第一章 生存逃走-The Gears of Greed- 中編
霧に包まれた街を旅人と少年はバイクで駆ける。
考えなしに発進してしまったが、風景を楽しむ時間ができたと思えばこれも有意義なものだろう。ここは比較的霧が薄く街並みがそこそこ見える。ライト君が言うには機械がそこかしこに見えるとのことだが、実際に見てみるのとただ聞くのでは得るものが違うのだと確信できる。
建物には灰色の管が背面の壁に繋がっている。恐らく管を通して何処かからエネルギーを受け取っているんだろう。それ故か建物は基本大きめに築かれているようだ。特筆すべきは、ここにある建物一つ一つに取り付けられている巨大な歯車だ。個人的な所感としては、刺さっている、と言うほうが近い。
話を聞いた時に想像していたのは町の人々が商売道具として機械を使っている程度のものだったが、この街はそれだけに留まらず機械との共生とも言うべきものとなっていた。
「圧巻だな、これは」
「おれは嫌いだ」
「なんで?」
「この街の全てを手に入れようとしてるみたいで、おれは嫌いだ」
存外、少年は感性豊かなようだ。多感な時期なのかもしれない。
そうして暫く、道を走る。
「あ、いた」
いた、とはどういう事かを聞く前に、嫌でもそれを目の当たりにし理解した。
歩く屍のような、汚れきった老人がいた。
「もしかしてだけど、彼から奪うのか?」
「そうだよ」
「悲しいものだな…」
「それが生きるってことなんじゃないの?」
「何かを手に入れたとき、誰かが奪われるんだから」
思わず目を見開いて振り返ってしまった。見たくもない凄惨な光景から視線をそらしていたけど、少年のその言葉は無視できなかった。何故か、酷く心が傷付いて堪らなかったからだ。
「それを、君が言うのか」
独り言のつもりで言ったけれど、聞こえていたかもしれない。
俺は、この少年の幸せを願わずにはいられない。
怨念を幻視するマスクと、悲観的な少年と、この街の代償を見た旅人がそこにいた。
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「マスクはちゃんとつけた?」
「勿論、使わない訳には行かないからね」
もう一度老人を見つめてから重い足を動かす。何をすればこの街はこのような生き方を人に強要するんだろうか、そのような疑問が一瞬、頭を支配する。しかし考えたところで何もできない。できないが、せめて知りたい。この街を覆う霧のように伝播する狂気を。
突然、塔の方から少々耳に不愉快なブザー音が鳴り響いた。
「これは…」
「せっかくだから見ていきなよ、他の場所じゃ多分見れないよ」
塔が唸る様な音を上げると、建物の歯車は全て一斉にゆっくり回り始めた。そして管を通して何かのエネルギーが塔の方に集められる。塔は下の階から一段ずつ翡翠色の光を放ち始める。計十二階層、全てに光が点くと歯車は止まりエネルギーの供給が止まる。最後にふさわしいと言うべきか、塔は全身で眩い光を放つ。目に毒とはこういうことだろう。いや、本物の毒はこれから出るであろう霧のほうか。
光の放出を終えた塔は食事を終えた後のゲップが如く頂上から煙を放つ。色は毒々しい薄い緑色で、この街を包む霧と同じであろうことが考えられた。
「これが街を包む霧の正体か」
「あれはね、エルドラドっていう鉱石からできるエネルギーを使っているんだ」
「詳しいのか?」
「興味があるだけだよ。でも話が聞きたいなら話してあげるよ」
「なら聞かせて貰おうかな」
少年は嬉しそうに話し始める。これが人生の支えだと言わんばかりの幼気な笑顔で。
「エルドラドは万能石とも言われていてこの街のほとんどの機械に使われてるんだ。あの歯車はエルドラドの為に作られたんだ。そうでもなきゃ家にデカい歯車なんて付けないよ。エルドラドはね、今まで使ってきた蒸気発電にさらなる力を与えたんだ。蒸気で回すタービンの中にエルドラドを入れるんだそしたらエルドラドが熱に反応して発光する、その光が蒸気に混じって高濃度のエネルギーになるんだ」
予想はしていたが、いきなり饒舌になられると少しばかり面食らう。でも、話している内に笑顔が増しているのは、喜ばしいことだ。
しかし気になるのは…
「何処でそんな事を知ったんだ?裏路地で生きてるだけじゃ分からないと思うんだけど」
「…さっきジェニーって言った子がいるだろ?そいつに教えてもらったんだ」
「家にある本とか読ませてもらって、二人でいっしょにこれはなんだろうとかこれはどう動いてるんだろうとか考えてたんだ」
もうずっと前の話だけどね。と寂しそうな声色で吐露する。またしても陰鬱な表情に戻ってしまった。
「…なら、会いに行こうか。そのジェニーって子に」
突拍子もなく言ってみると、少年は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。そんなに思い詰めるならいっそ会いに行ったほうが良いとも言った。
「そんな、急に…無理だよ。おれジェニーの家から嫌われてるんだ。それにこれ、ジェニーの家から取って来たものだし」
「何故わざわざ知り合いの家から物を盗むんだ」
「気付いてほしかった。ジェニーに、俺が来てるぞって」
恥ずかし気に呟く。子供らしい面が見れて安堵した。それならもう、やることは決まった。どうせ此処には長く滞在できないし、好き勝手やらせて貰おう。それに、この子を少しでも救いたい。出会ってしまったからね。
「どっちにしろ、盗んだものは返す約束だ。行こう」
「でも…怖い」
「一生再会できずに後悔するよりもか?」
「…それは、いやだ」
「なら、乗りな」
―――――行くぞ。
きっとそこに行けばこの街のことを知れるだろう、そして彼の迷いも少しは晴れるだろうと淡い望みを抱いて旅人はバイクに跨る。
怖い。とても、怖いけど、もう一度話したい。そうでなければ死んでも死にきれない、と少年は決意し旅人の後ろに座る。
エンジン音は静かに、この街に響き渡る。スタートの合図と言わんばかりに。
疾走する二人の影を、背中の方から見ていた少女を呟く。
貴方を待っているわ、ずっとね…




