暗雲
次の日。
「あっ、トーマくん!」
ディオンレイクシティの正面入り口で待ち合わせたリユナの前に、テレスタルの王族送迎専用車が乗りつけた。中からトーマイヤーが現れる。一応、オケ部の買い物なので、二人ともいつもの制服姿である。
「すまない。待たせてしまったかな」
「ううん、全然」
王室官房長官にして、王子のお目付け役であるサカハシも車を降りてきた。
「殿下。くれぐれも、お気をつけて」
「分かっている。もう下がってよいぞ」
サカハシは深々と一礼すると、車中に戻った。専用車はそのまま、来た方へ走り去ってゆく。
それから二人は、オケ部の所用である譜面台の購入に行き、その後は服を見たり、雑貨屋をのぞいたり、アクセサリーの店に入ったりして、ショッピングを楽しんだ。と言っても、一般庶民で高校生のリユナはそうたくさんの買い物はできなかったし、トーマイヤーにしても、自分ひとりで買い物をした経験というのは、今までにない。だから、荷物は大して増えなかった。
お昼近くなって、そろそろお腹が空いた頃合いになると、トーマイヤーのたっての希望で、二人が初めて出会ったときに食べたハンバーガーショップへ行くことになった。
「今日は、ぼくがおごるよ!」
「わーい! やったぁ」
「ここの味が、忘れられなくてね……」
二人で楽しくランチの時間を過ごしている、その一方で。
そこからあまり遠くない、一件の牛丼屋。
そこに、サユカとその取り巻き二人の姿があった。
サユカの目の前には、特盛の巨大な牛丼が置かれている。
「サユカ様~、元気出してくださいよ~」
「サユカ様、オケ部、サボってばかりで、大丈夫なんですか?」
取り巻きの二人が、サユカを慰めているようだった。
「さ、サボってなど、いませんわ。ただ、どうしても、体が言うことを聞きませんのよ。それだけの、ことですのよ」
目の前に置かれた牛丼には、まだ箸ひとつつけられていない。
「トーマイヤー様にお会いしたいのは山々なのですが、四重奏の時間になると、なぜかお腹が痛くなってしまって……」
悲痛な表情をした。
「サユカ様……」
「ああ……切のうございますわ……トーマイヤー様……」
そして、はあー、と大きなため息をついた。
「食欲、ございませんわぁ……」
目を閉じて、うなだれた。
そのまま、しばしの沈黙の後。
急に、かっ、と目を見開いて、目の前に置かれた特盛牛丼に目を落とすと、いきなり丼を手に取って、猛烈な勢いで口の中へかきこみ始めた。
がつがつがつがつ、はぐはぐもしゃもしゃ。
一気に半分くらいを平らげ、また丼をどん、とテーブルに置き。
「はぁ~っ……」
大きなため息をひとつ、がっくりとうなだれる。
取り巻きの二人が、呆れ顔でそれを見守っていた。
「あーっ、おいしかった!」
「トーマくん、ホント、ハンバーガー好きねえ」
昼食を終えて、店を出てきた。二人だった。
「リユナ、これからどうする?」
「プリクラ撮りましょ! こっちこっち」
そうして繁華街を、二人連れだって歩いていた、そのとき。
街に、銃声が響いた。
その瞬間。
トーマイヤーの周囲に、CDSによる鋼鉄とレーザー光線の籠が一瞬にして張り巡らされた。
銃弾が跳ね返される。鋭い音が耳を貫く。
「きゃっ!?」
「おうっ!?」
「なんだ!?」
リユナだけでなく、他の通行人も突然の出来事に仰天している。
すると、少し離れたビルの屋上に、上空から一筋の光線が降り注ぐのが見えた。「ぎゃっ」と小さな叫び声が聞こえたような気がした。
トーマイヤーを覆った籠が、また一瞬で収納される。その面は、緊張にひき締められていた。
「と、トーマくん、今の……」
リユナが不安そうに尋ねた。
「……誰かがぼくの命を狙ったらしい。SDSのレーザーが、犯人を仕留めていればいいのだが……」
そして腕をまくって、通信端末からサカハシを呼び出した。
「サカハシ、たった今、ぼくが狙撃されそうになった。犯人は恐らく、SDSのレーザーでやられているだろう。すぐに調べてほしい」
「殿下……! こちらでも、SDSの発動を確認しました。すぐに問題のビルを調べます」
*
「殿下、現場にはこれが落ちていました」
王宮に戻ったトーマイヤーの下に、調査を終えたサカハシが怪しげな物体を持参した。それは、ドロドロに溶けて元の形を失った、ライフル銃の残骸のようなものだった。
「犯人はすでに逃走したのか、見つけることができませんでした。いずれにせよ、あの人混みでは、発見は困難だったかと」
「そうか。ご苦労だった」
トーマイヤーは、いつもの彼らしくない、厳しい面持ちでライフルの残骸を睨みつけていた。
「殿下。もう学校へなど行くのは、おやめください。いつなんどき、どのような危険があるか、分かったものではありませんぞ。殿下、聞いているのですか?」
「聞こえている!」
サカハシが、黙った。
「確かに、今回のようなことがあれば、そちが不安に思う気持ちは分かる。父上も母上も、いたくご心配されていた。だが、ぼくを守るシステムに不備のないことは、今回のことで逆に証明されたと言えるのではないか?」
「し、しかし!」
「ぼくは、今、学校へ行くのをやめる気はないぞ」
「殿下!」
「大丈夫だ。これからも、細心の注意を払うゆえ。心配には及ばぬ」
「殿下……」
サカハシは、どうしても不安を払拭することができない様子であった。




