ダンス
グレイ視点SS
挨拶を終え、夜会会場に入った私は、ところどころで他の招待客につかまりながら、エリザベスの姿を探す。
エリザベスはトラウ嬢といっしょに話をしていた。
「やあ、トラウ嬢」
エリザベスに会いに行ったのに、どうしてもトラウ嬢に声をかけてしまう。エリザベスに声をかけて、返事をしてもらえなかったらと思うとどうしてもためらってしまう。
「殿下、お飲み物はご入用ですか?」
「いや、とりあえず挨拶をしただけだ」
不甲斐ない私に呆れたようだった。
はっきり言えよと言いたそうな目を向けてから、彼女はエリザベスの方を見てから話しかけてきた。
「今日のエリザベスさまのドレス、殿下のプレゼントなんですってね? とっても美しいです」
「殿下、この度は素敵なドレスをありがとうございます」
エリザベスが私に淑女の礼をする。
「あ、ああ」
あまりの美しさに言葉を失っていると、トラウ嬢に睨みつけられた。
「とても似合っている。綺麗だ」
ようやく言えた。たったこれだけの言葉が、今までは言えなかった。
「ダンスが始まっていますよ?」
トラウ嬢はさらに私の背を押してくれる。
ここで逃げたら駄目だってことは、自分でもわかっている。
「エリザベス、どうか私と踊ってくれないだろうか」
「はい。喜んで」
エリザベスが微笑む。
ああ、本当にトラウ嬢のおかげだ。
私はエリザベスの手を取って、ダンスの輪に入って行く。
エリザベスとのダンスは初めてではない。だけれど、どちらかというとお互いの義務みたいに踊ることが多かった。だから、こんな風にエリザベスが微笑んでくれることはなくて、私は舞い上がる。
曲が終わっても、私はエリザベスの手をはなさなかった。
「殿下?」
「もう一曲、踊ってもらえないか?」
「……はい」
彼女は、顔を赤らめた。
今までだって、本当はそうしたかった。だけど、エリザベスがあまり楽しんでなさそうだったから、言えなかった。
でもそれは、私の言葉が足りなさ過ぎたと思う。
それに気づくことができたのは、トラウ嬢のおかげだ。
「うふふ。アリサのおかげね」
くすっとエリザベスが笑う。
「殿下と踊るのがこんなに楽しい事だったなんて、アリサと話すまで私はきづいていなかったの」
「ああ」
私は頷く。
トラウ嬢には、いつか恩を返さないといけない。
「トラウ嬢が望むなら、卒業後の就職や縁談も世話しようと思っている」
「まあ」
エリザベスは驚いた顔をした。
「就職はともかく、縁談はダメですわ」
「そう思うか?」
そんな気はしていた。
「お兄さまを敵に回したくないでしょう?」
「ああ、そうだな」
普通に考えたら平民のトラウ嬢が貴族に嫁ぐことはあり得ない。
ただ、彼女の魔力は強大だ。貴族にとって、魔力とは権力の源だから、身分はそれほど障害にはならない。いざとなれば養子縁組をしてしまえばいいのだ。加えて彼女は美しい。
「ルークのお手並み拝見、というところかな」
「ええ」
エリザベスが楽しそうに笑う。
この表情を見ることができるようになっただけで、私はトラウ嬢に一生分の借りがある。そんな気がした。




