強制連行
コンクリートの壁面がむき出しの殺風景な、地下室のような部屋だった。
中央の机に、くすんだエンジ色に大仰な襟のついた上着を着た男が座っている。肩幅が広く、服の上からでも鍛え抜かれた筋肉が盛り上がっているのが分かる。照明は机の上の電気スタンドしかなく、男の顔はよく見えない。
そこへ、ノックとともに入ってくる者がある。
「呼んだか?」
横柄な口調で机の前へ進み出てきたのは、細身でまだ歳若そうな、少年とも見える男である。伸ばし気味の髪は見事に真っ白で、下がった目じりとその下にできた隈がいかにもやる気のなさそうな印象を与える。しかし、その一見して無気力そうに見える瞳の奥には、何か物騒な、ひとたびスイッチが入れば危険この上ない残忍さを発揮しそうな野獣性とでも呼ぶべきものを静かに潜ませていた。
「……来たか。ミツギよ。お前を呼んだのは、他でもない。王子がレイクロノマの聖クラベリナ学園に転入したのは、もう知っていような」
「おお。聞いている」
「我ら、黄色い髑髏会の悲願である王政の転覆、そしてテレスタルの全権力の掌握、その第一歩として、王子の暗殺をかねてより計画してきたことも、今さら言うまでもあるまい」
ミツギと呼ばれた、あまり人相の良くない少年は、黙って次の言葉を待った。
「そこでだ。お前には、急ぎ聖クラベリナ学園に転入手続きを取ってもらう。これまでは、王宮の奥深くに囲われていた王子を暗殺することは、非常に困難を極めていた。しかし、王宮を出て隣国の学園に通学しているとなれば、話は別だ……つけ入る隙は、いくらでもあろう。お前は、王子に近づき、機会を窺え。そして、好機あらば、直ちに暗殺を実行せよ。成功すれば、我らの悲願の達成はより早まることになる。跡継ぎを失った王室は、急速に国内での求心力を失ってゆくだろう……くっくっくっ。我らが全てを手に入れた暁には、お前にはそれ相応の地位と名誉と、そして財産を保証しようではないか……」
「……」
ミツギは、黙ったままにやり、と不遜な笑みを浮かべた。
「だが油断するな。すでに、SDSが発動したという情報も得ている。王子を防衛するシステムに細心の注意を払い、その隙をつくのだ。分かったな?」
「おうよ。任せておけ」
「では、下がるがよい。我が〝同志〟よ……」
ミツギは軽く頭を下げると、部屋を去って行った。
後に残った男は、口元を歪めてにやり、と笑うと、再び沈黙へと落ちていった。
*
次の日。
大仰なリムジンが早めに校門前まで来て、停車していた。
そこへ、颯爽とした王族送迎専用車がトーマイヤーを乗せて現れると、リムジンからばっちりメイクしてぴかぴかに全身を磨き上げたようなサユカが飛び出してきた。
「おはようございますぅー、トーマイヤー様ぁ」
鼻にかかった甘い声であいさつするサユカ。
「おお、サユカ殿ではないか。お出迎え、いたみいる」
そして馴れ馴れしくしなだれかかるサユカに、トーマイヤーはまるで社交パーティーにでもエスコートするかのように腕を預けて、優雅な足取りで校舎へ入って行った。
それを後ろから恨めしげに見つめつつ、
「う~、朝っぱらから、サユカのヤツぅ~……」
ぶすっ、とした表情で登校するリユナ。苦笑いしながら一緒に歩いているトナ。
そして、たくさんの生徒たちがぞろぞろと校門をくぐって校舎内へと吸い込まれていき、やや遅刻気味の最後の生徒も中に入ってしまうと、校門前は静けさを取り戻した。
そこへ。
一台の自動車が走ってきて、開いたままの校門前に横づけした。
サングラスに黒服の男が運転席から一人、後部座席から二人、降りてきた。
最後に助手席から降りてきたのは、明るめのグレーのスーツ、見事な銀髪に、隙のない理知的な目をした男、テレスタル王室官房長官、サカハシであった。
サカハシは軽く右手でGOサインを出しつつ、黒服の三人を従えて、ずかずかと校舎に入っていった。
そのまま、二階の理事長室へと向かう。
軽くノックをしてから、返事も待たずに無遠慮にドアを開いて中に入った。
正面の机には、禿げ上がった頭にでっぷりと太った体躯、分厚いメガネに口ひげを蓄えた、理事長兼校長が座っていた。横に副校長も控えている。その面は、脅えたように強張っていた。
「学校長殿は、あなたですかな」
サカハシがやはり無遠慮な口調で言う。校長が、無言でうんうん、と二回頷いた。
「朝早くから、お騒がせして申し訳ない。すでにお伝えの通り、昨日、こちらの学園のリューネという生徒が、わが国の王子であられるトーマイヤー殿下に対して、恐喝及び暴行未遂、それに王族侮辱罪に当たる行為を行った、という事実が確認されたため、参上した次第です」
校長は、またしても無言で、大きく一回頷いた。サカハシが続ける。
「王子の制服のボタンには、超小型のカメラとマイクが仕込まれていましてね。一部始終が記録されていました。言い逃れは不可能です。リューネ君の引き渡しに、応じていただけますな」
有無を言わさぬ強い口調だった。校長が、やっと口を開いた。
「い、いや、しかしですな。仮にもわが校の生徒であるからには、そこはそれ、教育的配慮というものがございますゆえ、刑事責任を問おうという貴殿の姿勢からしましても、そうおいそれとお引渡しするわけにも参りませんかと……」
サカハシの冷徹そうな目が、キラリと光った。
「ほほう。引き渡しに応じない、とおっしゃるのですか。本来であれば……」
サカハシは、相手を威圧するように一旦、言葉を切った。そしてすぐに言葉を継いだ。
「校長殿。あなたの許可など請わずとも、こちらの権限にて強制的に連行することもできるのですよ。法的にはそれで十分なのです。そこを、そちらの面子もおありでしょうから、こうして引き渡しをお願いする、という形にして差し上げているのです。それに……」
またしても、サカハシの鋭い眼光が、校長を射抜いた。校長がちょっとだけ、体を震わせた。
「もし、どうしても引き渡しには応じない、とあくまで頑なな態度を貫くのであれば、場合によっては校長、あなた自身を、犯人秘匿罪に問うことにもなりますが」
ぐっ、と校長が詰まった。横で副校長が、ハラハラしながら見ている。
「さらに、事は私とあなたの個人的なやり取りだけで済む問題ではない。あなたの対応如何によっては、わが国とレイクロノマとの、外交問題にも発展しかねませんぞ。なにしろ、お宅の生徒はわが国のたった一人の世継ぎである王子に畏れ多くも危害を加えようと企図したのです。それが、それ相応の報いを受けないとすれば、わが国の国民感情というものもありますし、国際的道義に照らしてみても、道理に合わないことは明白です。それがどのような、外交上の不利益をもたらすこととなるか……あなたは、その責任の全てを取る覚悟がおありか?」
言葉に詰まった校長の額から、脂汗がたらり、と流れ落ちた。
そして、こちらには聞こえないような小声で、副校長と何やら相談を始めた。
そこでどんな言葉が交わされていたものか、まるで見透かしたかのように、サカハシがそんな二人のやり取りなどお構いなしに、言葉を浴びせかけた。
「寄付金の多寡がご心配でしたら、わが国は昨日お約束した金額の、二倍お支払いたしましょう。それでも、そのリューネという生徒の親御殿からの寄付金分の埋め合わせに足りぬ、というのなら、さらに増額しても構いませんよ」
そしてニヤリ、と不敵に笑みを浮かべてみせた。
校長は、負けた、と言わんばかりに首をがっくりと落として、力なく言った。
「……分かりました。お好きになさってください」
「よろしい」
サカハシは再び、黒服たちに右手でGOサインを出すと、教室へと素早く移動して行った。
教室では、もう一時間目の授業が始まって間もない頃だった。
国史の授業では、レイクロノマがかつては〝日本〟という国の一部であったこと、〝日本〟が破綻していくつもの小国に分裂し、今に至っていることなどについて講義されていた。
突然、前の扉がガラリ、と開いて、グレースーツに銀髪、鋭い目つきのサカハシと、それを取り巻く黒服の男たちが現れた。
その物々しい様子に、全員が何事か、と表情を強張らせ、動きを止めた。
ただ一人トーマイヤーだけは、何事もないかのように平然としていた。
サカハシは教室内を一渡り見渡すと、窓際の奥にすぐに目指す金髪頭を発見し、
「いたぞ。連行しろ」
黒服に命じた。
三人の黒服がつかつかと、だらしなく椅子にもたれかかっていたリューネのそばまで近づく。
「な……なんだよ、なにしやがんだよ、この!」
抵抗しようとするリューネを三人掛かりで押さえつけ、引っ立てようとする。
「放せ、放しやがれってんだよ、このクソ野郎! ふざけんじゃね……ッ!」
なおも暴れようとするリューネに、スタンガンが押し当てられた。びくん、とのけぞって、動かなくなるリューネ。それを、無言で担ぎ出してゆく黒服たち。
リューネを担いだ黒服が廊下へ出ると、サカハシが教室へ一言。
「お騒がせした。授業を続けてください」
王子の方へ丁寧に一礼して、それから教壇の教師へも一礼して、去って行った。
後に残された者たちは、教師も生徒も全員が、唖然として言葉も出ず、しばらく身動きさえできなかった。
数分間の後、特に変わりなく普段通りのトーマイヤーがしびれを切らして言った。
「先生、授業を続けてください」
「……ぁ、ぇ~、そ、それでは、授業を続ける。あー、どこからだったかな。う~んと……」
「ちょっと、トーマくん、あれ、どういうことなの?」
休み時間に入るなり、リユナがトーマイヤーに詰め寄った。
「あれ、とは?」
「リューネくんよ。どこに連れて行かれちゃったわけ?」
「ああ、リューネ殿であれば、今ごろはわが国の王室付属裁判所にて裁きを受けているところであろう」
「王室……裁判所……?」
「リューネ殿には、その犯した罪に相応しい報いを受け、罪を償ってもらわねばならない」
「は……はあ。あたしには、何が何やら……」
その頃には、リューネの子分格から昨日あった出来事の一部始終が、多少の尾ひれがついてクラス中に知れ渡り始めていた。
王子に下手なことすると、レーザー光線で焼き殺されるぞ、などと噂する声が、リユナの耳にも漏れ聞こえてきた。
「トーマくん、昨日、何かあったの?」
「昨日、リューネというあの生徒は、ぼくに暴行を加えようとしたのだ。幸い、未然に防ぐことができたが、わが国では王族への暴行は未遂であっても重罪に問われるからな」
「重罪……って、じゃあ、リューネくんはどうなるの?」
「そうだな、未遂であったゆえ、死罪は免れようが、強制収容所送りは避けられぬであろうな」
トーマイヤーの口から「強制収容所」という言葉が出た途端、クラス中が凍りついた。
「き、強制収容所……そ、それって、いったい……」
リユナがちょっと顔をひきつらせながら尋ねた。
「強制的に、過酷な労働に従事させられるところだよ」
トーマイヤーが、にこやかにしれっ、として答えた。
クラスのあちこちから、「恐ッ!」とか「マジか」とか「独裁者感ハンパなくね?」とか、ざわざわと恐怖の声が上がった。
リユナはひきつった笑いを顔に張り付けたまま、絶句するしかなかった。隣りでトナが、頬杖をついたまま、はーっ、とため息をついた。
その前の席では、黒髪の秀才、シューヤが、周囲の喧騒にはまったく我関せずといった風情で、小難しげな文庫本を読んでいる。電子書籍のシェアが圧倒的に多い時代にあっても、やはり本を読むには紙媒体がいい、というのが彼のこだわりであるらしかった。




