第六十二話 楽園
激痛が走る。しかし、ダメージは、ギガントシャークのほうが圧倒的に大きい。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:121
所属:NO NAME
HP:2855/3207
SP:1830/3340
スキル:『万物支配』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『闘志』『直感』『両手剣(LVMAX)』『空間跳術(LVMAX)』『極限適性』『毒耐性』『体術(LVMAX)』『反応速度向上』『痛覚耐性』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『集団戦適性』『一騎打ち適性』『集中』『空腹耐性』『鳥獣特効』『水泳(LV4)』
名前:
種族:ギガントシャーク
年齢:
状態:通常
LV:143
HP:482/3487
SP:0/0
スキル:『噛みつき(LVMAX)』『突進(LVMAX)』『硬質化(LVMAX)』『危険感知(LV5)』『水泳(LV9)』『水砲(LV8)』
ギガントシャークの腹が、大きく裂けている。そこから、夥しい量の血が溢れ出していた。
出血状態になると、HPが徐々に減っていく。間もなく、ギガントシャークのHPも、尽きることだろう。
もう反撃する余裕もない。それから間もなくして、春重の『支配』も発動した。
念のため「動くな」という命令を出してから、真琴が矢を放つ。出血によるダメージで倒しても、春重たちに経験値は入らない。そこで、こうして止めを刺す必要があった。
名前:ギガントシャークの歯
種別:加工用アイテム
状態:未加工
HP:600/600
ギガントシャークの体が消滅し、ドロップアイテムである鋭い歯だけが浮いている。
春重は、それを鞄の中へとしまった。
水中に、静けさが戻ってくる。
春重たちは、顔を見合わせ、互いの健闘を称えるように頷いた。
だが、水中エリアの恐怖は、まだ終わってはいない。
「ごぼがっばあばばばばぶばああ!」
丹波の必死な声がして、春重たちは一斉に振り向く。すると、エルヴァーナが丹波の首根っこを掴み、春重たちのほうへ向かって、全力で泳いでいた。面倒とでも言いたげなエルヴァーナに対し、丹波は酷く焦った様子だ。
続けて、春重たちの『索敵』スキルが反応する。エルヴァーナたちの後方から、数え切れないほどのモンスターが押し寄せてきていた。
名前:
種族:ブラッドピラニア
年齢:
状態:通常
LV:92
HP:1837/1837
SP:0/0
スキル:『噛みつき(LV6)』『突進(LV4)』『硬質化(LV2)』『水泳(LV8)』『集団戦適性』『統率』
春重たちは、揃って目を見開いた。
おそらく、水中に漂っている、ギガントシャークと春重たちの血の匂いを嗅ぎ取って、集まってきたのだろう。
一匹一匹は、大したことのないモンスターだが、こうも数が多いと、対処するにも限界がある。
仲間の視線が、春重に集まる。逃げるか、迎撃するか、すべての判断は、春重に任された。
一瞬の思考の末、春重は逃走の指示を出す。モンスターたちは、春重たちが進んできた方向から来ている。つまり、逃げるのであれば、階層の奥へ進むしかない。
春重たちは、必死に泳いだ。『水泳』スキルのレベルは、装備による補正も込みで、ブラッドピラニアとまったくの互角。しかし、他の方向から襲ってくるモンスターにも対処しなければならない春重たちは、少しずつ距離を詰められていた。
――――このままじゃまずい……!
すぐ後ろにいるピラニアたちを一瞥し、春重は焦る。
少しでも数を減らすべきか。そんな迷いが生まれた瞬間、モンスターたちの間を縫うようにして、何かが猛スピードで追い上げてきた。
「お前は……!」
きゅいきゅいと鳴くそれは、先ほど、図らずも春重の『支配』が命中してしまった、あのイルカ型のモンスターだった。
ステータスの状態欄には『命令待機中』の文字がある。
「っ! 〝連れていけ〟!」
春重が、とっさに叫ぶ。すると、イルカは春重の装備を口で掴んだ。
真琴と桜子は、すぐに状況を察し、イルカの体にしがみつく。そして、追いついてきたエルヴァーナたちと、手を繋いだ。
次の瞬間、春重たちの体は、猛スピードで水の中を進み始めた。
イルカの『水泳』スキルは、レベルMAX。その圧倒的な速度は、追いかけてくるモンスターたちを、瞬く間に引き離した。
春重が顔を上げると、やがて光が見えてくる。それは、水中エリアの終着点だった。
◇◆◇
「ぶはっ!」
水中でも呼吸できるはずが、気づかぬうちに、息を止めていたらしい。
春重は、床に手足がついていることを確かめながら、何度も深呼吸を繰り返す。近くには、仲間たちが、同じように乱れた息を整えていた。背後には、今自分たちが飛び出してきた水の壁がある。念のため警戒するが、今のところ、モンスターたちが飛び出してくる気配はなかった。
「……ありがとう。助かったよ」
春重は、水の中を優雅に泳ぐイルカに向かって、そう声をかけた。
イルカは、頭だけを水から出して、きゅいきゅいと鳴いた。実に愛らしい声だ。
「うう……めちゃくちゃ可愛い……」
春重は唸りながら、イルカの頭を撫でた。すると、イルカは嬉しそうに鳴いて、その場でくるりと回ってみせた。まるで、イルカショーを見ているようだ。
「は、春重さん……この子、連れてくことって難しいですかね?」
「うーん……」
春重としても、このまま連れて帰りたいところだったが、果たしてこのイルカは、水のないところでも生きられるのだろうか。
『万物支配』越しに、そんな春重の疑問が伝わったのか、イルカは悲しそうな顔で首を横に振った。
「難しいみたいだな」
「そ、そんなぁ……」
真琴が、残念そうに肩を落とす。
「お、おい……シゲちゃんたち……悪いけど、それどころじゃないぜ」
「え?」
丹波の呆然としたような声を聞いて、春重は振り返る。
そこには〝楽園〟が広がっていた。
床を覆い尽くす、色とりどりの花々。壁や柱を侵食している緑の蔦は、荒廃的な雰囲気を醸し出している。まるで、人類が滅んだあと、文明が崩壊していく過程を見ているような光景だった。
ひと際大きな窓からは、どこまでも広い青空が広がっている。とっくに、雲すら届かないところまで来ていたらしい。
「ははっ……いつの間にか、死んじまったのかと思ったぜ……」
丹波が、乾いた笑いをこぼす。春重も、丹波と同じように考えていた。
もしも、天国なんてものがあるのなら、きっとこういう光景が広がっているのだろうと思っていたから。
「見ろ、階段だ」
冷静になった桜子が、奥に見える階段を指差した。その声に反応して、春重たちも正気に戻る。
「やはり、さっきの鮫は、フロアボスだったようだな」
「この階層でも、すごく強いモンスターばかりだったのに……さらに上って、一体どうなってるんでしょうか……?」
「さあな。それは、行ってみなければ分からん」
慄く真琴とは対照的に、桜子は刀の柄を握りしめ、挑発的な笑みを浮かべていた。
「今日の探索は、一旦ここまでにしよう。かなり消耗したし、ひと晩しっかり休んで、明日から百三十一階層の調査だ」
春重の言葉に、仲間たちが頷く。
唯一、エルヴァーナだけが、まるで他人事のように天井を見上げていた。
「……どうした?」
「――――人間とは、本当に能天気じゃな」
エルヴァーナは、ふんと顔を逸らして、春重の横を抜けていく。
春重は、彼女と同じように、天井を見上げる。特に変わった様子はない。ならば、エルヴァーナが見ていたのは、天井のさらに向こう――――最上階か。
一体、そこには何が待ち受けているのだろう。春重の中で、恐怖心と並ぶほどの好奇心が、膨らみつつあった。




