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逃げたい放課後

 まさか、一目惚れってそんな少女マンガじゃあるまいし。しかもその相手が私ってありえないし。これはそう、あれだ、罰ゲームとかそんな感じだ。誰かが隠れてこの様子を見ていて、私が何か言ったらネタばらしに出てくるとかそういうやつだ。


 だってそうじゃなきゃ、長瀬先輩みたいな完璧な人が、私に告白なんてするわけない。


 それとなく周辺に人影を探しながら冷静に分析する一方で、でも、と心の声が反論する。


 なんで長瀬先輩は私の名前を知ってるの? 適当に声をかけたなら名前を知ってるのはおかしくない?

 去年試合を見に行ってたのも本当のことだ。えいちゃんに誘われて、何度か練習試合や大会を応援しに行った。今年に入ってから行ってないのもその通り。


 それに教室に行くと迷惑がかかるっていうのは、先輩がそんなことをすれば、私が先輩のファンクラブの人たちに目をつけられるから、という意味だろう。罰ゲームの遊びの告白でそんな気遣いまで口にするだろうか。


 何より、この怖いくらい真剣な目が嘘を吐いているようには思えない。


 ということは、だ。何がどうして一目惚れなのかはわからないけれど、長瀬先輩は本当に本気で私に告白してきた、らしい、ということに。


「あの、人違い、とかでは……」

「まさか! 俺は山村さんが、山村香澄さんが好きで、その本人に告白してるんだ」


 最後に縋った藁は即答で却下されてしまった。本当の本当に本気だった。


 でも、それがわかったところで私の返事は最初から決まっている。


 先輩と私なんて釣り合うわけないのだ。それに先輩のことを一度もそういう風に考えたことがないのに、いきなり言われても困ってしまう。


 あー、私みたいな目立たない生徒が長瀬先輩に告白されただけでも大スキャンダルなのに、それをあまつさえ振ってしまうなんてこの後のことが怖すぎる。かといって付き合うなんて絶対に無理だ!


 幸い今は誰も近くにいないみたいだけれど、ここは体育館裏なのだ。時間が経つほどに部活の人たちが集まってくるから見つかるのは時間の問題だ。


 長瀬先輩と二人きりという怪しい現場を見られた日には、私は明日からこの高校で生きていけない。早く誰にも見つかる前に、なるべく穏便にきっぱりとお断りしなければ!


 戦いに挑むつもりで決心を固める。


「あの、先輩のお気持ちは嬉しいんですが、実は私には他に好きな人がいるんです」


 と、無い知識を振り絞って、お断りの常套句を口にした。もちろん好きな人なんていないけれど、嘘も方便だ。


 先輩、ごめんなさい。私なんかが先輩を振ってごめんなさい。でもどうかこれで諦めてください。先輩にはもっと相応しい人がいます!


 拝み倒したいのを我慢して、申し訳なさ全開の表情で長瀬先輩の返答を待つ。


 長瀬先輩は一度目を閉じると小さく溜息をこぼした。

 その残念そうな様子に、冗談で好きなんて言葉を言ったんじゃないんだ、と今更告白が身に沁みてきた。こんなすごい人に好かれるなんて、一体私は何をしたんだろうか。


 なんだろう。みんなが憧れる人に好きだと言われて、私はもっと嬉しかったり、優越感を感じたりしてもいいはずなのに、どうしてこんなに心が揺れないんだろう。ただただ、先輩の前から立ち去りたくて、誰かに見つかるのが怖くて、そして恐れ多くて。

 私なんかを好きになるなんて気の迷いだと、先輩に言いたくなる。


 自分の目の前に先輩がいるのに映画館のスクリーンを見ているみたいで、どこまでも他人事としか思えない。


「そうか」

「……すみません」


 たっぷりの沈黙の後、先輩は一人言のように呟いた。それに小声で謝りながら心を落ち着けようと制服の上着を握りしめる。


 これでよかったんだよね? 先輩を振っちゃったけど、だって付き合うなんて考えられない。

 ああ、先輩、もう私は行ってもいいんでしょうか。それとも、まだ何か言われたり言ったりしなくちゃいけないんでしょうか。


 長瀬先輩が目を開けた。その瞳が悲しそうでも残念そうでもなく、どこか挑戦的に輝いている気がしてどきりとした。


「好きな人がいるっていうのは、山村さんに今付き合っている彼氏がいるってわけじゃないんだな?」

「え、あ、そうです、けど」


 予想外の質問に正直に答えると、余裕を取り戻したのか長瀬先輩はにやりと笑った。

 いつもの爽やかな笑顔なのに、なぜかこちらを追い詰めるような圧迫感がある。


 あれ、何か間違えた?


「じゃあ俺これから頑張るかな。山村さんに俺のことを見てもらえるように」

「…………そ、れは」


 困ります! と叫びそうになったところで、こちらへ近づいてくる足音に気付いた。それも一人や二人じゃない。


 ほら、早く切り上げないからやっぱり誰か来た!


 焦る私とは対照的に長瀬先輩はどっしりと構えていた。まさかこの現場が誰かに見られてもいいと、そういう風に思っているんだろうか。

 さっきはファンクラブに見つからないようにと気を遣う発言をしていたのに、どういうつもりなんだろう。見つかったらどうなるかくらい先輩だってわかっているはずなのに。


 とにかく困ります、ともう一度、言いかけた言葉を口にしようとした。けれど、長瀬先輩に先を越されてしまう。


「なあ、山村さんのこと、好きでいてもいいか?」


 ああ、足音がすぐそこまで近づいてきてる。早くこの場を去らないと、明日からの私の高校生活が大変なことになってしまう。


 もう何かを考えている余裕はなかった。頭の中はここから逃げ去ることで一杯だった。

 だから問われた言葉の意味や、それを了承したらこの先どうなるのかということを、このときの私は全然理解していなかったのだ。わからないまま、捨て台詞のように返事をした。


「ご、ご自由にしてください! それじゃあ失礼します!」


 言った側から走り出す。全力疾走だ。行き先はどこでもいい。とにかくここから離れたい。離れられたらそれでいい。


 体育館裏から建物沿いに体育館と校舎を繋ぐ通路を目指し、その途中で男子生徒の集団の横をすり抜けた。当たり前だけど呼び止められることなく校舎の中へ駆け込む。


 ああ、えいちゃーん。えいちゃんに話を聞いてほしい。


 ぜえはあと息を荒くしながら足の向くままに走った。運よくまだ帰っていなかったえいちゃんを見つけた私は、そのまま彼女の胸に飛び込んだのだった。


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