第十一場(東海寺)
登場人物
沢庵
友矩
宗冬
蘭
〇東海寺
東海寺全景 筧の音。
〇座敷
沢庵、友矩、宗冬、蘭の四人は座敷で茶を飲んだり、タクアンを食べながら雑談している。
友矩「和尚、実は先日、本丸大広間で『奉答の儀』が営まれましたが、そこに家光公の姿がありました」
沢庵「......」
友矩「あの家光公は、一体、誰なんですか?」
沢庵和尚は無言のまま、一口お茶を飲む。
沢庵「宗矩殿の話によれば、あれは小助という影武者じゃ。
小助は武蔵の国の小作人だったが、数年前、十兵衛殿が旅の途中で見つけ、江戸城に連れてきたとのこと。容貌は三代将軍、徳川家光に瓜二つ。だから影武者に登用された。
だが無学文盲なので、専任の側用人を就かせ、将軍にふさわしい立ち居振る舞いを教育させたと聞いておる」
友矩「和尚、でしたら最初から歌舞伎役者の藤島松五郎など、影武者にする必要なかったのでは」
沢庵「影武者は一人だけでは不足じゃ。本丸中奥に、常に少なくとも四人は詰めておる。できればあともう二人か三人必要じゃ。
将軍の執務は老中たちと側用人たちが協議して行う。
将軍が人前に出るときは、影武者が出てきて老中たちの指示通りに動く。
影武者が複数いるのは役割分担があるからじゃ。
遠国の十万石以上の大名と会談するときは、容姿はそれほど似てないが、頭が一番切れる影武者が起用される。大名との間に薄い御簾を挟んで会談すれば、顔はどうにかごまかせる。ただし話す内容の大筋は、老中から命令された通りでなければならない。
儀式のときは、容姿の似た影武者の出番となる。
将軍は常に命を狙われるもの。万一に備え、控えの影武者も何人か必要なのじゃ」
蘭「本物の将軍がいないなら、大奥に詰めている女たちは誰の相手をするのですか?」
沢庵「むろん、影武者たちじゃ。落胤が生まれると、彼らもまた成人したら影武者の候補になる。影武者の血を引いていれば、容貌も将軍に似てくるはずじゃからじゃ」
宗冬「だったら、一体、誰が徳川幕府を動かしてるんですか?」
画面は一瞬、筧をうつす。筧の音。
友矩「失礼なことを申すな、宗冬。目の前のお方がその人だ」
宗冬「えっ?」
宗冬、沢庵と目を合わす。
沢庵、微笑んでいる。
沢庵「わしは一介の坊主に過ぎぬ。何の権力も権限もない。ただ時々、自分の意見を宗矩殿に伝えるだけじゃ。そして宗矩殿がそれを老中へ伝える。それだけじゃ。
ときに友矩殿。今度、『武家諸法度』を改訂しようと思うのじゃ。これまで参勤交代は諸大名が任意で行っていたが、今後はこれを義務化しようと思うのじゃ。参勤交代を義務化すれば幕藩体制は盤石になる。この話、よければ父上に相談してもらえんかのう」
友矩「はあ......」
友矩、茶をすする。
宗冬「姉上、これ切れてないよ」
宗冬はタクアンを箸で持ち上げてみせる。二切れのタクアンがくっついている。
蘭「ちょっと待って」
蘭、懐から千鳥鉄を取り出すと、タクアン目がけて分銅鎖を一振りする。
ぶら下がっていたタクアン一切れが皿に落ちる。
友矩「お蘭!何という危ないまねを。それに和尚の手前、無礼でござる」
沢庵「まあよいではないか。友矩殿は真面目すぎて困る。もう少しおおらかに生きたらどうじゃ」
友矩「しかし......」
沢庵、友矩の憮然とした表情を見て哄笑する。
するとそれにつられるように宗冬が笑う。
そのうちにお蘭が笑う。
最後に友矩も笑う。
東海寺全景。筧の音。
(完)




