複数のだみ声で一斉に罵声を上げる。彼らと私の追いかけっこ開幕の合図となった。
「てめぇ、殴らせろ!」
単純な体格だけで言うなら、不良たちの方が良い。
だが、生憎私はチート。この程度の追いかけっこヘッチャラなのよ。
まあ、いい加減終わらせたいなら本気出して逃げるか、わざと捕まって殴られてしまったほうが話は早い。
しかし、それをしてしまうと今こうして逃げるより、厄介なフラグが立ちそうな予感。
私の嫌な予感は、七割当たる!
じゃあ、私が無目的に逃げ惑っているかといえば、そうでもない。
タゲを他者に移すMMOなんかでお馴染みの迷惑行為、MPKをしてやろうと考えている。肝心のターゲットがなかなか見つからないので、追いかけっこが冗長になってきているが。
このまま逃げ続け、ターゲットが見つかるのが先か、不良たちが諦めるのが先か。
どちらでもいいなんて、いい加減な気持ち。
「あ。」
ダミーの気配。
それも新規ではない。
それが階段の先から、こちらへと近づいてきている。
鹿島だ。
「ラッキー?」
ターゲットの登場に声を漏らすが、果たしてどう転ぶか。
不良たちがこちらを追いかけているのを再確認し、鹿島の元へ向かう。
「誰か、助けて~。」
今更の悲鳴に、不良たちが訝しく思うだろうが、構うものか。王道の鹿島のことだ。あからさまに、助けを求める者を邪険にはするまい。
ついでにいい機会だ。あいつのヅラも抹殺してやるぜ!
こんなのでも、榊聖の三分の二は女性で出来ています。