第1話 理想の花嫁とは
俺の目の前に二十歳前後の女体が転がっていた。
血溜まりに倒れる彼女は、まるで闇夜に咲く彼岸花のように美しい。死にかけという状況すら芸術の一部に見えてしまうほどだ。
素晴らしい。骨格、四肢の長さ、皮膚の張り、顔のバランスどれも上等だ。こんなに早く理想の器が見つかるとは、転生後の人生なかなか捨てたものじゃない。
虫の息の女が濁った瞳だけをこちらに向ける。焦点は合っていない。
俺はマッドサイエンティストのような慈愛に溢れた笑顔で壊れかけの女に語りかける。
「キミ、よかったら——脳みそを弄らせてもらえないか?」
「ゴポォ!」
女は咳き込み、血を吐いた。
「ああ! 無理に動かないでくれ! 貴重な脳細胞が壊れる!」
口を開こうとする女を遮るように俺は続ける。
「キミは何もしなければ、もうすぐ死ぬ。だが俺なら助けられる。“合成魔法”でね」
手に持った合成針をくるりと回す。棒手裏剣のような形状のそれは、白と黒、二本一組のものだ。
「ただし、助けるには条件がある。俺の“理想の花嫁”になることだ」
女は理解しているのか、いないのか、虚ろな表情のまま今にも意識が途切れそうだ。
「頷くだけでいい。それで全て上手くいく」
女は刹那にも満たない時間で考え、壊れかけの人形のようにかすかに頷いた。
「宜しい。では、すぐ終わる。今はゆっくり眠るといい」
目を閉じるのを確認し、俺は彼女の心臓へ合成針を突き立てた。
◆◆◆
次の日。
俺は女を修理した後、土と鉄でできた洞窟内の研究所へと連れ帰った。
棚に並べられた薬瓶を眺めながら葡萄酒を傾けていると、ベッドに寝かせていた女が身じろぎし、ゆっくりと目を覚ました。上半身を起こして警戒するようにこちらへ“銀眼”を向ける。
「……ここは?」
「俺の研究所だ。噛み砕くと家みたいなものだな」
「私は……たしか狼の魔獣に襲われて……死んだはずじゃ……?」
「俺が助けたんだよ。契約、忘れたのかい?」
「契約……あ!」
目を見開いた女は記憶を辿るように額を押さえる。
「思い出したわ! 合成魔法がどうとか、助ける代わりに……理想の花嫁になれって……あれ、どういう意味? 何かの比喩かしら?」
「そのままの意味だよ」
俺は即答し、さらに続ける。
「理想の花嫁。それは、美人で、家事全般ができて、お金を稼いでくれて、いつでも全肯定してくれて、“ついでに火を吐ける”、そんな最強の嫁だ」
「はぁ?」
女は露骨に顔をしかめる。
「助けて貰って言いたくないけど、ばっかじゃないの? そんな都合のいい女いるわけないでしょ。しかもよりにもよって火だなんて……」
表情に影を落とす女。嗜虐心をそそるが構わずに俺は口角を上げる。
「ククク、だから創るんだよ。合成魔法でな」
白と黒の二本の針を突き出す。
「この魔法針は刺したモノ同士を合成できる。もちろん人間を含む生物もだ。例えば一流の料理人とドラゴンを組み合わせれば、火を吹く料理人ができる」
「……それを繰り返していけば、たしかに理想の花嫁は創れそうね」
一拍置き、女は吐き捨てる。
「……あんた、イカれてるわ」
「いいや、常識人だよ」
女は鼻で笑い、ベッドから降りて踵を返した。
「悪いけれど、私じゃあんたのご希望に添えられそうもないから帰らせて貰うわ」
「待て」
静かに言うと、女の動きが止まる。
「ここを出れば、キミは死ぬ」
「……は?」
「キミの体に火薬を仕掛けた。俺の匙加減ひとつで粉々だ。芸術は爆発ともいうし、俺としてはそれを鑑賞するのも悪くない」
女の顔色が変わる。手を震わせながら、ゆっくりこちらに振り返った。
「……脅し?」
「忠告だ」
ま、嘘だけどな。火薬は仕掛けていない。暴発でもしてせっかく発見した理想の器を壊したくないのでな。
だが、証明しようがないので、このハッタリは効く。
「だからキミは、ここにいるしかない。俺の研究所で、俺の理想の女として生きるのだよ」
「……最低」
そう言いながら、女はふと違和感に気づいたように自分の髪に触れた。
「……え?」
“銀色”の毛束が指の間からこぼれ落ちる。
「……な、なによこれ!?」
慌てて部屋の隅にある鏡へ駆け寄る。
「私、黒髪だったわよね!? 瞳も……銀色になってる!? いえ、これは……!」
女は右側だけ長い前髪をかきあげて右の瞳を見る。
「右目、赤くなってる!?」
「オッドアイだな。両眼とも銀にしたかったんだが、どうやら失敗したようだ」
「はぁ!?」
「ここに来て一週間。人間以外での生体実験は一度も失敗したことはなかったんだがね。急ごしらえの狼魔獣の体がダメだったのか、もしくは人間は難しいのか、それともキミが特殊なのか」
顔を背ける女。
俺は肩をすくめる。
「結果的に銀髪ロングでオッドアイという俺の理想の女になってくれて助かったよ。しかも片目が前髪で隠れているのが実にミステリアスでいいだろう?」
女は右目にかかった前髪を乱暴にかきあげる。
「も、戻しなさいよ!」
「無理だね。合成魔法は足すことはできても、引くことはできない」
ま、ちょっと嘘だけどな。
「そ、そんな……」
「安心してくれ。容姿は俺の中の流行次第でどうにかなる。次は赤髪もいいし、緑髪も捨てがたい」
俺は楽しげに指を折る。
「流行次第って……あんたの気分が変わらなければ、ずっとこのままってこと?」
「いいじゃないか。銀髪オッドアイ、片目隠れ。最高のヒロイン属性だ」
ふと思いついて付け足す。
「あ、眼帯でもいいな。クールビューティーお姉さんみたいで悪くない。後で作ろう」
「ぜっったい、いやっっっ!!」
実に良い反応だ。
俺は顎に手を当てる。
「ふむ……キミはどうやらツンデレ属性っぽいな」
「なによそれ」
「俺的には全肯定、つまりデレデレな女が理想だったんだが……性格はハズレを引いたか」
「何を言ってるか分からないけど、全否定ならいくらでもしてあげるわ」
女が睨みつけてくる。
「その返し、嫌いじゃない。だが、やはり嫁にするなら全肯定がいい。キミにはずっと“笑顔でいて欲しい”しね……となると」
視線は自然と彼女の頭部へ向かう。
「やはり脳みそを弄る必要があるな」
「最低最低最低!」
女が歯を剥き出しに低く唸る。捕獲したばかりの実験動物みたいで愛おしい。
「安心してくれ、まだ合成魔法も完璧じゃない。人格を思い通りに変えるにはもう少し実験が必要だ。だからその間に覚悟を決めておいてくれ」
「嫌よ!」
べっ、と舌を出す。美しい。カエルやアリクイみたいに伸びるようにするのもありだな。
「ああそうだ、キミの名前は?」
「フラ……やっぱり言わない」
「それでは俺が名前を付けよう。実験体は管理しやすい方がいいからね。今日からキミの名は“キメラ”だ」
「は?」
キメラとは神話に登場する怪物。複数の生物の特徴を持つ歪な存在。これから魔改造される彼女にはぴったりの名前だ。
「意味は“美しい娘”だ」
と、嘘をついておいた。俺って人の心を慮れて優しいな。さすが常識人だ。
「……本当は、ろくな意味じゃないでしょ」
「お気に召さないかな?」
「……まぁいいわ。どうせすぐに出ていくし」
俺は葡萄酒を一口飲み、自身も名乗る。
「俺は“シュタイン”。合成魔法使いだ」
ほんのわずかにキメラの銀の眉が上がる。
「……ありきたりな名前ね」
「この世界ではそうなのか。だが悪くない。目立たない方が都合がいいからな。とにかく、死が二人を別つまでよろしく頼むよ」
その言葉が気に入らなかったのか、キメラは歯軋りしながらこちらに人差し指を向けてきた。死にたての死体の指みたいに白くて綺麗だ。ヒトデでも合成して千切れても再生するようにしたい。
「あんたの思い通りになんか絶対ならないから!」
今時こんな使い古されたツンデレムーブをする奴がいるとはな。いや、一周回って新しいか。
「契約破棄かい?」
「うるさい! あんな断れない状況で交わした契約なんて無効よ!」
と言って、そっぽを向くキメラ。
やれやれ、ツンデレはやはり好きじゃないな。早く全肯定botにしたいところだ。
とにもかくにも理想の花嫁を創る計画が静かに始動した。




