魔術学院に向かって②
「……今日もいい訓練だったな」
額にかいた汗を拭いながら、ユイは清々しい顔で刀を鞘に納める。
出発してから5日目だが、こうして移動中のどこかで戦闘訓練を行うのが定番となりつつあった。
町や村で宿泊する事もあれば、野宿する事もあるが、ユイが色々と準備をしてくれているので、比較的快適に過ごせている。
驚いたのは、野宿の際に彼女が料理を作るのだが、それがまた美味いこと美味いこと。
保存食を使ったスープ1つでも、素材を生かしてなるべく美味しく味付けをしてくれている。
なお、俺も料理はできるのだが、面倒なので料理をできる事を言っていない。
なんで料理ができるかってーと、シオンのやつが家事回りが壊滅的だからだ。
放っておくとロクに食事も摂りやしないから、必然的にそうなってしまった。
今は、魂だけの存在とあって、飲食の必要が無いのだが。
『何やら悪口を言われているような気がするね』
俺が考えてる事などお見通しだ、と相棒から文句が入るが、ユイもいるので言葉では答えない。
こうして一緒に旅している感じ、かなり義理堅い性格なんだろうと思えるが、わざわざこちらの弱みを見せる必要も無いだろ。
「学院まではあと数日といった所だ。何事も無ければ、だがな」
タオルで汗を拭いつつ、ユイは道程が順調だと教えてくれる。
しかし、俺を探している学院長とやらは、どういうヤツなんだろうな。
これで俺を誘い込んで、シオンの入っている遺骸核を掠め取ろうとしているとかなら、タダじゃおかねーけど。
「なあ、その学院長とやらはどんなヤツなんだ?」
自分もかいた汗を拭いつつ、ユイに問い掛けてみれば、彼女はすごく困った顔をした。
どこか、言葉を選んでいるような節がある。
「そうだな……一言で言うなら、女好きの魔術師、とでも言うべきだろうか」
言葉を選んでそれかい、という感じの返答だったが、女好きの魔術師というのは、男性が女性かでだいぶ見方が変わるぞ。
男ならだいぶ好色な野郎だし、女なら同性愛者だろうし。
……これってどっちもロクでもない人物なんじゃ……?
そう俺が訝しんだのが伝わったのか、ユイは苦笑いを浮かべる。
「人格面ではかなりしっかりとしたお方なのだがな……その、視線が完全に男性のそれなんだ。学院長本人は女性なんだが。貴族でも平民でも男子でも女子でも分け隔て無く公平に接する教育者の鑑……なのだがな」
同性愛者の方だったかー。
そして、どうにか学院長の事を良く言おうとしてるけど、結局言葉尻が弱くなっていく辺り、まあまあ問題のある人物なのでは?
急に顔を合わせるのが不安になってきたぜ。
「……まあ、この話は本人に会えばわかるだろう。変に先入観を持たない方がいい」
そうして、最終的にフォローする事を諦めたユイは、この話を切り上げた。
うん、お互いの精神衛生上、その方がいいだろう。
「ところで、君は流れ人なのか?」
聞き覚えの無い単語だが、どうやら興味本位の質問らしく、ユイの表情に特別な感情は見えない。
あくまで気になって聞いてみた、という事らしい。
「流れ人の意味がわからねえ。が、元はこの世界の人間じゃねーなって話ならそうだ」
何となく、フレーズで住む世界の違う人間という意味だろうか、と当たりをつけてみたら、それが正解だったようだ。
「なるほど。君の知識の偏りに納得がいったよ。かなり高度な会話ができるのに、あまり常識を知らないから、もしやとは思ったのだが」
「ちなみにあんまし明かさない方が良かったりするか?」
異世界人だから、と実験体にされたり取り入られて利用されたり、そんな創作物は枚挙に暇が無い。
ユイならそんな事はしないだろうと信頼できる程度には、彼女が実直な性格だと思っているが。
「そうだな。話す相手は選んだ方がいいだろう。誰彼構わずに明かすのは悪手だろうな」
やっぱりかー、と思ったが、やはりこうして親身にアドバイスをしてくれる辺り、ユイは相当に善人の部類だろう。
盗賊を容赦無く刀で斬り殺す辺り、敵には容赦の欠片も無いようだが。
「時に、囲まれている事には気付いているか?」
「だろうな。殺気がすげえ」
呑気に会話をしているうちに、周囲を囲まれていたが、殺気こそあれど姿は見えない。
一体どういうからくりだろう、と首を傾げていると、ユイが刀で居合いを放つ。
その一撃で、鮮血が舞い、いきなり姿を現した狼のような生物がどうと倒れる。
まるで光学迷彩を纏っているかのような感じだ。
「蜃気楼狼か。敵ではないな」
蜃気楼狼、というらしい。
どう考えても魔術だとか魔法だとかな効果だよな。
うん、これこそ異世界って感じがするぜ。
「そこだ!」
目を凝らして良く見てみると、微妙に景色が歪んで見える所がある。
殺気の発生源と合わせて、おおよその位置に当たりを付けて腰の剣を抜き放ち、斬りつけてみれば、確かな手応えと共に狼が姿を現して絶命。
もしかしてこいつら、姿消せる代わりに本体性能は大した事無かったりする?
「やるな。援護はいるか?」
「いらねーよ、っと!」
2匹目の蜃気楼狼を斬り捨てながら、ユイがこちらを手伝うかと聞いてきたので、俺は殺気からおおよその位置を把握して蜃気楼狼の攻撃を躱しざま、カウンターとばかりに斬りつける。
こちらもしっかりとした手応えで、やはり一撃で敵を仕留めていて。
この剣、力が乗りやすくて使いやすいな。
その分基本的には重たいが、問題無く扱える範囲だ。
それから、俺たちが蜃気楼狼たちを全滅させるのに時間はかからなかった。
「ふん、口ほどにもないな」
刀に付いた血を布で拭き上げ、ユイは刀を鞘に納める。
俺も同じように剣に付いた血を布で拭き取っておく。
この辺の細かい手入れが道具を長持ちさせれう秘訣ってな。
「我流とは言うが、いい剣筋じゃないか。師も無しでそこまで剣を使える者はそういないぞ」
「技じゃなくて力で何とかしてるだけだ。この剣の斬れ味あってこそだな」
恐らく、俺にもっと技量があれば、もっと労せずに敵を斬れるであろう程度にはいい剣なのだ。
だが、俺の力任せな運用ではそういうワケにもいかない。
とはいえ、こうして剣で実戦をこなしてみて思うのは、色々な武器を実際に使ってみるのがいいだろうな、という事。
我流ではあるが、ある程度の武器種は使えるからな。
なんというか、好きなものに変形する武器とかあればいいのに。
そんな益体も無い事を考えていたら、ユイが倒した蜃気楼狼の死体を1ヶ所に集め始める。
「何やってんだ?」
「こうして死体を放置すると疫病の元になったり、アンデッドになったりするからな。処理できるならしておいた方がいい」
あー、異世界モノ定番の流れだな。
異世界生活、楽しくなってきたじゃないの!
勝手に1人テンションを上げながら、俺も死体処理に参加するのだった。




