ルークの誕生日 5
楽の音に合わせて、ステップを踏む。
驚くほどに身体が動く。こんなの授業では一度も味わったことがない。
ダンスは上手な人と踊ると、相手がカバーしてくれるから上手く踊れるって話は本当なんだ。
「大丈夫、うまく踊れているぞ」
ルークが優しく微笑む。
胸がドキドキして、ステップが頭からとんでしまいそうだ。
「話かけられると、ちょっと」
ダンスを踊るというミッション中に、会話とか無理。しかも、ルークの綺麗な顔が目の前にある。心臓にかなり負荷がかかっている状態なのだ。私に余裕は全くない。
「ダンスの時間は密談のチャンスだぞ」
「無茶です」
ルークの言うことはわかる。
貴族の男女はダンスの間にお話をしたりするらしい。一曲のダンスの間に、恋の駆け引きはもちろん、政治的な駆け引きまで行われると聞く。
ただしそれは、ダンスの基礎が身体に叩き込まれているからこそできることだ。
ルークのダンスが上手いおかげで、私もなんとなく踊れてはいるけれど、踊る以外のことに神経が回るほど余裕はない。
「必死だな?」
「当然です」
ダンスの試験をギリギリで合格した私が、いくら少人数とはいえ皇族が参加するような場所で踊るなんて、無茶すぎる。醜態をさらせば、このドレスを用意してくれたマクゼガルド家にも泥を塗ってしまう。
普通に考えたら、ルークのファーストダンスはエリザベスのはずだ。それなのにミンゼン公女、フィリア皇女をも差し置いて、私と踊るなんてルークは何を考えているのだろう。
もっとも私と踊ったところで、政治的なパワーバランスは変わらないし、誰にも意中の相手とか思われないだろうから、ノーカウント扱いなのかも。
必死で踊っていたせいか、あっという間に一曲が終わり、私たちは、踊りの輪から離れた。ダンスは終わったけれど、私はルークにエスコートされたままだ。離れてすぐに別行動ってわけではないらしい。
常識的には何が正解なのかは知らないけれど。ダンスの輪の中に置いていかれたら、どうしたらいいかわからないので、慣れない私に配慮してくれたのかもしれない。
「実際に踊ってみると、授業とは違うだろう?」
「はい。というか、ルークさまが凄すぎます」
私が一人で踊ったら全然できなかったと思うステップが、なぜか踏めてしまう。
「少しは尊敬したか?」
「……尊敬は前からしています」
「そうは思えない」
ルークは冗談めかして笑う。
「そんなに私は不敬でしょうか?」
「ある意味では。まあ、アリサの場合、不敬というよりは鈍いの方が正しいが」
「鈍い?」
私は首を傾げる。
「気にするな。ある意味ではお前の良さでもあるわけだから」
「はあ」
鈍いのが良さでもあるって、意味が分からない。
はっ。
こういうところが、鈍いってことなのだろうか?
「お兄さま、アリサ、お疲れさま」
ドリンクのコーナーにいくと、エリザベスが出迎えてくれた。
「とても素敵だったわよ、アリサ」
「ありがとうございます」
エリザベスは私のダンスの実力を誰よりもわかっているから、ひょっとしたら気が気じゃなかったのかもしれない。
この反応は、一応及第点だった、ってことかな。
「レイノルド達は?」
「踊りに行かれました。ほら、あそこに」
エリザベスが指刺した先に、ナーザントとミンゼンが一緒に踊っていた。
とても息があっていて、素敵だ。
「ルーク兄さま、踊りませんか?」
可愛らしい声の方を見ると、フィリア皇女とグレイがダンスを終えてこちらにやってきていた。
どうやら二人もファーストダンスを終えたらしい。
フィリア皇女はルークを真っすぐに見つめて、微笑む。非常に可愛らしい。
そして彼女はたぶん、自分が可愛らしく見えることを当然知っている。だからこそ、とても無邪気だ。
「わかりました。フィリアさま」
ルークは優美にフィリア皇女の手を取って、ダンスの輪の方に向かう。
二人ともキラキラしていて身長差はあるものの、とても素敵なカップルに見える。
そして、急に二人が遠い世界に行ってしまったようだ。
「トラウ嬢も、ダンスがうまくなったね」
「え? そんなことは」
グレイに話しかけられて、私は慌てて首を振った。
「ルークさまが上手だからです。私はステップのことで頭がいっぱいで」
「あら。でも、本当に上手だったわよ。心配したけれど、あれならたぶん、二学期も大丈夫ね」
エリザベスが冷たいハーブティを私に手渡しながら微笑む。
「そうだといいのですけれど」
二学期からは、パートナーと踊る練習も始まる。
みんながみんなルークと同じように踊れるなら、大丈夫だと思うけれど。
「それにしてもトラウ嬢、ルークとはだいぶ親しくなったみたいだね」
グレイが意味ありげな笑みを浮かべる。
「へ?」
「この前までは、家名呼びだったのに」
「そうなのです。私もびっくりしましたわ」
エリザベスもグレイも楽しそうだ。この二人は、相変わらず、私をダシにして会話する。もはや仲良く二人で話せばいいのに。
「夏休みに、部活の先輩に名前で呼ぶように命じられたのです。そこに居合わせたルークさまも、同じようにおっしゃっただけです。何があったとかいうことではありません。それに、ここで家名でお呼びしたら、誰のことだかわからないではありませんか」
「そうね」
エリザベスが微笑する。
「アリサは苦労するわよね。お兄さまは遠慮しないから」
「全くだ」
グレイも同意する。
「後輩としてたいへん可愛がっていただいております」
可愛がられすぎて、同じ部の一年生と仲良くなりにくいけど。
「後輩として? それだけだろうか?」
グレイが首を傾げた。
「ええと。では、エリザベスさまの親友として、ですかね」
「そういうことにしておきましょうか」
エリザベスが笑いをこらえるような顔をしながら頷く。
「お二人は踊りに行かれないのですか?」
「今日の私は、妹をエスコートしないといけないから」
グレイが頭を掻く。
「そうですね。フィリアさまをお一人にするわけにはいきませんもの」
え、そうか。だったらフィリアがルークと踊っている今こそ、ダンスのチャンスなのでは?
「トラウ嬢が何を考えているのか、なんとなくわかる」
「ダンスをするより、こうしてお話している方がいいの」
だったら、私は席を外したほうがいいかな。
せっかくの二人きりなのだし。
「私、ちょっと、お花摘みに行ってきます」
少々わざとらしいとは思うけれど、トイレであればエリザベスだって止めない。
二人のそばを離れた私は、会場を出た。
お手洗いは会場出てすぐで、会場の横には休憩用の控室もある。
既に何日も滞在しているから、お屋敷の間取りもよくわかっているから、このまま部屋に帰ってしまうこともできるのだけれど、それはさすがに自分勝手すぎるだろう。
どうしようかな、と思っていたら、一人の女性が会場から出てきた。
若草色の髪をした、三十代後半くらいの綺麗な女性だ。どこかで見たような顔つき。
なんだか、酷く辛そうな顔をしていて、歩き方がおかしい。
「あの、どうなさいました?」
「大丈夫ですわ。少し休憩しようと思っただけですから」
女性は平然な顔を繕おうとしているけれど、明らかにどこか痛そうだ。
「失礼ながら、肩をおかししますね」
私は彼女の肩を抱えて、休憩室につれていった。
部屋の中には誰もいない。いつ誰が来てもいいように明かりはついていて、水差しとコップが置かれている。
私は彼女を椅子に座らせた。
「お痛めになったのは、足でしょうか?」
貴族は他人にあまり弱みを見せたくないものだとは聞いているけれど、こんなところで意地を張っていても誰も得をしない。
「ごめんなさいね。少し足をくじいてしまって」
女性は苦笑する。
「足を見せていただいても?」
私はかがんで、彼女の右足を見る。
足首をひねったのだろう。やや腫れているようだ。
「あなたは?」
女性は私の顔を心配げに見ている。
「アリサ・トラウと申します。エリザベスさまの友人です」
私は応えながら、水差しを取りに行く。
「冷やしますね」
治療というほどではないけれど、まずは少しでの痛みを和らげた方がいい。
水差しで、持っていたハンカチを水でぬらす。そして足に巻き付けてから氷魔法で少しだけ凍らせた。
「冷たいっ」
女性が顔をしかめる。
「少しだけご辛抱を。人を呼んできますので、ここにいてください」
私は部屋を飛び出し、執事のユアンの元へと急いだ。




