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異邦人より。  作者:
1/1

第一章 生存逃走-The Gears of Greed- 前編

記憶の海を漂う時がある。


それはまぁ、何とも不思議な感覚で、深海とも浅瀬とも取れる浮遊感と重圧感があって…何処にも動けない、縛られていると感じる。


でも…ここは間違いなく深海ではない。


ここが記憶の海ならば深海に眠るのは、遠い遠い思い出せもしない記憶たちが漂っているはずだから。


波に打ち寄せられて目が覚める。


潮風の匂いは無いけれど、朝日は今日も昇っている。


_____________



はぁ…!はぁ……!!


途切れ途切れに息継ぎをしながらがむしゃらに走る。


たかが物一つ盗んだくらいで大勢で追いかけてくるなんて相当暇なやつらに違いない。


そんなことを思いながら走るのもそろそろ限界だ。


息が続かない。と、行き止まりだ。


後ろの奴らもバタバタと足を止め、こちらを見つめる。


「暇かよ、あんたら」


「貴様がそれを盗まなければ此方も忙しいと思うだけですんだのだ」


「はやくそれをこちらに渡せ」


「やなこった!」


ボンッ!と妙に耳障りな音とともにに煙があたりに立ち込める。


ケホッ!ケホッ!と咳込んでいる追跡者たちをよそ目に少年はそそくさと逃げだす。


「はっ!まんまと引っかかりやがった」


自分よりも年上の奴が年下の子供に手も足も出ないのはさぞ愉快なことだろう。


少年はしたり顔で微笑していたが、現実は少年が想像するよりも広く惨いものである。


「うわっ!」


逃げた先にも1人追跡者が居たようだ。


少年の不運といえば、それがよりにもよって大柄で筋肉質な男だったということだ。


体格差というものはとてもじゃないが埋められない。


「この、はなせっ…!」


「離すと思うか?盗人のガキが調子に乗りやがって」


哀れという他無い状況に少年は何も考えずにジタバタと手足をばたつかせて藻掻いている。


そうしていると偶々急所にクリーンヒットしたようで大柄な男は、うっ!と情けない声を漏らしながら、少年を掴んでいる手を緩めてしまう。


その隙を見逃す少年ではない。


馬車馬の如く力強く走り出して、逃げる。


「はぁ…!はぁ…!」


もはや虫の息である少年の目の前には何が映るだろうか。


逃げ切れるという希望か、捕まってしまうという恐怖か。


いや、バイクである。


「助けてくれ!」


なけなしの体力でバイクに跨っている人間に叫ぶ。


普段ならばそのようなことはしないが、その人間はどうやら旅人のようだった。


もしかしたら、助けてくれるかもしれない。


そう思ったのだ。


「うん?勝手にバイクに乗るな、君」


「いいから行ってくれ、死にそうなんだ」


「はぁ、そうかい。じゃあ、僕の背中に掴まりな」


バイクはキュイインと、不思議なエンジン音を奏でながら発進する。


未来を知る者がいるならば、こう言うだろう。


この日、錆びついた運命の歯車に油が注がれた、と。

____________


しばらく走った後、旅人はちょっと気怠そうにして口を開く。


「色々聞きたいことはあるけど、呼びづらいし名前を教えてくれないか」


「…ライト」


「ライト君か。良い名前だな」


ライトと名乗る少年は言ってしまえば貧相な見た目をしていた。


「それで、君は何をしていたんだい?」


「金になりそうな物を一つ取ってきただけだよ」


「へぇ、盗人とは」


「僕はそうしなきゃ生きていけないんだ」


「そうかい、可哀想な奴だ」


ライト君は少し怪訝な顔をしたけれど、すぐに元の調子に戻って話を続ける。


「いつもだったら大丈夫なのに、今日は色んな奴が追いかけて来たんだ」


「さぞ貴重なものを盗んだんじゃないのか」


「よく分かんないよ。机のうえにあったものを取っただけだから」


「ふぅん…じゃあさ、俺のために仕事してよ」


「仕事?」


「そう、仕事。今日のご飯は僕が払ってあげる」


「本当にいいのか!」


乗ってきた時の疲労が嘘のように感じる。


それほど元気な声を出してきた。


「その代わり、盗んだ物はちゃんと返さなきゃいけないよ」


「うん!絶対返す!」


「良い子だ、それじゃあ何処でそれを盗ってきたのか教えてくれ」


「ハーグリーヴズって奴の家から取ってきたんだ」


ハーグリーヴズ、確かパンフレットに載っていたな名前だな。


「よし、では君に仕事をやろう」


「この街のことを僕に教えてくれ」


「そんなことで良いのか」


「あぁ、大事なことだ」


「なら任せ…ろ…」


腹の虫が元気に鳴る。


お腹が空いて仕方が無いみたいだ。


座って話すほうが楽だろうし近くの飲食店に寄ろう。


「ここら辺にご飯が食べれる店はあるかい」


「あそこの…角を右に…」


「なるほど、あれか」


今にも倒れてしまいそうだ、早く食べさせてあげよう。


「もう少し頑張ってくれ」


バイクの速度を少し上げる。


風景を楽しむ余裕は無かったが、それでもこの街のそこかしこが霧で満たされているのはよく分かった。


「着いたよ」


そう言ってライト君を背負ってお店に入り、奥側の席にライト君を置いて腰を下ろす。


「すみませーん」


「この店で一番安いのを2つください」


「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


それにしても不安だ、色々と。


この子が一体どんな代物を盗み出したのか、この子を追いかけてきた奴らはどんな奴らなのか、平和的に解決できるのか。


さて、困ったものだ…


「お待たせ致しました、イングラッドブレックファストでございます」


一番安いものを注文したもんだからもっと量が少ないと思ったけど、これくらいなら満足できるだろう。


「ありがとうございます、ほら、ご飯だぞ」


「……!!」


ガツガツ、と目の前に出た餌を貪り喰らう獣が如くがっつき始める。


しかしこの様な姿をしても、人が美味しくご飯を頬張る姿というのは幸せを伝播させる。


「美味しいかい?」


「うん……!美味しい……!」


「ははは、そりゃ良かった」


俺も冷めない内に食べよう。


一口食べてみるとなるほど、これは朝食と言うには脂っこいが、常に動きっぱなしのこの街の住民には必要なものなんだろうと理解した。美味い。


「ふぅ……」


どうやらライト君は食べ終わったみたいだ。


口元が汚れているのはご愛嬌といったところだろうか。


「お腹いっぱい?」


「うん、久しぶりに満足した」


そりゃ良かったな、と思いながら俺も食べ終わる。


またこの街に来ることがあればこのお店でご飯を食べることもやぶさかではない。


と、そうだった。


「さ、ご飯は食べたんだ。次は仕事だよ」


「うん、そうだね」


ん"ん"と喉の奥を整えてから一拍置いて話を始める。


「ここはイングラッド。霧まみれで機械がいっぱいある所だよ」


「機械が沢山あるのか」


さっきは後ろのライト君ばかり気にかけていたから気付かなかったが、街は機械で溢れているようだ。


「それと、この街はしほんか?って奴がぎゅーじってる」


急に難しい言葉を使うものだから少し驚ろいたが構わず話を聞く。


「おれがさっき言ったハーグリーヴズって奴もそのしほんかの一人だ」


「…ライト君、とんでもないことしてない?」


そんな人の家に盗みに入るとは小さい舟で大嵐に突っ込む様なものだ。


怖いもの知らずなのだろうか。


「?ハーグリーヴズは危くないよ。危ないのはワットの方」


「そういうんじゃないけど…まぁ良いや」


「続きを頼む」


こういうのは現地の人の言う事の方が信じられるものだ。


無闇に口出しするものじゃないだろう。


しかし小さい子供に大事なものを盗まれたとなると、赤っ恥も良いとこだろう。


ハーグリーヴズは今頃頭を抱えているに違いない。


「この街で生きたいならマスクは持ってなきゃ死ぬよ」


「マスク?」


パンフレットにはそんなこと載ってなかったような…。


「あそこに一番デカい塔があるだろ」


「あそこから出てくる煙を吸うとダメなんだ」


「あと今日がその煙が出る日だよ。もうすぐかな」


「俺はマスクなんて持ってないんだが…」


とんでもない不運だ。


まさか死の煙が定期的に噴出される街へと変貌していたとは。


「大丈夫、おれがどっかから取ってくるから」


「それは…良かった」


盗人の盗ってくるという言葉はある意味頼もしいが、それで良いのだろうか。


しかしこのまま外へ出て野垂れ死ぬよりはマシだろう、渡りに船だ。ここは甘えよう。


お店には悪いがお金はまた今度だ。


「ふぅ、ありがとうライト君。おかげでこの街についてよく分かった」


「これくらい、お安いごよう、だよ」


「難しい言葉をよく知ってるね」


どうやらこの子は時折、子供とは思えない語彙を発揮するみたいだ。


「ジェニーが教えてくれたんだ!」


「ジェニー?」


「俺の友達!!……今はもう会えないけど…」


暫しの間黙りこくってしまった。何かを思い返しているんだろうか。


「ジェニー、は」


「あぁ、嫌なら無理に話さなくても大丈夫」


相当な困り顔をしていたのか気を利かせて、ジェニーとやらの話をしてくれようとしが、凄く辛い顔をしていたので話を遮った。


俺が聞いてどうにかなる訳でもないし。


「……」


相当苦い思い出のようだ。


さっきまで元気だったのが霧のように徐々に消えてしまった。


ここは話をそらすのが良い漢というやつだ。


「そうだ、マスク」


「あ」


「取りに行こうよ」


「そう…だね、うんそうだ。」


「今から一緒に行こうか、俺のバイクに乗ったほうが多分早いよ」


このまま一人にさせるのは気が引ける。俺の命の危険は承知の上だ。

最悪、建物の中に入ればいいだろうし。


これなら■■■■■も褒めてくれるだろう。



………誰に?


「旅人さん?」


「!あぁすまない、行こうか」


少しぼーっとしてたみたいだ。


……誰を…思い浮かべたんだろう。


頭の中で記憶の海が波打っているような気がした。

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