王子の別荘
やがて、前方に巨大な門が見えてきた。白く塗られた高い鉄柵の門の前で一旦停車すると、門は自動的に左右に開いて、トーマイヤーたちの車を中へ迎え入れた。
門の中に入ると、道の両側に、暑い最中だというのに黒い執事服姿の男たち、それにメイド服姿の女たちがずらりと並んで、王子の来訪を盛大に出迎える構えだった。
「うおぉ……」
その光景に、思わずちょっとひいてしまうリユナ。
車はしずしずと、執事とメイドの居並ぶ間を進んで行き、白亜の豪邸の前まで来て停まった。
「こ、これが、トーマくんの別荘……」
テレスタル王子の別荘は、岩山の斜面を利用して建てられた三階建てで、全面ガラス張りのサンルームが陽光を反射して眩しく輝いていた。
車を降りる二人。
黒服の執事が一人、近づいてきて深々と頭を下げた。
「殿下、ようこそいらっしゃいました」
「うむ」
「準備はすでに、相整っております」
「ご苦労」
リユナは一人で、ひょえ~、と驚いている。
「じゃあ、リユナ、中へ」
「えっ、あ、はいっ!」
なぜか軍隊風の敬礼をして、おどおどした様子でトーマイヤーの後についていくリユナ。しかし、そんな姿を見て笑う者などただの一人としていない。リユナ的には、逆に心が痛かった。
中に入ると、また天井の高い豪華なホールである。そこにも、執事やらメイドやらが何人も控えていて、みな丁寧に頭を下げた。その間を、平然と歩いて行くトーマイヤー。その後ろを、なんとなく居心地悪そうについていくリユナ。
少し奥まったところまで行って、
「リユナは、この部屋で着替えてくれ。ぼくはこっちだから。じゃ、後で」
「え、ちょっと、トーマくん!?」
バタン。トーマイヤーは、男子用の更衣室に入ってしまったようだった。こんな慣れない場所に、一人取り残されて心細かったが、仕方ない。トーマイヤーに言われた部屋に、扉を開けて入った。
入ると。
「ようこそおいでくださいました、リユナ様」
「ようこそおいでくださいました、リユナ様」
中には、七~八名ほどのメイドが控えていて、リユナが入ってくるなり、丁寧にお辞儀した。
「おぉう、っと……」
着替える部屋だから、誰もいないと思っていたリユナは、意表を突かれた。メイドの中でも歳が一番上に見える一人が、近づいてきて言った。
「リユナ様。本日のお世話を担当させていただきます、カシギと申します。よろしくお願いいたします」
「は……はい、こ、こちらこそ?」
リユナは、状況がよく呑み込めない。カシギが続けた。
「それでは、さっそくお着替えの方を……」
カシギが、他のメイドたちにさっ、と合図をした。
「え? なに? なに?」
リユナの周りに、メイドたちが集まってきたかと思うと、いきなりリユナの服を脱がしにかかった。
「え、ちょ、ちょっと! なに、なんなのよ、これ!?」
ブラウスのボタンを外され、ハーパンも下ろされそうになった。
「きゃっ、ちょっとちょっと! やめて、やめてったら! もう、やめなさいよっ!!」
リユナが暴れるので、メイドたちが手を止めた。カシギが不思議そうな顔をして、言った。
「リユナ様、そのようにお暴れになられては。はしたのうございますぞ」
「はしたのう……とか、そういうことじゃなくって! ぜはー、ぜはー」
脱がされかけた服から下着を覗かせたまま、暴れたので汗を流して、リユナが吠えた。
「き、着替えなら、一人でやりますから!」
「そうは参りません。殿下から、可能な限り丁重にお世話いたせ、とのご命令でございます」
「丁重に、人をひん剥くんかーい!?」
リユナがびし、とつっこんだ。そして、思い出した。
「ああ! それに、水着入れたバッグ、車に忘れてきちゃったし……」
「大丈夫でございます。リユナ様には、こちらをお召しになるよう、おおせつかっております」
カシギが、白いビキニを取り出して見せた。
「げっ、び、ビキニ……」
「それでは、失礼して……」
また、メイドたちがリユナを取り囲んで服を脱がせに掛かった。
「き、きゃあ~! やめて、やめてえ~、ああっ、ダメっ! いやぁっ……や・め・ろっ!!」
リユナが、渾身の力を込めて、近くのメイドの頭を殴った。
「げふ」
後ろへ倒れ込む、一人のメイド。他も驚いて、リユナを解放して後ずさった。
はあーっ、はあーっ、と息を荒らげて、すっかり下着だけにされたリユナが涙目になりながら、メイドたちを威嚇するように睨んだ。ちょっとだけパンツがずり下がっていたのに気付いて、慌てて上げる。その首元には、トーマイヤーと初めて遭ったときにもらった銀色のペンダントが下げられていた。
カシギが仕方なさそうに、ため息をついた。
「リユナ様……仕方ありませんね。では、わたくしどもはこれで下がりますゆえ、後はご自分でお着替えくださいまし。それでは、失礼いたします」
深々と一礼して、メイドたちは次々と部屋から出て行った。
「はあ、はあ。何なのよ、もう~」
ふと傍らのテーブルを見ると、カシギの置いていった白いビキニがある。
ややためらいつつも、それに着替えるしかなさそうだった。
着替え終わって一息つくと、部屋の一方の壁に大きな鏡があることに気づいた。
その前まで行って、自分の姿を映して見る。白ビキニは、胸の真ん中のところに布製の花の装飾がついていて、下のショーツにもフリルがついていた。
(あれ……なんか、可愛いかも)
リユナは、ちょっと嬉しくなった。
(でも、あたし、実はビキニなんて着るの、生まれて初めてなのよね……)
胸はそんなに大きい方ではないが、それでも人並にはふくらんでいる。しかもビキニなので、お腹の辺りは丸出しである。
(やだ、ちょっと恥ずかしい!)
リユナは、一人で照れた。
(えーっと、着替えた後は、どこに行けば……)
さっき入ってきた扉とは別に、奥にも扉があるのが見えた。
(あっちかな?)
奥の扉を開けると、外の陽光がまぶしくリユナの目を射た。
そこは、ゴージャスなプールサイドだった。ブルートパーズのように透明な青色に輝く水が満々と湛えられている。プールサイドは清潔な白で統一され、パラソルつきのテーブルに椅子まで設置されていた。
「うわあ、映画みたい……」
さらに、プールの向こうには、海が見渡せた。
「おおう……海まで見える! すごい……なんていい眺めなのかしら……」
リユナが、ほう、とため息をつくと、建物の別なドアからトーマイヤーが出て来た。
「やあ、リユナ。もう来てたのか」
「あっ、トーマくん……」
トーマイヤーは、裾が膝上くらいまであるサーフパンツ姿で、落ち着いた茶系のカラー。首元には、リユナと同じ形をした金色のペンダントが下がっており、腕にはいつもの通信機をつけていた。
リユナは自分のビキニ姿にちょっと照れてうつむいた。
トーマイヤーが近づいてきて、そっとささやいた。
「リユナ……そなた、美しいな」
「え……」
ぽっ、と頬を赤らめて、顔を上げてトーマイヤーを見た。目が合う。
「そのペンダント、つけていてくれたのだな」
「うん……トーマくんも、同じ形のをしてるんだね……」
そこで、ふと思い出した。
「……って、トーマくん!」
「ん、なんだ?」
「あれはいったいなんだったのよ!」
「あれ、とは……?」
「あの、カシギとかいう人よ!」
「なに! カシギが、何か粗相をしでかしたか。そうか……それはいかんな。後で、厳しく尋問しよう。事と次第によっては、解雇処分の上、厳罰に処してやらねば……」
「トーーーーーーマくん! ……お願いだから、それだけはやめて」
「?」
「別に、あの人は、トーマくんの命令を忠実に守ろうとしただけなんでしょ。悪いことなんて、してないと思うよ」
「それでは、何が問題なのだ?」
「ええっと、だから、それはぁ……」
リユナは、さっきのことを思い出して、ちょっと顔を赤くした。
「う~んと、トーマくんは、着替えるとき、いつも誰かに手伝ってもらってるわけ?」
「手伝って、って、当たり前じゃないか。いつも、メイドたちが全てやってくれるぞ?」
「え……すべて、って……」
「基本、ぼくは部屋の真ん中で立ってるだけだ。後は全部、メイドたちが着替えさせてくれる」
「そ、それって……」
リユナは、ついついその情景が頭の中に浮かんでしまって、また耳まで真っ赤になった。
「どうした?」
「……うう……あ~! もういいわ。この話題はっ。そ、それより、せっかく来たんだから、泳ぎましょうよ!」
「ああ。そうだな!」
そして、ええい、と半ばヤケクソ気味に、プールにざばん、と飛び込むリユナ。トーマイヤーも後からどぶん、と飛び込む。
二人でしばし、泳いだり、水を掛け合ったりして遊んだ。リユナがふと気が付くと、いつの間にか執事服姿の男がプールサイドに出てきて、二人の様子をずっと見ている。
「あれ、トーマくん、あの人は……」
「ああ、ぼくたちが溺れたりしたときに備えて、監視してくれているんだ」
「監視……ねえ」
リユナはちょっと、落ち着かない気分になった。
「ねえ、トーマくん、海の方に行ってみましょうよ」
「うん、そうだね」
そして二人で海へ下りて行った。プールサイドから階段を下りれば、すぐに砂浜だった。
真っ白い砂浜は、差し渡し500メートル程度の幅で両側が高い岩で囲われていた。まさに、プライベートビーチだった。
「うわー、すごーい。あたしたちだけしか、いないんだね~」
「そりゃあね。ぼくの別荘付属のプライベートビーチだからね」
(セレブもこれほどだと……)
リユナはちょっと気持ちがひける気がしたが、遊ばなければ損である。
プライベートビーチは岩礁により外海と遮断されていて、波が穏やかでしかも浅かった。
二人で波打ち際を走り回ったり、せいぜい胸の辺りくらいまでしかない深さのところで泳いだり、また浅瀬に戻って水を掛け合ったりして、夢中で遊んだ。
だが。
またしても、リユナがふと気が付くと、やや遠くから見張っている執事がいる。
(うわ、なんか、見られてると落ち着かないわ……しかもあたしたちだけ、ってのが、さらに落ち着かなさを増大させるような……)
リユナは、なんだかテンションが下がってしまった。
「どうした、リユナ」
「え、ううん、なんでもないのよ」
「そうか……ああ、そろそろお昼だね。お腹空かないかい?」
「あっ、そういえば……」
「じゃあ、ランチにしようか!」
「うん!」
見張り付きの落ち着かないビーチを後にして、建物へと上がって行った。
入り口にはメイドが待っていて、リユナにはパーカーを、トーマイヤーにはアロハシャツを手渡した。二人ともそれを羽織って、ビーチサンダルを履いてから、食堂へ行った。
一階にある食堂はかなりの広さで、白を基調としたシンプルな内装になっていた。
給仕の執事やメイドが室内に居並んでいて、中央にはやけに長いテーブルが据えられている。
リユナは案内されるまま、テーブルの一方の端に腰かけた。トーマイヤーはその反対側、リユナから一番遠い席に対面して着座する
(うわ……これって、まさかの……)
リユナは、映画か何かでこんなシーン観たような、などと考えた。
前菜が運ばれてきた。
(おぉ! これは……!)
どうも魚の切り身らしいものと野菜が彩り良く盛り付けられた、見たこともない料理だった。
不慣れな手つきでナイフとフォークを扱い、口に運ぶ。
「ん……な、なにこれ、おいしい!」
「気に入ってくれたかな」
遠くの方から、トーマイヤーが言った。食堂は天井が高く、声がよく響いた。
ついつい、夢中で食べるリユナ。
「リユナ、そんなに食べると、後が食べられなくなってしまうぞ」
ふとリユナが見ると、トーマイヤーは例によってほんの少ししか手をつけていない。すると給仕の者がやってきて、さっと皿を下げてしまった。リユナはもう少し食べたそうだった。
続いて前菜の二皿目、三皿目、と運ばれてきた。トーマイヤーはやはり、それらに二口程度しか手をつけない。リユナはおいしくて、ついついたくさん食べてしまった。
「うー、お腹いっぱいになってきちゃった」
トーマイヤーが仕方なさそうに笑った。
「だから言ったじゃないか。まだメインディッシュはこれからだというのに」
「そ、そうなの? お昼から、こんなに食べるんだ……」
「だから、ぼくは一口か二口くらいしか、食べてないんだ」
「え、つまりぃ、残した分は、やっぱり捨ててる、ってこと……よね?」
「そうだが」
リユナの面が、急に翳った。
「そっか……お弁当を持ってくるようになって、食べ物を無駄にしなくなったんだあ、なんて思ってたけど……そうよね。学校から帰れば、トーマくんは王子様なんだもんね……」
「リユナ……?」
運ばれてきたメインディッシュには手をつけず、リユナは椅子から立ち上がった。そして窓際まで行って、遠くの海へ視線を投げた。
「リユナ、どうしたんだ?」
トーマイヤーが近くまで来て、尋ねた。
「うん……なんだか……あたし、自分がバカみたいに思えてきちゃって」
「な、なんだって?」
トーマイヤーが驚いて聞き返す。
「だって……こんな豪華なお昼ごはん、あたしは生まれて初めてだけど、トーマくんには、これが当たり前なんだよね。この別荘だって……こんなすごくて、綺麗な広いのが別荘なんだもんね。あたしの家は、そんなにすごくお金持ち、ってわけでもなんでもない、ごく普通の家よ。トーマくんとは、なんというか、こう……生活のレベルがあまりにも違い過ぎる、というか……あたしなんかが、ここでトーマくんとこうしてる、ってことが、なんだかすごく場違いで、勘違いなんじゃないか、って思えて来ちゃって……」
リユナは顔を伏せて、表情をますます曇らせた。いつもの彼女らしくなかった。
「リユナ……ぼくは、そんなつもりでは……」
「うん、分かってる。トーマくんは、別に悪くないよ。ただ……」
「なんだ?」
「ううん、いいわ。それは言っても仕方ないことだもの。でも、ここはすごく豪華で、贅沢で、確かに楽しいんだけど……いつも誰かに見張られているみたいで、なんだか落ち着かないのよね。だから、心の底から楽しめない、というか……」
トーマイヤーは、神妙な顔をしてリユナの言葉をじっ、と聞いていた。リユナが続けた。
「あたしは、できれば、もっと普通の海に行きたかったなあ、なんて思ったり……あ、ゴメンなさい。あたし、ただのわがままだよね、これじゃあ」
リユナはつくり笑いをしてみせた。
それを見て、トーマイヤーの瞳の奥に、何か決意の光が浮かんだようだった。
「皆の者!」
「は」
「食事はもういいぞ。下げてくれ」
「はは」
「ぼくたちは、これより昼寝をする。寝室の用意は、出来ていような?」
「はい、それはもう、準備万端、相整っております」
「よろしい。くれぐれも昼寝中は、部屋に入らぬよう。では、リユナ」
食堂を出るよう、リユナを促した。
(へ……? この状況でいきなり昼寝、って……いったいどういうシチュエーション!?)
戸惑うリユナの手をひいて、食堂を出て階段を上がり、二階の寝室へと辿りついた。
寝室には、大きなベッドが二つ、用意されていた。
(え、なに、なんなの……?)
ちょっとドキドキし始めたリユナに、トーマイヤーが言った。
「リユナ、“普通の”海へ行こう!」
「は?」
トーマイヤーは、つかつかと窓際へ歩み寄った。窓を大きく開け放つと、ポケットから小さなリモコンのようなものを取り出した。それは王子専用車のキーだった。そして、キーのタッチパネルに、何か指令を打ち込んだようだった。
何がなんだか分からない、という顔でぽかん、とリユナがその様子を見ていると、なんと窓の外に、ここへ来るときに乗ってきた、真っ赤な王子専用車が現れた。例の四脚で立って、歩いて来たのだった。
「さあ、乗って!」
運転席側が窓のすぐそばに着けられていた。トーマイヤーの手を借りて、窓枠と車の間にできた空隙に落ちないよう、えいっ、と飛び乗った。そして助手席の方へずれる。
トーマイヤーは、腕に付けられていた通信機を外すと、ベッドの上に放り投げた。それから運転席に飛び込む。
「あ、これも持ってるとマズいな」
トーマイヤーは、車内に置いてあったホログラフォンも、窓から室内に放り投げてしまった。
「みんなに見つかると厄介だ。隠密行動モードで、脱出する」
(お、隠密行動って……この派手な色使いで、隠密も秘密もあったものじゃあ……)
「隠密行動モードは、電波をジャミングするし、光を偏光させる特殊なフィールドを発生させて、遠くから見ると違った色に見えるようになるんだ。だから、衛星からも発見されにくい」
リユナは、心の声が聞こえたのか、と思ってちょっとぎくっ、とした。
二人を乗せた車は、四脚で静かに歩きながら、別荘から離れていく。幸い、庭には誰もいなかった。別荘を囲む木立に紛れて、四脚歩行隠密モードで車は歩いて行った。そして、高い塀を難なく飛び越え、そして音もなく綺麗に着地する。そのまま四脚を折りたたんで収納し、通常走行モードに入ると、静かに滑り出した。動力は全て電気なので、エンジン音もしない。
「うまく抜け出せたな!」
「と、トーマくん……大丈夫なの?」
リユナはちょっと心配そうだ。
「大丈夫。通信機もホログラフォンも置いてきたから、みんなはぼくがあそこにいるものと思い込んでいるだろう。あの通信機には発信機の機能がついていてね。ぼくの居場所がすぐに分かってしまうんだ。ホログラフォンも、GPSですぐにどこにいるか知れてしまうしね」
「へ、へえ……」
トーマイヤーは、くすっ、と小さく笑って、続けた。
「実はぼくも、いつも見張られている暮らしには、息が詰まってね。あの日、リユナと初めて遭ったときも……退屈な御前会議を、それで勝手に抜け出したんだった」
「そうなんだぁ!」
「たまには、見張りなしで、自由にさせてほしい、そう思うのが、自然だよな!」
「うん! そう、そうよね!」
リユナの表情が、ぱーっ、と晴れやかに明るさを取り戻した。




