第四十二話 パーティ会議
日差しの強さに、思わずため息が漏れそうになる。
今日の天気は、実に気持ちのいい快晴だ。梅雨の時期にしては珍しく、雲ひとつない空が広がっている。電気屋の店先に並んだ大型テレビでは、梅雨明けが近いというニュースをやっていた。もうじき、本格的に夏が始まるらしい。
春重は、夏が苦手だ。もう少し噛み砕くなら、暑いのが苦手だ。
冬なら、服を着ればどうにでもなるが、夏はそうはいかない。たとえ全裸になったとしても、暑いものは暑いからだ。
それに、夏になると、寝床が嫌な臭いを放ち始める。自分の汗、つまりは体臭のせいなのは分かっているのだが、不快で仕方がない。そのため、頻繁に洗う必要があるのがとても面倒で、尚更夏が嫌いになっていた。
若干の憂鬱を抱えながら、春重はエルヴァーナを連れて、待ち合わせ場所である探索者横丁へと向かう。
エルヴァーナと外を歩くときは、常に手を繋ぐようにしている。ずっとダンジョンで過ごしていた彼女は、好奇心の塊だ。目新しいものを見つけるたびに、すぐ駆けていってしまう。エルヴァーナが全力で走れば、現在の春重のステータスでは、とても追いつけない。故に、簡単にはぐれてしまう。手を繋ぐのは、それを防ぐためであった。
エルヴァーナ自身は、それをなんとも思っていない様子だ。子供扱いされていることすら、人間社会に来たばかりの彼女には分からない。
「おい! あれはなんだ!?」
――――始まった……。
春重は、やれやれと肩を竦めて、エルヴァーナが見ている方向に視線を向ける。
そこには、スケートボードに乗った少年がいた。少年は、地面を蹴って推進力を得ると、道行く人の間を華麗に駆け抜けていく。
春重は「危ないなぁ」と言って、少年の危険な行動に顔をしかめる。目の前にいたのなら、注意していたかもしれない。しかし、エルヴァーナには、人間の常識なんて関係ない。その目は、スケボーに対する憧れで染まっていた。
「ハルシゲ! 我、あれに乗ってみたい!」
「……あとでな」
「やだ! 今乗りたい!」
エルヴァーナは、頬を膨らませながら地団駄を踏んだ。
春重は、困った顔で頬を掻く。ここで断って、癇癪でも起こされようものなら、手がつけられなくなるのは自明だ。それは春重としても、たまったものではない。
ただ、何から何まで与えていたら、教育に悪い気もする。時には、厳しい態度を取ることも、必要なのではなかろうか。
「……食パンか、スケボーか、どちらか選ぶんだ」
「な、なんだと!? おい! ケチ臭いことを言うな!」
「労働には、対価が出る。それはこの前教えたな?」
「うむ! だからこうしてお主についていってやってるではないか! パンも、すけぼーとやらも、報酬としてよこすのが筋じゃろう!」
「ひとつの労働で得られる対価は、ひとつだ。どっちも欲しいなら、もっと労働しないと」
「そ……そんな……! ケチ! ハルシゲのケチ!」
エルヴァーナが泣きわめき、周囲の視線が集まり始めても、春重は堂々とした態度を崩さない。これも、必要な教育なのだ。
「じゃあ半分ずつ! 半分ずつじゃ!」
「スケボーの半分って……それじゃ乗れないぞ?」
「ぐっ……どうにかしろ!」
「無理だ。どっちかにしろ」
「ぐぎぎ……! じゃあすけぼーにする!」
「いいのか? 本当に?」
「うむ! 食パンは、普通のやつで我慢する!」
「……いいんだな?」
「な、何度も訊くな! いいんじゃ!」
エルヴァーナは、目をぎゅっと瞑った。
その必死な様子が、春重の父性を刺激した。厳しいことを言ったそばから、どちらも買ってやりたいと思ってしまう。しかし、ここはぐっと堪えて、エルヴァーナの手を握り直した。
「分かった、じゃあ行こう」
「うむ、さっさと連れてけ!」
そうして、上機嫌なエルヴァーナを連れて、スケボーショップに立ち寄ることにした。
「――――なんだ、それは」
春重たちが待ち合わせのカフェに到着すると、先にテラス席を取っていた九重桜子が、訝しげな顔をした。
彼女は、真紅の髪をひとつにまとめ、引き締まった脚を惜しみなく晒している。周囲の視線など、まったく気にした様子もなく、堂々と足を組んでいた。
「いいじゃろ! すけぼーじゃ!」
エルヴァーナが、抱えていたスケボーを天高く掲げる。
表面には、黒い無地のデッキテープ。裏面には、銀色の髑髏が描かれていた。エルヴァーナは、この銀の髑髏が相当気に入ったらしい。
「わぁ、かっこいいね」
桜子の隣に座っている阿須崎真琴が、ぱちぱちと拍手を送る。
長い黒髪に、まだあどけなさが残っている顔。弓道で鍛えられた体幹のおかげで、常に姿勢がよく、白いワンピースも相まって、可憐で清楚な印象が強い。
「買ってあげたんですか?」
「ああ、どうしても欲しいって言うもんでさ」
「そっかぁ。よかったね、エルちゃん」
真琴が、エルヴァーナと視線を合わせて言う。
しかし、エルヴァーナは、ふんっと顔を逸らしてしまった。
「気安く呼ぶなと言っているじゃろう! 食い殺すぞ!」
「もう、そんなこと言っちゃダメでしょ?」
「むっ……」
「言葉遣いは丁寧に。そうしたら、私たち、もっと仲良くなれるよ」
「ふんっ! お主らと仲良くなんぞなりとうないわ!」
「え~? 私はエルちゃんと、もっと仲良くなりたいけどなぁ」
「ぐっ……そんな目で見るな……」
真琴がずいっと顔を近づけると、エルヴァーナは口を噤んだ。
エルヴァーナは、何故か真琴に弱い。
真琴は、大家族の長女であり、親に代わって、下の子たちの面倒を見ることが多々ある。そのため、子供をあやすのはお手の物だ。それこそ、最強のドラゴンがたじたじになってしまうくらいには。
「春重、少しエルヴァーナを甘やかしすぎじゃないか? 調子に乗られると面倒だろう」
「ああ……。まあ、厳しくしすぎるのも良くないと思ってさ」
「この、お人好しめ」
桜子が、ため息と共に肩を竦める。
春重自身、エルヴァーナを甘やかしているというより、財布の紐が緩くなっている自覚があった。新宿ダンジョンにて、大きく稼げた弊害だろう。現在、彼の口座残高は、見たこともない桁になっている。スケートボードだろうが、高級食パンだろうが、ほいほい買い与えても、まだ余りあるくらいだ。
当分は、働かずとも生きていける。それでも、彼らは新たな稼ぎ場所を探している。
探索者には、常に命の危険がつきまとっている。
しかし、ある日突然ダンジョンがなくなって、稼げなくなることもあり得る。だから、今こうして動けるうちに、稼げるだけ稼いでおく必要があった。特に、今や一家の大黒柱になった真琴は、その意識が強い。
もうひとつ、新たなダンジョンに挑む理由がある。それは、春重の『万物支配』の秘密を解き明かすこと。
エルヴァーナが言った、支配者という存在。春重がその支配者だとしたら、自分の身に何が起きているのか、知らないままにしておくわけにはいかなかった。それに、桜子にかけた『支配』を解く方法も、まだ見つかっていない。
桜子は、その点についてはあまり深く考えていないようだった。しかし、春重としては、そうもいかない。確かに問題はないかもしれないが、まだ詳しいことは何も分かっていない力で、彼女を縛っているという状況は、精神衛生上良くない。
「じゃあ、早速だけど、次のダンジョンについて話そうか」
そう言って、春重は席についた。
「私のほうで、今の私たちのレベルで行けそうなダンジョンを見繕っておいた」
桜子が、パーティのメッセージグループに、ダンジョンの名前を張りつける。
渋谷ダンジョン、横浜ダンジョン、品川ダンジョン――――他にも多数。並んだ名前を見て、真琴が首を傾げた。
「あの……これって、全部高難易度ダンジョンですよね? 私たちでも行けるんでしょうか……」




