転校生Ⅱ
翌日、朝の学校。
トーマイヤーは、昨日、最初に掃除を手伝ってくれた男子生徒と話していた。
「へえー、タクム殿は、そうなのか。ぼくは、ゲームというものはやったことがないのだ」
「なんだ、王子様、ゲームやったことないの? じゃあ、ちょっと貸してあげるよ。先生には内緒だけどね……」
タクムは、かなりのゲーマーで通っており、学校には持ち込み禁止の携帯ゲーム機をいつも隠し持っていた。
タクムに手ほどきを受けて、初めてのゲームに打ち興じるトーマイヤーだった。
その様子を眺めながら、リユナがほっとしたように言った。
「はあ~、トーマくん、クラスに馴染んできたみたい。よかったぁ~」
「そうね~。なんたって、あんたの旦那候補だもんね」
「は? トナちゃん、今、何て言った?」
「ん~? あんたの旦那候補」
「な、なに、その旦那候補、って」
「旦那候補は、旦那候補よ。王子様は、もうほとんどあんたの旦那同然、ってことよ」
「えっ、ちょっと、なによ、それ……」
リユナは、困惑したような、嬉しいような、しかし手放しで喜んで良いことなのか、それとももっと困るべきなのか、自分でもよく分からなくなってあたふたと表情をくるくる変えた。「まあ、少なくとも、わたしはそう見てる、ってことよ。あ、ほら先生来たわよ」
担任の先生が教室に入ってきた。みんなが、急いで席に戻る。
先生は教壇に立つなり、話を切り出した。
「あー、おとといの王子に続いて、なんだが、また転校生が来た。じゃ、入って」
廊下から入ってきたのは、高校生のくせに真っ白な頭をして、目じりの下がったやる気のなさそうな目をした、人相の悪い少年だった。目の下にできた隈が、不健康そうな印象を与える。しかし、半開きの瞼からのぞく瞳の奥には、何か物騒な翳りを秘めているように見えて、相対する者をどこか不安にさせるものがあった。
先生も、その少年の只ならぬ雰囲気に、扱いに困っている様子で、
「え~、と。それじゃ、自己紹介を」
と手短に済ませた。
人相の悪い少年は、その風貌には似つかわしくない、意外にいい声で自己紹介を始めた。
「初めまして。両親の仕事の都合により、突然転校することになりました。ミツギ・キリンといいます」
転校理由は、いかにも取ってつけたようなありふれたものだった。クラスのあちこちから、キリン? とざわつく声が聞こえてきた。
ミツギは数秒の沈黙の後、唐突に言い放った。
「キリーーーーン・サーブ!!」
サーブのような仕草をして。それが、バレーボールなのか、テニスなのか、あるいは卓球なのか、どんなスポーツのサーブなのかは、動きが妙すぎて判別できなかった。
……。
クラスが、一瞬にして静かになった。
絶句。
だが。
その静寂を破って、一人だけくっくっ、と笑いをこらえている者がいる。
トーマイヤーだった。
トナが、呆れたようにリユナに話しかけた。
「なんつーか、王子様って、笑いのツボが違うのかしらね。ってゆーかキリンサーブって何よ」
「うっ……さ、さあ?」
ミツギは、自分のギャグ(?)が見事に滑ったことにも全く動じる気配もなく、一言、
「よろしくお願いします」
と普通に締めくくった。そして、窓際の一番奥の机に座ることになってとりあえず、意味のよく分からない転校生の紹介は終わった。
ミツギはその奇異な登場とは打って変わって、授業でも、休み時間中でも、特に目立った行動をするでもなく、また誰に話しかけるでもなく、ただ静かに席に座って時間を過ごしていた。その風貌や雰囲気の異様さから、積極的に関わろうとする生徒もなく、なんだか変なヤツが来たぞ、くらいに思われて軽く敬遠されていた。その只ならぬ目つきにしても、単に生まれつきそういう目をしているだけなのかもしれなかったし、実際、おとなしくしている分にはただの目立たない生徒の一人にすぎなかったのである。
ただ、ときおり、トーマイヤーの方へ鋭い視線を投げかけている、ということに気づいた者は、誰一人としていなかったのだが……。
その日の体育の授業は、バスケットボールだった。
「王子様!」
スポーツもそこそここなす秀才のシューヤが、トーマイヤーへパスを出した。
「おうっ!」
意気込んでボールを受けようと張り切る、トーマイヤー。
しかし。
「ぐふをっ……!?」
ボールを受け損ねて、顔面に直撃させてしまった。
「大丈夫かっ!?」
慌てて、駆け寄る。
「痛てててて……だ、大丈夫」
特に怪我はしてないようだ。
その後も、ようやくボールを手にしてドリブルしようとすればボールがあらぬ方向へ跳ね飛んでいってしまうわ、何もないところで大コケして派手に転倒するわ、敵側のパスをまたしても顔面で受け止めるわ、その活躍は散々なものであった。
向こう側にいる女子たちからも、その様子はよく見えた。
「ちょっとリユナ、あんたの旦那、体育苦手みたいよ? なんでも完璧、って訳でもないのね」
「トナちゃん……だから、旦那じゃないって」
トーマイヤーファンの女子には、幻滅を感じる者もいれば、逆に親しみを覚える者もいたようだった。
トーマイヤーに、タクムが近づいてきた。
「王子様、もしかしてバスケ苦手だったの?」
「いやぁ……はは。実は、スポーツは全般的に昔から苦手で」
トーマイヤーが、決まり悪そうに言った。
「そうだったんだ……僕も、どっちかっていうとあまり得意な方じゃないけどね」
「タクム殿もか。だが、苦手とはいえ、こうして大勢でスポーツをする、という機会が今までなかったのでな。ぼくは大いに楽しいぞ。よし、もうひと試合行くか!」
果敢にも、またコートへ出行く。
今度の敵チームには、転校してきたばかりのミツギ・キリンが加わっていた。ミツギはチーム内でも、特に目立つ風でもなく、後ろの方で地味にディフェンスについている。ただその目つきだけは、表面上はとろん、としてやる気がなさそうに見えながら、奥の方にどこか油断ならない物騒なものを秘めているようだった。
トーマイヤーは相変わらず、スポーツに関してだけはヘボなようで、全くこれといった活躍もできずにコート内をうろうろしているだけだった。
特に変わった出来事もなく、試合が進行していった。
そして。
ミツギがたまたま、ボールを手にした。瞬間、ミツギの口元に、妙な笑いが微かに浮かんだように見えた。
ミツギはドリブルでボールを運び始めた。だが、ゴールからは見当違いの方向へ走ってゆくように見える。何か策があるのか、とミツギのチームはそれに合わせて陣形を組んでいった。トーマイヤーも、ミツギからのパスを阻止すべく、立ちふさがろうとした。
そのときだった。
ミツギから、常人にはあるまじき異常なスピードで、パスが繰り出された。いや、それはパスというよりも、ボールを射出した、と言った方がいいような、異様に鋭い球筋だった。
しかも、ミツギから放たれたボールは、一直線にトーマイヤーめがけて飛んでいる。
ヘボのトーマイヤーが、受けきれるとは思えなかった。誰もが、トーマイヤーとボールが激突する情景を頭に描かずにはいられなかった。
はっ、とその場にいた誰もが息を飲んだ、瞬間。
トーマイヤーの体操服の下、おへその辺りから、突然金属製のアームのようなものが飛び出してきた。背中の方からも、また脇腹の辺りからも、同じようなアームが伸びた。その四本のアームからはさらに四方八方に細長いしなやかな金属製の棒状のものが伸び出してきて、一瞬にしてトーマイヤーの全身を鈍く光る鋼の籠に閉じ込めたように包み込んでしまった。まるで鳥かごに入れられたようだった。さらに、籠の隙間を埋めるかのように、その空隙に青く光るレーザー光の膜が張られ、トーマイヤーの体は完全に外界から遮断されてしまったのだ。
この間、わずかコンマゼロ数秒の、瞬きにも満たない一瞬の出来事だった。
トーマイヤーめがけて突進してきたバスケットボールは、瞬時にして現れた防護壁に弾き飛ばされ、あさっての方へと放物線を描いて飛び、そして床に落ちてごろごろと転がった。
その場にいた全員が、ただ呆気に取られた。
トーマイヤーを包んだ、鋼鉄と光の籠は、また一瞬にして収納され、体操服の下に装着されているらしいベルトへと戻った。
「お、おい。何だよ今のは?」
シューヤが、驚きも露わにトーマイヤーに駆け寄る。
「CDS、近接防御装置だ。屋内では、SDSを発動するわけにはいかないのでな。屋根に穴を開けてしまう。そこで、屋内でぼくに危険が迫ったことをセンサーが感知したときは、CDSが自動的に展開してぼくを守る仕組みになっている。しかし、通常のスポーツ程度では、よほどのことがない限り発動することはないはずなのだが……」
そして、ミツギの方へ疑惑の目を向ける、トーマイヤー。シューヤたちも、必然的にそちらへ目をやる。
「へっへっへっ……ちょーっと、手がすべっちまった。悪気はねえんだ、勘弁してくれよ」
ミツギが、驚いた様子もなく、いけしゃあしゃあと言った。
トーマイヤーが、きっ、と鋭くミツギを睨む。ミツギは平然としていた。
ちょうど、終業を告げるチャイムが鳴った。




