ルークの誕生日 6
ユアンを呼んでくると、すぐさま、医者が呼ばれることになった。
ここにはマクゼガルド家お抱えのオースチン医師はいないので、皇族に随行している医師が呼ばれることになったらしい。
ニーハは田舎街。いくらマクゼガルド家の別荘地だと言っても、この辺にいる町医者が、突然貴族の病気を診察とかなったら、びっくりするだろうな。
いざとなったらそうなるのだろうけれど、今日は皇妃さまの体調を心配して医師が一緒に来ていたらしい。
私は医師を呼んでくると、女性のいる部屋へ案内をした。ユアンは使用人に一通り指示を与えた後、ご家族を呼びに行ったようだ。
「的確な応急処置でしたね」
皇族の医師、ファーナントは、冷えたハンカチを見て褒めてくれた。
「どうですか? 痛みは」
「冷たさで、痛みがわからなくなりました」
女性は首を傾げる。
「失礼。おみ足を診察いたします」
ファーナントはことわりを入れてから、ゆっくりと女性の足を調べ始めた。
「骨には異常がなさそうですね。打ち身でしょう。かなり腫れておりますから、湿布をしておきましょう。数日はくれぐれも安静になさってください」
「ありがとうございます。ファーナント医師」
「いえ。お大事になさってください。侯爵夫人」
二人の会話を横で見守りつつ、とりあえずホッとした。骨が折れていないから大丈夫とは思わないけれど、大事にはなってなくてよかったと思う。
ファーナント医師は処置を終えると、部屋を出て行ったので、また私と女性だけになった。
私はもう別にいてもいなくてもいいのだけれど、ご家族の方がいらっしゃるまで残っていた方が良さそうだ。ちょっと何かするのも、足が痛そうだから。
私はそばにあった水差しに手を伸ばして、女性のために水をカップに注いだ。
「ありがとう、ええと」
「アリサです。アリサ・トラウと申します」
「あら。あなたがアリサさんなの?」
カップを受け取りながら、女性は驚いた顔で私を見た
「私をご存知なので?」
たぶんこの人は侯爵夫人だ。そんな人がどうして私を知っているのだろう。
トラウ家ってどこの家だった? みたいな反応が返ってくる方が自然なのに。
「ええ。愚息のことで、いろいろとね」
面白そうに女性は私をじろじろと見る。
愚息ってことは、息子さんだろう。私を知っているってことは、学院の生徒かな?
「あら、ごめんなさい。私はケイト・ナーザントよ。レイノルドの母親ね」
「ナーザントさまの!」
私は納得した。
若草色の髪、どこかで見た顔だと思った。
言われてみれば、ナーザントに似ている。目元がそっくりだ。
「ナーザントさまには、いつもお世話になっております」
私は慌てて頭を下げた。
「いつも愚息と一緒に夕飯を食べて下さっているのですってね。まあ。本当に可愛らしいお嬢さんだわ」
「え?」
どうしてそんなことを知っているのだろう。ナーザントって、夕飯を誰と食べたかとか、ご両親に報告する義務があるとか?
「学生中にしか食堂はいけないからって、急に夕飯を食堂で採ることにしたって聞いたから、どういうことなのかと思ったら、あなたのような可愛らしいお嬢さんと一緒だったって、うちの使用人が言っていたの」
「ええと」
それは正しいけれど正しくない。
「それは偶然です。ルークさまとナーザントさまが一緒に食べていらっしゃるところに、たまたま私の席が近いだけでして」
私は慌てて言い訳する。
「まあ。ライバルはルークさまなの? それは大変」
「ええ?!」
ナーザント夫人のぶっとんだ話についていけない。ある意味、ナーザントの母親だって思える。
「誓ってそのようなことは。お二人には学院の先輩として、とても良くしていただいているだけです。本来なら、私は、ここにいるのもおこがましい身分ですし」
「あら。うちのレイノルドはタイプじゃなかった?」
「へ?」
畳みかけるようなナーザント夫人に、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
なぜ、夫人は私とナーザントをくっつけたいようなことを言うのだろう。
私は『平民』で、しかも『孤児』だ。逆立ちしたって、侯爵家の長男であるレイノルド・ナーザントの相手になれるわけはない。
絶対にありえないけれど、ナーザントがもし私のことを好いているのであれば、なんとしても反対しなきゃいけない立場であるはず。そんな人が、けしかけてどうするのだ。
いや、これは私の知らない『貴族』のジョークってやつだろうか。
うちの息子、カッコイイでしょう? みたいな自慢なのかも。
その場合、なんて答えるのが正解なのだろう。ナーザントは、文武両道でいい人だとは思う。でも、初対面の印象が強烈すぎなので、身分とかの問題がなくても、お互い恋愛にはならない気がする。
「うちの子ったら、奥手なのよね。未だに婚約者もいないし」
ふうっとナーザント夫人はため息をついた。
「学院で誰かいい人を見つけてきてほしいって思っているの」
「ナーザントさまは人気のある方なので、ご心配ないのではないかと」
学院の中でも、ナーザントは人気投票したら上位に入りそうだ。グレイ、ルークの上に行くかどうかはわからないけれど。
「ご夫人は、政略結婚より、恋愛結婚を推奨なさっているのですか?」
ナーザント家は侯爵家。親の都合で結婚相手が決まるのが普通って気がする。
「学院の間に相手を決められるのなら、その方がいいのではないかしら。社会に出て、爵位を得てしまったら、そうも言ってられなくなるわ。本人がそれでいいならいいのだけれど」
「さようでございますか」
つまり、学院の間に恋愛相手が出来れば恋愛結婚でいいけど、卒業しても相手がいないなら、親が決めるよってことなのかな。
ナーザントなら、選び放題だと思うのに。
「私と夫は学院で知り合っての恋愛結婚なの。だからできればあの子もそうして欲しいなって思っているのよ」
「そうなのですか」
なるほど。そういうことなのか。夫人は恋愛結婚をして幸せだから、息子もそうなってほしいって願っているのだろう。
とはいえ、恋愛結婚に寛大でも、ある程度の爵位のある家の令嬢の方が望ましいに違いない。平民なら、例えば私の同室のマリアのように大きな商家の娘なら許されるかもしれないとは思う。
でも、私はない。
いや、そもそも私とナーザントの間に、恋愛感情は存在していないのだけど。
「ナーザント夫人、侯爵さま、令息さまをお連れいたしました」
「どうぞ、入って」
ユアンと共にやってきたのは青色の髪の男性と、ナーザントだった。
「ケイト、大丈夫か?」
心配げに声をかけたのは侯爵だろう。髪の色は違うけれど、ナーザントに似ている。目元は少し違うけれど。
「少し足を打っただけよ。アリサさんのしてくれた応急処置のおかげで、だいぶ良くなったわ」
夫人ににこやかに紹介されて、私は恐縮して慌てて頭を下げる。
「そうか。それは感謝する」
「ありがとう、トラウ嬢」
侯爵とナーザントに頭を下げられて、私はますます恐縮してしまう。大したことは何もしていないのにって思う。治療をしたのは、ファーナント医師なのだし。
「なんだ、レイノルド、お前の知り合いか?」
「はい。彼女は学院の『特待生』です」
ナーザントはにこやかに侯爵に紹介してくれたけれど、今、その情報要るのかな。
ああ、でも、そうか。正式な夜会ではないにせよ、私がルークの誕生日会に参加している理由にはなるのか。
ここにいるのは、みんな高位貴族ばかり。いわばみんな顔見知りだ。
ドレスをまとってはいても、私は異分子だから。
「ほぅ、随分と強い風の加護を持っているね」
侯爵は納得、というように私を見る。
「レイノルドと仲がいいみたいよ」
にこりと、夫人が口をはさむ。
「なるほど。とても美人だな。レイノルドは私に似て面食いだ。よくわかるよ」
侯爵はにやりと口の端をあげて私を見る。
えっと。これ、どういうことかな。
「違います。父上も母上も、誤解を招くようなことは言わないでください」
ナーザントが顔を赤らめて怒った。
まあ、そりゃあそうだ。私のことは手のかかる後輩にくらいにしか思っていないだろう。ナーザントは優しいけれど、おそらく初対面時の罪の意識だ。
「ナーザントさまには、いつもお世話になっております。あの、ご夫人。ご家族がお見えになられましたので、私はここで失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、そうね。ごめんなさいね、付き合わせてしまって。レイノルド、会場までエスコートしてあげて」
「わかりました」
断ろうと思ったのに、先にナーザントに頷かれてしまった。
なんだろう。ナーザントは夫人に誤解されたままで、いいのだろうか。
とはいえ、ここで強引に断って出ていくのも角が立つので、甘んじて受けることにした。
「申し訳ない。母が勝手なことを言って」
部屋を出るとナーザントがペコリと頭を下げる。
「いえ。私の方こそ、申し訳ございません」
廊下を歩きながら、私も謝罪を返した。
「夕食をご一緒していることをご存知で、おからかいになったのだと思います。だいたい私がナーザントさまとどうにかなるなんて、あり得ないですよね」
パーティの会場に戻りながら、私は苦笑する。お互い恋愛感情なんて欠片もないのに。
「……そうですね」
ナーザントは頷く。
気のせいだろうか。
その横顔は、なぜか寂しそうに見えた。




