青薔薇は微笑まない
リリエ・セレスティアは愛を知らない女だった。
婚礼の義当日だというのに、にこりとも笑わない。身支度を担当する為に宮廷から寄越された侍女は顔を引き攣らせた。
(この方が噂の…)
(ええ、なんでも大層な男好きだって。家では我儘放題だったみたいよ)
廊下で待つ侍女達はコソコソと噂話を繰り広げている。
名門セレスティア公爵家の嫡女、リリエ。
青みがかった銀髪に映える宝石のようなサファイア色の瞳。まるで白雪のような肌は、血色のいいピンクの頬や唇がより華やかに見える。華奢で品のある佇まいは、誰がどこから見ても非の打ち所のない、高嶺の花だった。
――性格を除いては。
リリエ・セレスティアの悪評は社交界でも噂されていた。
毎晩のように自邸に男を連れ込み、取っかえ引っ変え夜を明かす。金銭面にはだらしなく、我儘放題で、少しでも気に食わないことがあれば容赦なく侍女をクビにしてきた最悪の女。
そんなリリエに名付けられた異名は【青薔薇の毒姫】
(青薔薇の毒姫?)
(そう、貴族たちが呼ぶらしいわよ。美しい見た目で妻子ある伯爵すらも誑かしているんだとか)
(信じられない!貴族様の考えは私たちには理解できないわね)
くすくす、と笑い声が廊下に響いた。
「おい」
突然背後から聞こえた声に、侍女達はびくりと肩を震わせる。
お喋りに夢中になっていたせいで、声をかけられるまでその存在に気付けずにいたのだ。
「こ、皇太子殿下……!」
侍女たちは顔を青ざめさせながら跪く。
――レオンハルト・デル・アストレア・ラヴィリエ
帝国の次期皇帝と目されるその男は、凍てつくような蒼い瞳で侍女を見下ろしていた。
「随分と暇そうだな?…無駄話をするほどには」
「い、いえ、その…」
「お前たちは今日をもって解任だ。わかったらさっさとここから去れ。二度とその姿を見せるな」
「も、申し訳ございません…!どうかお暇だけは……」
「聞こえなかったか?」
低く響く声に、侍女の肩が震える。
「今すぐここから立ち去れと言ったんだ」
レオンハルトは侍女を一瞥した。
その瞳には僅かな温度も宿っていない。
侍女たちは怯えたように肩を震わせ、逃げるようにその場を後にした。
そんな侍女たちの狼狽など意にも介さず、レオンハルトは目の前の大扉に手を掛けた。
ノックをすることもなく、そのまま扉を押し開く。
扉の向こう、鏡の前に座っていたのは見目麗しい令嬢。
だが彼は表情ひとつ変えずにリリエの元へと歩み寄る。
「皇太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
リリエの身支度を終わらせた侍女は、レオンハルトの来訪に即座に頭を下げると、そのまま部屋の隅に退けた。
レオンハルトは椅子に座るリリエを見下ろした。まるでゴミでも見るかのように。
大きく胸元が開き、ボディラインがわかりやすいドレスに身を包んだリリエを見て顔を顰めた。
リリエは立ち上がると、ドレスの裾を持ち上げて深く一礼した。完璧な所作は、見る人の心を奪うだろう。
「初めてお目にかかります、皇帝陛下。
ご挨拶が遅れました非礼を、どうかお許しくださいませ。
セレスティア家の長女、リリエ・セレスティアにございます」
「随分と品がない。
婚儀の日にまで男を誘う装いとはな…実に浅ましい」
リリエは頭を下げたまま何も言わずにいた。
レオンハルトはそんなリリエに苛ついたように舌打ちを漏らす。
「お前のような女と婚約など、たとえ体裁の為だとしても虫酸が走る」
そうして踵を返すと、扉の前で振り返った。
「式が終わったら二度とその姿を見せるな。お前になど触れる気もない」
冷たく言い放つと、レオンハルトはその場を後にした。
残されたリリエは、扉の横でレオンハルトの威厳に青ざめる侍女とは違って何の感情も抱いていないようだった。
まるで人形のような、無機質な表情で。
本作品は個人の創作として執筆しております。
誤字脱字や表現の誤り、時代背景・身分制度・歴史考証などに至らない点があるかもしれませんが、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。




