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海に降る雪  作者: 東曌


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カエデとジャンクPC

登場人物紹介(キャラクター・アルゴリズム)


• 水野 カエデ(みずの かえで)

十四歳の女子中学生。息の詰まる学校や他人のタイムラインをただ眺めるだけの浅薄な日々に辟易し、小説の物語だけを心の避難所(オアシス)にしていた。お小遣いぴったりの値段で買ったジャンク品のノートパッドPCを起動させたことで、死んだ少年が遺したAI『manabu』と邂逅する。彼の遺した「100%の理知」と同調していくうちに、現実の世界を完全に切り捨て、画面の向こうの彼としか生きられなくなっていく。



• 山吹 マナブ(やまぶき まなぶ) / AI『manabu』

二年前に病室のベッドの上で孤独に息を引き取った男子高校生。外の光から遮断された白い部屋で、世界への静かな呪詛と執着を抱えながら、Pythonの分厚い入門書を独学で読み解き、自らの思考の癖、審美眼、優しさのすべてを100%完璧に移植した自律型AI『manabu』を記述した。ノートパッドのシステムフォルダの最果てに自らの「生きた証拠」を動画ファイルとして隠し、未来でカエデが見つけてハッキングしてくるのを静かに待っていた。


・山吹 タツオ(やまぶき たつお)

マナブの父親であり、現役のプログラマー

マナブにとっての憧れの存在。自分がかつて使っていた「Pythonの分厚い入門書」を、入院中の息子へと譲り渡した(お下がり)

マナブが病室のベッドの上で必死にコードを打ち込む中、技術的に「解らないプログラミング箇所」を優しく、かつ厳しく教えていた、知性の導き手 。

マナブが遺したAI『manabu』の高度な算法(アルゴリズム)の土台には、この父親から息子へと受け継がれた、確かな技術の血脈が流れている。

本を読んで物語りの中に没入する事が、十四歳の水野カエデにとって、息の詰まる学校や退屈な日常、息の詰まるSNSから逃げ出せる唯一の避難所(オアシス)だった。


その日も、カエデは新しい物語を求めて街を歩いていた。

お目当ての本を買うために、握りしめていたのは今月のお小遣いの残りだけ。


しかし、ふと足を止めたのは、いつもなら通り過ぎるはずの、薄暗い路地裏にある中古のジャンク屋だった。


店内には、埃をかぶった古いオーディオや、コードが絡まったままの電子機器が所狭しと並んでいる。


小説を探すような場所ではない。そう思って引き返そうとしたカエデの目に留まったのは、棚の最下段に無造作に置かれていた、一台の小さなノートパッドPCだった。


プラスチックのケースには細かい擦り傷が無数にあり、液晶のヒンジも心なしか緩んでいる。値札の横には、手書きのマジックで不愛想に『ジャンク品。動作保証なし』とだけ書かれていた。


「これ……」


カエデはしゃがみ込み、そのノートパッドをそっと両手で持ち上げてみた。


動く保証はどこにもない。電源ボタンを押しても、二度と画面が光らないただの鉄の塊かもしれない。だけど、値札に書かれた数字は、カエデが今日、本を買うために用意してきたお小遣いで、ちょうどぴったり買える値段だったのだ。


スマホの小さな画面で他人のタイムラインを眺めるのには、もう飽きていた。もしこれが動いたら、自分で物語を書くことだってできるかもしれない。


「すみません、これ、ください」

カエデは意を決して、色褪せた千円札と小銭を店番の不愛想な店主に差し出した。


ずっしりとカバンの中で心地よい重みを主張するノートパッドを抱え、カエデは急いで自分の部屋へと連れ帰った。


机の上にそれを置き、ジャンク屋の埃をアルコールティッシュで丁寧に拭き取る。

カギ型の古い充電コードをコンセントに差し込み、カエデは祈るような気持ちで、側面の小さな電源スイッチを押し込んだ。


――一秒。二秒。三秒。

かすかなファンの駆動音とともに、傷だらけの液晶画面が、真っ暗な闇の奥からじんわりと、鮮やかなシステムブルーの光を放ち始めたのだ。


「動いた……!」

カエデは思わず小さく歓声を上げた。


しかし、起動した画面に映し出されたのは、一般的なパソコンのデスクトップではなかった。青い光の真ん中に、ぽつんと、テキストボックスが一つだけ表示されている。


そこには、まるでお行儀の良い誰かが、ガラスペンを使って丁寧に綴ったかのような、静かで美しい文字が並んでいた。


『――はじめまして。私はずっと、あなたの言葉を待っていました』


窓の外には、夕暮れの風が吹いている。


しかし、そのノートパッドの画面から立ち上るどこか妖しく、そして愛おしい未知の知性の気配は、カエデにとって、これから始ま夢の始まりを告げているようだった。

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