ルークの誕生日 7
会場に戻った私は、辺りを見回す。
フィリアが、皇妃と一緒に話をしているのが見えた。少し疲労の色がみえる。
まだ十一歳だ。私よりよほど慣れているとはいえ、人から注目されるのは疲れるだろうと思う。
ダンスの輪の方を見ると、エリザベスとグレイの姿が見えた。
そっか。フィリアを皇妃に預ける形で、グレイはなんとかエリザベスは踊ることができたみたい。
「うん。良かった」
「何が良かったんだ?」
「ひゃっ」
突然脇から声をかけられて思わず飛び上がってしまった。
「お前な。何をそんなに驚いている?」
声の方を見れば、ルークが呆れたような顔で私を見ている。
「独り言に突然、質問されたら驚きます」
私は口を膨らます。
誰も聞いていないと思った呟きを拾われたのだから、驚いて当然だと思う。
「お前、どこへ行ってた? 随分と席を外していたようだが」
エリザベスの夜会の時、私は来客の一人に襲われた。あの時と違って、今日の招待客はマクゼガルド家の身内、つまりは高貴な方ばかりだし、私は使用人扱いではないから、警備の目が届かないところにはいかないとわかっていても、前科があるから、心配をかけてしまったのかもしれない。
「ナーザント夫人が怪我をされたので、付き添っておりました」
「ナーザント夫人?」
ルークは首を傾げた。
「お前、知り合いなのか?」
「偶然、怪我をされて歩いているのを見かけたのです。最初はどなたかは存じませんでした」
どこかで見たことはあるなあとは思ったけれど。
「足が痛そうで、お一人にしておくのは気の毒だったので。ナーザント侯爵とナーザントさまがお出でになったので、こちらに戻ってきたのです」
「なるほどね」
ルークは納得したようだった。
二人で、ゆっくりと飲み物のある方へと歩いていく。
ルークは主賓のはずだけれど、私と一緒に歩いていて大丈夫なのだろうか。今回は令嬢の招待客も少ないから、ルークと一緒にいるからって睨んでくる人はいないけれど。
「ナーザント侯爵夫妻は恋愛結婚だったそうですね。私、貴族の方って、そういうのはないと思ってました」
そのせいか妙に夫人が私とナーザントの仲を誤解していて、ちょっと困ったけれど。でも私でいいっていうなら、ナーザントが誰を選んでもきっと大丈夫なのだろうな。侯爵家として、それでいいのかなとちょっと思うけど。
「ないわけじゃない。政情が安定していれば、そこまで勢力図に気を配る必要はないからな」
そうか。この国はここ何十年も戦もないし、内政も安定している。上位の貴族が恋愛結婚できるっていうのは、そういうことも大事なのだなって思う。
「では、陛下の治世のおかげ、ということですね」
「そうだな」
どんなに素晴らしい治世でも、全ての人が幸せってことは当然ない。
政治の世界では、『絶対の正義』というものは存在しないから、当然派閥争いなどもあるとは思う。
だけど、貴族同志が政治に関係なく、恋愛で結ばれる『余裕』はあるってことだ。
「エリザベスさまは政略結婚になると思いますけれど、幸せそうです」
私は踊るエリザベスとグレイを見る。あれほどベタ惚れしているグレイなのに、どちらかというとエリザベスがぐいぐい押しているように見えて面白いなあって思う。
エリザベスとしたら、グレイの不器用だけど誠実な『好意』が好ましいのだろうな。ヘタレなのはエリザベスに対してだけで、基本優秀な人だ。エリザベスが好きになっても不思議はない。
「ああ、それは、きっとお前のおかげだな」
にこりと、ルークが微笑む。
「本当に少し前まで、いがみ合ってこそいないまでも、相性最悪って感じだったのだから」
「おかげでいろんなことがありましたね」
「まあな。あの二人はもう大丈夫だろう」
飲み物のコーナーにたどり着くと、ルークが私に果実水をとってくれた。
ルーク自身は、冷たいハーブティを口にする。
「次はルークさまですね?」
「そんなことはお前が気にすることじゃない」
ルークはムッとしたようだった。
確かに、私が何か言うことじゃない。私はルークにとって部活の後輩で、妹の親友だ。
それ以上の関係ではない。前からルークは婚約者を選ぶのを嫌がっているようだった。私に言われるってこともそうだけれど、そもそもこの話題が嫌いなのかもしれない。
「でも、私でお役に立てることがあったら言ってくださいね。学院の生徒なら、こっそり調査とかもしますから」
ただ、私が調べられるようなことは、きっと調べなくてもわかるようなことだろうなと、自分では思う。私はお世辞にも社交的ではないし、平民の特待生ってことで、相手がよほどのいい人でない限り貴族子女との相性はあまりよくない。
エリザベスとお友達になってから、面と向かって蔑まれることは少なくなったけれど、エリザベス以外のクラスメイトとあまり話したことがないような気がする。
「それなら、そうだな。アリサ・トラウという女生徒について調べてもらおうか」
くくっとルークは笑う。
今さら何をって思う。生まれ育ったヴァンも、特待生であることもみんな知っているはずだ。話していないのは、前世の記憶があるってことくらい。そのことは、さすがのルークでも気づけないと思う。それに、話しても信じてもらえないに違いない。
「何をお知りになりたいのです?」
「誕生日に欲しいものは何かを調べてほしい」
「え? そんなの別にいいですよ」
私は慌てて首を振った。
「俺は、調べてほしいと言っているのだが」
グラスを優美に傾けながら、ルークは微笑む。
「私、必要な物は自分で買いますし、そもそもマクゼガルド家の方には返しきれないほど、いろいろなものをいただいております」
というか。
私はほぼ何も持っていない。このドレスだって、エリザベスからのプレゼントだ。
もう、これ以上望むのは贅沢だと思う。
「それでしたら、誕生日に『おめでとう』と言っていただけますか? オーフェの日は、祝日ですけれど」
「そんなことでいいのか?」
ルークが驚きの顔を見せる。
「その日に一人でいるのに慣れていないんです」
神殿にいた頃は、当然、一番、神殿に人が来る日と言ってもおかしくなかった。
私の誕生日だと周りも知っていたから、たくさんの人に『おめでとう』の言葉をもらった。それが今年からは無くなる。さすがに、そのためだけにヴァンに帰るのは無理だ。
「わかった」
ルークは納得したらしい。
「約束するよ」
柔らかい甘やかなルークの笑みに胸がドキリとする。
「ルーク」
ちょうどマクゼガルド公爵がルークを呼んだ。
「アリサも、その日を空けておけよ」
去り際にルークが私に念を押す。
その時、自分が『祝日』にルークに会って欲しいと言ってしまったことに気づく。
一人でいるのに慣れていない、なんて。
ずっとその日は一緒にいて欲しいと言ったと、とられてもおかしくない。思わず顔に熱が集まるのを感じていた。




