相談をしました。
ナーザント家の養女なんてお話、どうしたらいいのかわからなくて、途方に暮れる。
いいお話なのは間違いないけれど、私にとって美味しすぎて、ナーザント家には何の得にもならない気がするし、そもそも理由がよくわからない。
結局、放課後、私はエリザベスとグレイに相談することにした。
なぜグレイもなのかと言えば、エリザベスとグレイが二人でお茶をしようと話していたところに割り込んでしまったから。二人によればクラス委員の打ち合わせだったらしいけれど、空気読めなくて本当に申し訳ない。でも、本当、今日は必死だったから、エリザベスに声をかけた時、全然周りが見えてなかった。
私の表情を見て、グレイは辞退しようとしてくれたのだけど、いっそ皇太子殿下の意見も聞きたいと思ったので、同席をお願いしてしまった。
そもそもお邪魔虫は相談事が終わったら退席すればいいし。
というわけで、ファーストエリアのカフェに私たちはいる。
今日は私自身の相談事なので、私は自腹。エリザベスが出してくれるって言ったけれど、こういうことはしっかりしないと気持ち悪い。本当なら、エリザベスとグレイの分も私が払わないといけないくらいだと思う。
「それで何の話なの?」
エリザベスが私に話を促す。
席は私とエリザベスが並んで座り、グレイが反対側に座っている。本当は、エリザベスとグレイが並んで座ってくれると話しやすいなあとは思うのだけれど、そうなると、グレイが照れて話せない気もしなくもない。
「あの。実はナーザントさまから、養女のお話をいただきまして」
「えええ?」
エリザベスとグレイが異口同音に驚きの声を上げた。
うん。そりゃあ、驚くだろうな。私を養女にしてもナーザント家にそれほどメリットがあると思えないし。私は今でも信じられないくらいだ。
「レイノルドが?」
グレイが目を丸くしている。
「でも、どうして?」
エリザベスもびっくりしている顔だ。
「それが、私にもよくわからなくて」
私はアイスハーブティの氷をからからと回す。
「専属魔術師というお話ならば、まだ分かるのですが」
私は首を傾ける。
エリザベスとグレイも私に遠慮してか、今日は飲み物だけだ。
別に二人ともお菓子を食べればいいと思うのだけど。
「ナーザントさんは何て?」
「えっと。ナーザント夫人が私のことを気に入って下さって」
私はマクゼガルド家の別荘であったことを話す。
「……それで、あと、誰も気づいていない私の価値のためだとかなんとか」
「誰も気づいていない、トラウ嬢の価値?」
グレイは首を傾げ、それからエリザベスと顔を見合わせて、二人でくすくすと笑い始めた。
「なるほど。なるほどなあ」
「そういうことね」
なんかよくわからないけれど、二人は何かを納得したようだ。
「あの?」
「ごめんね。えっと。そうね。どう説明したらいいのかしら」
エリザベスが顎に手を当てて考え込む。ひょっとして複雑な事情があるのだろうか?
「エリザベス、私が話そう」
コホンと、グレイが軽く咳払いをした。
「まずは、君の価値についてだけれど、特待生であるトラウ嬢を養女にすれば、そののち、どこに就職させても侯爵家の名をあげる」
「……絶対モノになるというものでもないのでは?」
「そうだけれど、まあ、投資みたいなものだから」
グレイはくすりと笑う。
「あとは、ナーザント家には娘がいないから、政略結婚の駒にもなるのはわかる?」
「……まあ、理論的にはそうですよね。相手は嫌がると思いますが」
養女になれば一応『貴族籍』には入る。ただ私が孤児で平民であることには違いないので、大きな駒になれるかどうかは疑問だ。形だけの戸籍より、血統って思う人もいるだろうから。どうせなら、親類縁者の娘さんを養女にした方が近道だと思う。
私がそのことを話すと、グレイはエリザベスともう一度示し合わせたかのように笑った後、「道のりは遠そうだなあ」と呟く。
何が遠いのだろう。それがすぐに察することができない私は、やっぱり形だけ貴族になっても無理な気がする。
「そのことは置いておいて。そうだな。レイノルドはずっと、君に償いをしたかったのだと思う」
「償い?」
なんのことだろう。
「例の私との噂の件だな。あの時、酷く君を侮辱したことをレイノルドは悔いている」
「え? でもあの件は、もうすでにケーキをおごっていただきましたよ?」
そもそも、その後もなんだかんだと世話を焼いてもらっている。
それではまるで、私が彼からたかっているかのようだ。
「アリサが許しても、きっとナーザントさんの中では、まだ消化できていないのかもしれないわ」
「でも……」
ナーザントにとってあのことは、私だけでなく皇太子やエリザベスを侮辱したことにもつながることで、深く心に刻み反省をしているのかもしれない。
でも、正直、それはこれからの人生に生かしていくべき事柄で、いつまでも私に責任を感じているというのは、重すぎる。私にとっては終わったことだし、あの事を根に持ってなどいない。むしろ、その後、ナーザントがしてくれていることを考えたら、感謝の気持ちの方が勝る。
「レイノルドは、許されるのなら、あれを無かったことにしたいと願っている」
「でも、私の中では終わってしまっている問題なのですけれど」
「それは、レイノルドもわかっているよ」
グレイは苦笑し、カップに口をつけた。
「かけ間違えたボタンは直すことができる。でも、かけ違えたという事実は消えない」
「責任感が強すぎませんか?」
人間はそこまで完璧になれない。誰だって、間違えることはある。たった一度の間違いをそこまで引きずる必要はないと思う。彼は十分に償いをしてくれた。これ以上、過去に囚われる必要はないのだ。
それに養女というのは、彼一人の問題ではなく、ナーザント家を巻き込んでいる気がする。
足をくじいた夫人を少し助けただけで、返される御礼の大きさではない。
「レイノルドは、君を守りたいのだと思う」
グレイはどこか言葉を選ぶように口を開く。
「トラウ嬢は特待生で目立つ。もちろん、私やエリザベスも君を守るが、レイノルドやルークが卒業した後、この前のようなことがあったら、彼と同じ間違いをするような『貴族』がいないとも限らない」
「それは……」
侯爵家の養女になればその名が守ってくれるのはわかるけれど、さすがに過保護すぎる気がする。
「それに最初にも言ったけれど、心情的な責任感だけではなく、特待生のトラウ嬢には確かに『価値』がある。侯爵家として名乗りを上げることは、不思議はないと思うよ」
「殿下は、受けたほうが良いとお考えですか?」
「断わる理由はないと思うよ。ナーザント侯爵の人柄は良いと聞いているし、家格も申し分ない」
グレイは優雅にカップを置くと、にこりと笑った。
「私が考えていたよりずっといい。マクゼガルド家にもいい話だ」
「マクゼガルド家?」
どうしてここに、マクゼガルド家が出てくるのだろう?
「殿下」
コホン、とエリザベスが窘めるように咳払いをする。
「ああ、ええと。ほら、将来、エリザベスが皇太子妃になった時、君がナーザント侯爵家の養女であれば、相談役などにすることも可能だろう?」
グレイは慌てて、説明する。
ああ、なるほど。私は一応魔術師を希望しているけれど、このままでは貴族ではないから宮廷魔術師にはなれない。エリザベスが皇太子妃になったら、当然簡単に会うことは叶わなくなる。
魔術師になれば、どこでもそれなりの地位にはなるけれど、貴族籍には入らない。貴族でなければ、やっぱりエリザベスはとても遠い人で、これからはもっと遠い人になる。それが当たり前とは思っていたけれど、エリザベスは寂しく感じてくれていたのかなって思う。
それにグレイは、責任ある立場になるエリザベスのために、友人である私がいつでも彼女の味方になれる位置にいてほしいって思っているのかもしれない。
「私は受けるべきだと思うわ。アリサ」
エリザベスが私に微笑みかける。
「これ以上の好条件は来ないと思うの。養子縁組は他にも話が来るかもしれないけれど、アリサのこととを考えてくれる相手は、そんなに多くはないと思うわ」
「そうだな。私も受けるべきだと思う。心配なら一度侯爵夫妻に直接会ってから決めればいい。なんなら、誰か……私やエリザベスが同席する形にすれば、たとえ断ることになっても角は立たないだろう」
「え? 殿下も? さらに大事になってますけれど?」
ただでさえパンクしそうなのに、皇太子や未来の皇太子妃に同席願ったりしたら、侯爵夫妻もびっくりなのではないだろうか。
「侯爵家の養子縁組に皇族が関わっても不思議はないわ。それに、アリサの人生がかかっているのだもの。お兄さまもそう言うはずだわ」
エリザベスはだから当たり前よ、と言い放った。




