決着
「トーマくん……王子様のあなたが、ここで死ぬわけにはいなかいわ。あたしを置いて、一人で逃げて!」
「リユナ……!」
トーマイヤーの顔に、困惑の表情が浮かんだ。その心中を、様々な思いが往き来した。リユナは悲痛な面持ちで、そんなトーマイヤーを真っ直ぐに見つめている。
やがてトーマイヤーの面に、いつもの穏やかさが戻った。なにか決意したようだった。
「リユナ。ぼくは……そなたを一人で置いて行くことなど、とても出来ない!」
「……! トーマくん……」
「元はといえば、これはぼくが招いたこと……リユナを巻き込んでしまったのは、ぼくの責任だ。それなのに、リユナを置いて一人で逃げるなどと……そんな卑怯な真似が、できようか?」
「トーマくん……」
リユナも、少し和らいだ表情を取り戻したようだった。
「ヤツとの決着は、ここで付ける。そして、二人とも生きて戻るんだ。いいな?」
「うん」
リユナは小さく頷いた。
そこに、またしてもミツギの鋼鉄の戦鬼が迫ってきた。
「見つけたぞー!」
ドカカカカカカ、と情け容赦なく銃弾の雨を降らせる。
素早く翼を広げて、リユナを抱いて飛びすさった。大きく羽ばたいて、コンテナを越えてその後ろへ身を隠す。さらに積んである荷物の後ろを伝って、出来るだけ鋼鉄の戦鬼から遠ざかった。
「どこへ隠れたぁ~!」
ミツギの悔しげな声が聞こえてくる。
「なにか、武器になるものがあれば……」
トーマイヤーは、辺りを探した。
床に転がり、散乱した建築資材の中に、鉄製のパイプがあった。しかも、ちょうどいい長さに寸断されている。
トーマイヤーはそれを拾って握りしめた。150センチくらいの長さはありそうだった。
「トーマくん、なにするつもり……?」
「これで、ヤツに攻撃を加える」
「そんな、無茶よ!」
「何もしないでいたら、ただ殺されるのを待つだけだ。いいか、リユナはここに隠れてるんだ!」
「あっ、トーマくん!」
言うなりトーマイヤーは、鉄パイプを握って飛び出して行った。
「ここだ、ミツギ!」
「そこかあー!」
翼で宙高く舞い上がったトーマイヤーへ、銃口を向けてトリガーを引くミツギ。素早くそれをかわす。飛び去るトーマイヤーを銃口が追いすがる。トーマイヤーはトリッキーな動きで、ミツギのガトリングガンから射出される弾丸を華麗にかわした。急降下や急上昇、急旋回を繰り返すトーマイヤーに、照準を合わせきれない。しかも二足歩行する、重い機械である。すぐには向きを変えることができなかった。
「もらった!」
トーマイヤーがミツギの隙をついて、背後に回り込んだ。鋼鉄の戦鬼の背中には、ランドセルのように何かの機械装置が背負われていた。そこへ目がけて、鉄パイプを振り下ろした。
一瞬、鋼鉄の戦鬼の背中に、トーマイヤー自身の姿が鏡のように映しだされるのが見えた。
次の瞬間、トーマイヤーは強烈な斥力場に弾き飛ばされ、後ろへ吹っ飛んでいった。
「うわあーーーーーーっ!?」
もう少しで倉庫の壁に激突しそうになるのを、体勢を立て直しざまにぶわん、と大きく羽ばたいて避けた。そこへ、向きを変えた鋼鉄の戦鬼が、ガトリングガンの掃射を浴びせ掛ける。
上へ飛んでそれをかわし、戦鬼の頭上を飛び越えた。
鋼鉄の戦鬼は、ウィン、ウィン、とまた向きを変えて、執拗にトーマイヤーを狙ってくる。
銃弾の雨を避けつつ、コンテナのひとつに回りこんで一旦、姿を隠し、奇襲をかけてまた背後を取ろうとした。だが、今度は戦鬼の左腕に装備された大剣が横になぎ払いを掛けてきて、真一文字に両断されそうになった。
「おぅわっ!」
瞬間的に体を横にして寸でのところでそれをかわした。だが、体勢が悪い。そのまま床にべたん、と落下してしまう。
「ぅ痛ッ!」
ウィン、ウィン、ウィン、と鋼鉄の戦鬼が向きを変えてくる。ごろごろと転がりながら移動して距離をあけ、素早く立ち上がってまた飛び立った。そこに銃弾の集中砲火が殺到した。
すうーっ、と高く飛んで、急にすとん、と急降下して攻撃をかわす。そのまま、積荷の後ろに隠れた。そこは、たまたまリユナも隠れている場所だった。
「トーマくん、大丈夫?」
「ぼくは大丈夫。しかし……」
二人が隠れているコンテナに、後ろからこれでもかといわんばかりに激しい銃撃が浴びせられた。だが鉄製のコンテナは、そう簡単には壊れそうになかった。とは、いえ。
「やはり、ヤツに攻撃を加えることはできない。あの斥力場がある限り、ヤツは無敵だ。せめて、背中の斥力場発生装置を破壊することができれば……」
「どうやって?」
リユナが、またしても悲痛に眉根を寄せながら言った。
「それが、まったく見当もつかないよ」
トーマイヤーは、妙に悟りきったような、透明な表情で言った。
銃撃の音が、止まない。コンテナの後ろから、がんがん撃ちまくってきている。それに、ズシン、ズシン、という足音も聞こえるからには、だんだんこちらへ近づいてきているのだろう。
リユナも、ふっ、と悟り澄ましたような、寂しげな表情になった。
「ねえ、トーマくん」
「なんだい、リユナ」
「あたしたち、ここで死ぬのかなあ?」
トーマイヤーは、ぴくっ、としてあらゆる動きを止めた。顔の表情も、微塵も動かない。
リユナの目から、一筋だけ、涙が頬を伝って落ちた。その体が、小刻みに震えていた。
「リユナ……」
トーマイヤーは、リユナの肩にそっ、と手を掛けた。
「ぼくは……そなたを、死なせたくない」
リユナがトーマイヤーの目を、真っ直ぐに見つめた。
「ぼくは……自分の命以上に、そなたの命を大事に思う。リユナ、ぼくは……初めてそなたに遭ったときから……そなたを、愛していた」
「え……」
リユナの目が、ぱっ、と見開かれた。
「そなたを、誰よりも愛しく、大切に思う。だから、死なせたくない……死んでなど、ほしくない。リユナ、そなたを、心から、愛している。愛しているぞ……」
「トーマくん……」
リユナの目が、みるみるうるんできた。
「あたしも、あたしも、トーマくんが好き……好きよ!」
トーマイヤーは、リユナを抱き寄せた。そして、その唇に唇を重ねた。
はっ、としたリユナだったが、やがて全身を溶かす甘い感覚にその身を完全に委ねた。トーマイヤーの腕に全てを預けて、甘い夢の中をさまよった。
だが。
背後からは、無慈悲で酷薄な、激しい銃撃の音が聞こえてくる。
ドカカカカカカ、ピチュピチュ、ピキョーン、キュイーン。
リユナの目から、涙があふれ出してきた。それは後から後から、どんどん溢れ出してきて、止まらなかった。
リユナは思わず、トーマイヤーにしがみついた。
「トーマくん……あたし、死にたくない。怖い、怖いの……」
泣き顔でぐしゃぐしゃだった。
銃撃で、数メートル向こうの木箱が吹っ飛んで、中身が床にぶちまけられた。それは、小麦粉のような真っ白い粉が入った袋だった。
トーマイヤーは、それを見て、はっ、と何かを思いついたような顔になった。
「そうだ……ヤツは〝攻撃〟に合わせて斥力場を発生させている、つまり攻撃を感知するセンサーを備えているはずだ……あの黒くて丸いのが、それに間違いない……」
そう小声で呟いてから、リユナの体を少し離して、顔を真っ直ぐ見つめた。
「リユナ。よく聞くんだ」
「なあに?」
なおも泣き続けながら、リユナが聞き返す。
「ぼくはこれから、ヤツを倒す。だから、いい子で隠れて、待ってるんだ。分かるな?」
「トーマくん、いや、置いていかないで。あたし、怖い」
「リユナ! しっかりしろ、いつものそなたらしくないぞ。このままここにいても、殺されるだけだ。ぼくが飛び出して、ヤツの注意をひく。リユナはその隙に、もっと奥に隠れるんだ。いいな?」
「……うん。わかった」
リユナは、やっと頷いた。
「よし、いい子だ」
トーマイヤーが、その頭をなでてやる。
「それじゃ、一、二、三、であっちへ逃げろ。行くぞ、一、二、三!」
リユナが、奥の方へ走って逃げるのと同時に、トーマイヤーは鉄パイプを握りしめつつ、さきほど床にぶちまけられた小麦粉の袋を目がけて低空飛行した。そして、破れていないものを左手で拾い、左腕に抱え上げると、高く、高く飛んだ。
「出て来やがったかあー! ひゃっはー」
それを狙い撃とうとする、ミツギ。
右に左に旋回して、トリッキーな動きで狙いを定めづらく飛ぶトーマイヤー。
そして。
ちょうど、鋼鉄の戦鬼の、真上に来たときだった。
抱えていた小麦粉の袋を、爆弾のように戦鬼目がけて投下した。
「なんのつもりだあー!」
その袋に、ガトリングガンの銃弾を思いっきり浴びせかける、ミツギ。
ぱっ、と真っ白い粉が、宙に舞った。
「んっ!?」
空中に飛散した小麦粉の細かい粉は、ぱーっ、と広がってミツギの操る鋼鉄の戦鬼の上に覆いかぶさっていった。そして、戦鬼はあっという間に、真っ白に塗り込められてしまった。
「くっ、これはっ!?」
コックピットの窓も真っ白になってしまって、前がよく見えない。
そこへ。
鉄パイプを握り直したトーマイヤーが、全速力で飛行して来た。
「どおーーーーーーりゃああああああああ‼」
そして戦鬼の背中に背負われた機械装置に、飛んで来た勢いをそのまま利用して、満身の力を振り絞り、思い切り突き立てた。斥力場は発生せず、鉄パイプの先が、装置に深々とめり込んでいった。
「なんだとぉっ!?」
戦鬼の背中の装置から、火花が飛び散り、それから煙がもわん、と上がった。バチバチバチ、と電気回路がショートする。
鉄パイプを引っこ抜いて、着地したトーマイヤー。
「……っ、てめえ……」
ミツギが悔しげな声を漏らす。トーマイヤーが凛、と声を張った。
「斥力場を発生させるには、多大なエネルギーを必要とする。あまり長い間、発生させたままにはできない。だから、ダメージを受けるほどの“攻撃”が来るのをセンサーで感知して、ほんの一瞬だけ斥力場を発生し、はね返していたんだ。だが、小麦粉が飛び散るていどでは、機体へのダメージなど全くないから、センサーがそれを“攻撃”とはみなさない。だから、小麦粉の粉末でセンサーを粉まみれにして、機能できないようにしてやったわけだ。そうすれば、斥力場を発生させることも、できなくなるのでね」
「……ぬぬぬぬ……よくも、よくも、やってくれたな……」
ミツギは、機体を左右にガクン、ガクン、と振って、コックピットに着いた粉を振り落とした。完全に見えるようになったわけではないが、どうにか前は見える。
「どっちにしろ、もうSDSは使えねえんだろ! これを喰らってさっさとくたばれ!」
ガトリングガンを撃ちまくった。すぐに飛び立って逃げるトーマイヤー。
積荷の上を滑空するトーマイヤーをガトリングガンの照準が追っていく。
突然、銃弾の発射が止まった。カチャカチャ、と空しく金属が当たる音だけが響く。
「チッ……弾切れか!」
すると今度は、左腕の大剣を勢いよくブンッ、と振り回した。刀身に幾筋もついていた節のろころで、剣がバラバラに分かれた。分かれた刃のひとつひとつは、細くて強靭なワイヤーロープで連結されていて、全体が大きな鞭のようになった。剣が分割して伸び、鞭状となる、いわゆる蛇腹剣と呼ばれる武器だった。
小さく分割された刃がところどころについている、実に物騒な鞭がしなって、トーマイヤーに襲い掛かってきた。
「うわあ!」
危うく、刃付き鞭の餌食となりそうになる。
10メートル以上もの長さに伸びた鞭は、ひゅんひゅんと空を切り裂く唸りを上げて、上を飛ぶトーマイヤーを付け狙う。
だが、ちょこまかと細かく、素早く飛び回るトーマイヤーを捉えることが、なかなか出来ない。
「ええい、こざかしい!」
ミツギは苛立って、そばにあった木箱を蛇腹剣で叩きつけた。木片が飛び散り、トーマイヤーの方へも飛んできた。それをかわそうとしたときに、わずかな隙が生まれた。
「もらったぜえー!」
「しまった!」
トーマイヤーの目前に、鋭い刃が迫ってきた。
咄嗟に、さっきから握りしめていた鉄パイプを前に出して防御した。鉄パイプに、刃付きの鞭の先がくるり、と巻きついた。ミツギの目がキラリ、と光り、そしてぐい、と引き寄せた。
「うをっ!?」
鉄パイプごと、引っ張られるトーマイヤー。だが、鉄パイプからは手を放さない。振り回され、叩きつけられそうになるのを、ぐっ、とひときわ大きく羽ばたいて抗った。そしてそのままの勢いに乗って、鋼鉄の戦鬼の周りを回る。低空飛行で、戦鬼の脚部の周囲を旋回した。
「なんだと!?」
刃付きの鞭は、戦鬼の脚部にぐるぐると巻きついていった。そして最後にトーマイヤーは、すとん、と上手く着地を決めると、鉄パイプを脚部に突き刺して、固定した。
すっかり、脚部をぐるぐる巻きにされて、いまや歩くことも向きを変えることもできなくなった、鋼鉄の戦鬼だった。ミツギは必死に操縦桿を動かして、どうにか抜け出そうとあがくが、どうにもならなかった。
トーマイヤーは再び高く舞い上がると、動けない戦鬼に向かって突進した。
「はあああああああああ!」
飛んで行く勢いのまま、くるり、と体の向きを変えると、戦鬼に両足でドロップキックを喰らわせた。
「どぅわああああああ!」
ミツギの叫び声とともに、床にドドーン、と倒れ込む、鋼鉄の戦鬼。
着地して、息を整えるトーマイヤー。そこに、奥からリユナが走り寄ってきた。
「す、すごーい! トーマくん、あの怪物を倒しちゃった! すごい、すごい!」
「待て、リユナ。まだ終わってない!」
横倒しになった鋼鉄の戦鬼の、コックピットが開いた。ミツギが這い出してきて、床に降り立った。
「てンめえ……もう許さねえ。ぜったい、許さねえ」
「リユナ、下がってろ」
「え、で、でも」
「下がってろ!」
「う、うん……」
ミツギが、怨念の形相も凄まじく、ただでさえ悪い人相をなお一層、ひどくして、トーマイヤーに近づいてきた。
「……俺はなあ、何も武器なんかなくったって、てめえを殺す技くらい、いくらでも身につけてんのさ。覚悟しろッ!!」
言うなり、ミツギは徒手空拳で襲い掛かってきた。どうやら拳法をやるらしい。
ミツギの、常人とは思えぬ素早い身のこなしから、次々と拳が繰り出されてきた。トーマイヤーも一応、王宮で一通りは拳法らしきものを護身のために習っていたのか、それらを受け止め、さばいて、それなりに相手をした。
リユナは心の中で、トーマくん、そんなヤツ、やっつけちゃえ! と応援していた。
だが。
ミツギの素早さは、並みたいていではなかった。ミツギの突きや蹴りを巧みに受けとめ、払っていたトーマイヤーだったが、ついに防御が間に合わず、下段の足払いを喰らってしまった。
「うっ!」
バランスを崩しかけたが、背中の翼で羽ばたいて空中へ舞い上がった。滞空した状態からミツギめがけて蹴りを繰り出す。ミツギは巧みにそれを払いのけた。そして、常人離れした脚力による異常な高さのジャンプから、鋭い回し蹴りをトーマイヤーに返そうとした。トーマイヤーの翼は力強く羽ばたき、後方へ飛んで、ミツギの蹴りをかわす。
しかし。
「あれ?」
急に、翼の羽ばたきがゆっくりになり、重たくなって、ついには自動で収納されてしまった。
「わあーっ!」
支えを失って、落下するトーマイヤー。
「痛ッ!!」
床にしこたま背中を叩きつけてしまった。
「くっ……バッテリー切れか!」
腰をさすりながら立ち上がった。そこへミツギが不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「へっへっへ……翼を失った天使、ってところか?」
身構えるトーマイヤーに、ミツギの俊敏な攻撃が次々と降り注ぐ。必死に防戦するが、防ぎきれない。ついにトーマイヤーの腹に、ミツギの拳がめり込んだ
「ぐはあっ!」
「トーマくん!」
リユナの悲鳴のような声が、倉庫内に響き渡る。
さらにミツギの、一片の容赦もないアッパーが、トーマイヤーの顎に炸裂した。
声も出さずに後ろへひっくり返る、トーマイヤー。床にあおむけにダウンしてしまった。
「どおおおおりゃああああ!」
そこへ追撃を加えようと、ジャンプからのひじ打ちを繰り出すミツギ。危うく、横へ転がってかわずトーマイヤー。素早く立ち上がり、体勢を立て直す。だが勝敗は見え見えだった。
「はっ!」
掛け声も勇ましく、今度は攻勢に転じようと、拳を突きだすトーマイヤー。ミツギは余裕の笑みで、それを受け止め、払いのけ、ひょい、とかわす。そして隙を突いて、トーマイヤーの顔面にパンチをひとつ、喰らわせた。
「ぐっ……!」
後ろへ後ずさる、トーマイヤー。すぐに気を取り直して、また果敢にミツギに向かっていく。
だが、全く相手にならなかった。ミツギは余裕で、トーマイヤーの攻撃をことごとく流して、今度は腹に蹴りを入れた。重いひと蹴りだった。
「ぐぼっ!」
後ろへ吹っ飛ぶ。床にごろごろと転がった。うずくまって、苦しそうに腹を押さえている。
それへ悠然と歩み寄ろうとするミツギの背後に、床から拾い上げた板きれを手にしたリユナが秘かに忍び寄っていた。そして板きれで思い切りミツギの後頭部を殴打しようとする。
「てえーーーーい!」
だが、ミツギは後ろを振り返りもせずに、リユナの振り下ろした板きれを片手であっさりと受け止めた。そして板きれをつかんで、ぐっ、と力を込めると、板きれは粉々に砕けて散ってしまった。
「ひっ……」
リユナの面が、ひきつる。
ちら、と後ろを振り返り、ミツギが言った。
「おめえは、後でゆっくりなぶり殺してやるから、おとなしく待ってろ」
そのまま、床でうずくまるトーマイヤーに近寄った。トーマイヤーの襟首を乱暴につかんで無理やり立たせて、
「だああああああああー、ふんっ!」
また腹に重い一撃を喰らわせた。五メートルくらい吹っ飛んでいく、トーマイヤー。まるで紙切れか何かのようである。
「やめてー!」
リユナの、今にも泣き出しそうな叫びが聞こえてきた。
床に転がって、もううずくまる気力も体力もないのか、うつぶせに寝転んだままになっているトーマイヤー。ミツギはふと、床に転がっていた鉄パイプを見つけた。飛び散った建築資材のひとつだった。ミツギはそれを拾い上げると、にやり、と嫌な笑いを浮かべて、ゆっくりとトーマイヤーに近づいて行った。
そのとき。
「やめてっ!」
「?」
ミツギの前に、いつの間にかリユナが立ち塞がっていた。足の速さは、彼女の取り柄である。
「やめて。もうトーマくんに、ひどいことしないで!」
すぐにでも、泣きそうであった。
「……どけ」
ぶんぶん、と首を左右に振る、リユナ。
「……どけ、って言ってんだよ」
やはり、首を左右に振る、リユナ。
「おめえから死にてえかあ!!」
ミツギが、手にした鉄パイプを振り上げて、威嚇した。
びくっ、として、体が小刻みに震えだすリユナ。
「どかねえと、おめえから叩き殺すぞ、コラァ!」
ミツギの、恐ろしい怒声が飛んだ。
リユナは恐怖で、体がガクガクと震えだした。怖かった。首を小さく左右に振りながら、
「どかないもん……どかないもん! トーマくんに、もうひどいことしないで……お願い……もうやめて……お願い……」
か細い声を、やっと絞り出した。その目から、涙がぼろぼろと溢れ出してきた。本当は、怖くて怖くて、たまらなかった。
「う……」
トーマイヤーが、のろのろと動きだした。だが、立ち上がることはできない。頭をこちらへ向けて、苦しそうにやっと声を出す。
「リユナ……やめろ。もういい。もういいから、そこをどくんだ」
「いや……いやよ……うっ、うっ……」
涙がどんどん流れ出してくる。
ミツギが、冷ややかな目で二人を見た。
「ケッ……笑わせてくれる。だったら望みどおり、女、おめえから、あの世に送ってやるぜ!」
ミツギが鉄パイプを高々と振り上げた。
「!」
体を硬くして、目をつぶるリユナ。なお一層の涙が、滂沱として流れ落ちた。こんなところで、こんなヤツに殺されるなんて、悔しくて悔しくて、身が焼けるほど悔しかった。許せなかった。でもどうすることもできなかった。そんな自分も許せなかった。自分の非力さが悔しかった。これでもうトーマイヤーに会うこともできなくなる、と思うと悲しくて悲しくて心が引き千切られるようだった。こんなヤツのせいで、こんなヤツのせいで……。
「死ねやああああああああ!」
リユナの頭上めがけて、振り下ろされる鉄パイプ。
その、瞬間。
リユナの首に掛けられていたペンダントから、突然、エアバッグが膨らみ出し、一瞬にして巨大な丸い空気袋になってリユナの背丈よりも大きく膨れ上がった。
「うわあ!」
リユナが思わず後ろへ倒れ込み、トーマイヤーの上に尻餅をついてしまうのと同時に、ミツギの振り下ろした鉄パイプがエアバッグに受け止められた。エアバッグの膨らむ勢いと、振り下ろした鉄パイプの勢いとがぶつかって、その反動により、ミツギは後ろに思いっきり吹っ飛ばされてしまった。
綺麗な半円を描いて、後ろへ倒れこんで行くミツギの体。
その落下地点には、ちょうど建築資材の鉄骨が転がっていた。そこに頭をしこたまぶつけて、カーン、と乾いた音を倉庫全体に響き渡らせつつ、そのまま、がくり、と気を失ってしまった。
自分でまき散らかした鉄骨に、自分で当たってしまうとは、皮肉な結末であった。
ふくらんだエアバッグは、すぐにシュウ~、としぼんでいった。リユナはトーマイヤーの上に座ったまま、ぽかん、として、泣き腫らして赤い目をぱちくりさせている。
「お、重いよ、リユナ……」
「あっ、ご、ゴメンなさい!」
慌てて立ち上がる。
「ふう。ADS――エアバッグ・ディフェンス・システムが作動したか。まさか、こんなタイミングで、それが役に立つとは、さすがに思ってなかったよ。は、はは、はははは……」
トーマイヤーは、床に寝そべったまま、脱力したように笑った。
リユナはまだ、何が何だか、分からない、という様子で、呆然としている。
そこに。
ガリッ、ガキッ、バリバリバリ、とすごい音がして。
入り口の、チェーンで施錠された扉が、外側から無理やり破壊され、開かれた
倉庫内に駆け入ってくる、サングラスに黒服の男たち。手には、ライフル銃のようなものを装備している。その後ろから、銀髪にグレーのスーツ姿、テレスタル王室官房長官、サカハシが現れた。
「殿下! ご無事でしたか!?」
トーマイヤーは、床に上体を起こして、
「遅いぞ。サカハシ」
そう、穏やかに言った。
サカハシは、倉庫内の惨状に驚き呆れつつ近づいてきた。
「で、殿下……この有様は……」
「あそこで倒れている男が、テロリストだ。すぐに逮捕してくれ」
黒服たちが、倒れているミツギを無理やり立たせて手錠を掛けた。ミツギの.口から呻き声が漏れる。
サカハシは、恐ろしく荒れに荒れまくった倉庫内を見回した。倉庫内に積まれていたであろう木箱やコンテナは無残に破壊されて床に散乱している。天井には大穴が開いて明るい陽射しが射している。めちゃくちゃに潰れている真っ赤な王子専用車、倒れた二足歩行機動兵器。
「……殿下! あまり無茶をしないでください!」
頭を抱えこんだ。
トーマイヤーは、静かに笑っているだけである。
ようやくわれに返ったリユナが、トーマイヤーのところにしゃがみこんで言った。
「トーマくん、大丈夫?」
「ああ、どうにか、生きてるよ」
「ゴメンなさい。あたしが、わがまま言ったばっかりに、こんなことになってしまって……あたしが普通の海に行きたい、なんて言わなければ、こんな危ない目に遭うことなんて、なかったのに……」
リユナは、さんざん泣いた後にまた泣きそうな顔で言った。
するとトーマイヤーは、晴れやかにニコッ、と笑って、
「なにを言っているんだ、リユナ」
「え?」
「リユナのおかげで、こうしてテロリストを捕えることができたんじゃないか。リユナがいてくれなかったら、ミツギの正体も分からないままだった。ミツギを倒すことだって、出来なかったんだぞ。全て、リユナの手柄だよ。あーっはっはっはっはっはっ」
高らかに、晴れやかに、笑った。
「は、はあ……ってゆーか、トーマくん、なんつー、ポジティブシンキング……でも……そんなトーマくんって………………………………………………ス・テ・キ(ぽっ)」
その後ろで、サカハシがぴくっ、と頬をひきつらせ、さらに額に青筋を立てた。だが、何も言わなかった。
「サカハシ」
「はい、殿下」
「そのテロリストを、早急に連行し、尋問しろ。ヤツは、黄色い髑髏会という組織の一員らしい。本拠地を聞き出し、一斉検挙するんだ。急げ」
「ははっ」
そのとき、朦朧としながらも意識を取り戻していたミツギが、トーマイヤーに向かって憎まれ口を叩いた。
「ケッ、誰が吐くかよ。この俺がそう簡単に口を割るとでも思ってんのかあ~?」
トーマイヤーは、ミツギの顔をじっ、と見つめてから。
「サカハシ、スコポラミンを使え」
「御意」
その途端、ミツギの顔から血の気が失せた。そして、放せ、放しやがれ、と暴れながら、無理やり連行されて行った。
「ねえねえ。トーマくん」
「ん? なんだい」
「スッポコなんとか、って、なに?」
「スコポラミンのことかい?」
「そうそう、それそれ」
「いわゆる、自白剤だよ。理性や意思の働きを奪って、こちらの言うとおりにさせてしまう薬だ。使いすぎると、廃人になってしまうそうだが……使用法の詳細は、そこのサカハシがよく心得ている。万に一つも、仕損じることはあるまいよ」
「へ、へえ……」
リユナは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。




