美しい桜の花
(何なの、あれ)
セシリアは人垣の向こうで惜しみない拍手を浴びる二人を見つめながら、小さく眉を顰めた。
大広間の中央では皇太子殿下とリリエが最後の一曲を踊り終えたばかりで、令嬢たちは「お綺麗でしたわ」「まるで青薔薇が咲いたようでした」と、興奮冷めやらぬ様子で口々に賞賛を送っている。その声が耳へ届くたび、セシリアは心底くだらないものを見るように鼻で笑った。
皇太子殿下は確かにお美しい。あれほど整った容姿をした御方なら、令嬢たちが憧れるのも無理はないだろう。
けれど、その隣に立っているのが、あの忌まわしきお姉様だなんて、どう考えても不釣り合いだった。
着飾ったところで、お姉様はお姉様。仕立て屋がどれほど見事なドレスを仕立てようと、化粧を施そうと、結局はそれらに着せられているだけではないか。あんなにも「お美しい」だの「お似合い」だの騒ぎ立てる令嬢たちも、一体どこへ目を付けているのだろうと呆れてしまう。
ドレスだけを見れば確かに見事だった。あれほど繊細な意匠を凝らした一着を仕立て上げたカーター婦人の腕前は認めざるを得ないが、それでも、あの衣装を纏うべきだったのはお姉様ではない。
もっと相応しい方がいらっしゃるでしょう、と胸の内で吐き捨てながら、セシリアはゆっくりと扇子を閉じた。
「まぁいいわ」
どうせ、その幸せが長く続くことなどないのだから。
◇◇
「お義姉様ったら、嫁いでしまわれてからお手紙ひとつくださいませんのですもの。セシリア、とても心配しておりましたのよ?」
うるうると瞳を潤ませながら、一歩、また一歩とリリエへ歩み寄る。そのたびに二つに結わえた栗色の髪はふわりと揺れ、桃色のレースリボンが可憐に踊った。軽やかな足取りに合わせて、磨き上げられた踵の高い靴が大理石を小気味よく鳴らしてゆく。
「でも、お元気そうで安心いたしましたわ。お義姉様が幸せにお過ごしなら、セシリアも嬉しゅうございます」
花が綻ぶように微笑むその姿へ、周囲にいた令嬢たちは思わず息を呑む。
「まあ…妹君でいらっしゃるの?」
「お義姉様をあれほど案じておられたなんて…」
「なんてお優しい方なのでしょう」
「きっと、ご姉妹仲も大変よろしいのですね」
先ほどまでリリエを囲んでいた令嬢たちの視線は、今やすっかりセシリアへ向けられていた。
その反応を見届けながら、セシリアは扇子でそっと口元を隠す。
(ほら、ご覧なさい。やっぱり皆様、お分かりになりますのね)
皇太子妃だからこそ人が集まる。それは当然のこと。
けれど、こうして言葉を交わせば、皆が自然と自分へ惹かれていく。
それがお姉様と私の違いだった。
(お姉様は皇太子妃という肩書きがあるから見られているだけ)
(もしあのお隣に立つのが私でしたら、皆様もっと目を奪われていたでしょうに)
胸の奥で満足そうに笑みを零しながら、セシリアは改めてリリエへ向き直る。
対するリリエは突然の再会に驚いているのか、どこか戸惑ったような表情を浮かべたまま、小さく口を開いた。
「ごめんなさい、セシリア」
その一言だけで十分だった。
勝った。
そう確信したセシリアは、誰にも悟られぬよう扇子の奥で静かに口角を上げる。
周囲から見えるのは、姉を慕う心優しい妹の笑顔だけ。
その裏側にある感情へ気付く者は、この大広間には誰一人としていなかった。




