手順
教えるというのが、俺はどうも下手らしい。
自分ではそれなりにやっているつもりだった。トビーには房にいたころから教えていたし、ニナにも毎日何か言っている。ただ、あるとき二人が困った顔で相談しているのを見て、これはまずいと思った。
「何を困ってる」
「あの、ゲルトさんの言うことが」
「分からんか」
「分からないというか、その」
トビーが言いにくそうにしたので、ニナが代わりに言った。
「ゲルトさん、『見ろ』と『わかるだろ』しか言わないんです」
言われてみればそうだった。
「見れば分かるだろう」
「分からないです」
「なんでだ」
「見えないので」
当たり前のことを言われて、俺は返す言葉を失った。
その晩から、ニナが妙なことをはじめた。
仕事が終わったあと、灯りの下で何か書いている。覗き込んだら、俺が客の道具を見ているときの動きを、片端から書き留めていた。
数日して、彼女はそれを綴じて持ってきた。
「読んでもらえますか」
「俺は字が」
「読めるように書きました」
開いてみると、確かに読めた。短い行が縦に並んでいて、余計な言葉がひとつもない。
一 両手で持ち上げる
二 片手に持ちかえる(重さの偏りを見る)
三 横に傾ける(重心の位置を見る)
四 光に当てる(傷の向きを見る)
五 握りに指を当てる(脂の位置を見る)
六 持ち主の手を見る(五と比べる)
七 持ち主の立ち方を見る
八 ここで初めて口を開く
俺は最後まで読んで、それから、もう一度最初から読んだ。
「……ニナ」
「はい」
「俺は、こういう順番でやってない」
「知ってます」
「全部いっぺんにやってる」
「知ってます。だから誰も覚えられないんです」
ニナは綴じ帳の端を指で押さえた。
「いっぺんにできる人は、順番を書けないので。わたしみたいに、ひとつずつしかできない人が書くしかないと思って」
俺は綴じ帳を持ったまま、しばらく座っていた。
二十年やってきて、自分がどういう順番でものを見ているのかを、俺は一度も考えたことがなかった。考える必要がなかったからだ。
その順番を、隣で見ていた娘が勝手に書き起こしていた。
「これ、まだ続きます」
「続くのか」
「六番と七番のあいだが、たぶん抜けてます。ゲルトさん、そこで一回、必ず息を止めるので」
「息?」
「止めてます」
俺は自分の胸のあたりに手を当てた。
まったく自覚がなかった。
「トビー。あんたも気づいてたか」
「気づいてました」
「言えよ」
「言えるわけないでしょう」
トビーは砥石を洗いながら、少し笑っていた。
「ゲルトさんが息を止めるときは、だいたい面倒なやつなんです。房でも、みんなそれで身構えてました」
「みんなか」
「みんなです」
俺は長いこと、自分だけが静かにしているつもりでいた。その静けさで房じゅうが身構えていたことを、いま初めて聞いた。




