第76話 優勝の代償と、意志ある建国
前回のあらすじ
空が裂ける→悪魔の大軍現る→研究会メンバー負傷→エルクキレる→圧倒
空を裂いて現れた悪魔の大軍は、ただ一人の少年と彼が率いる従魔たちによって、文字通り塵一つ残さず殲滅された。
未曾有の危機から救われた王都は、悪魔が消え去った直後こそ深い静寂と恐怖に包まれていたものの、事態を正確に把握するにつれ、熱狂的な歓喜の渦へと飲み込まれていった。
「王都が救われたぞ! 英雄エルクとその従魔たちのおかげだ!」
「武術大会の優勝なんて目じゃない! 彼は救世主だ!」
闘技場から逃げ延びた観客たちを中心に、エルクを称える声が爆発的に広がる。
学園側も、エルクの圧倒的な武功と、決勝戦でアレンが自ら降伏していた事実を鑑み、今年の武術大会・個人戦の優勝者を正式に「エルク」と発表した。
だが、その熱狂の裏側で、国家の中枢を担う者たちの反応は全く異なっていた。
「……あのような規格外の存在を、ただの一学生として野放しにしておけるわけがなかろう」
王城の奥深く。
王族や騎士団の上層部は、エルクという存在の『処遇』について連日連夜、頭を抱えていた。
単体で国を滅ぼす竜や、悪魔の幹部を瞬殺する巨大狼を従え、大悪魔すら素手で粉砕する少年。
下手に刺激して怒らせれば、今度こそ王都が物理的に消し飛ぶ。だが、他国への牽制や国家防衛の観点から見れば、これ以上なく喉から手が出るほど欲しい『究極の軍事力』でもあった。
「彼を英雄として厚遇し、王家直属の騎士として迎え入れるのだ。あの強大な従魔たちも、国家の管理下で兵器として運用する。……モンスターとの共存を謳う彼の研究会も、国が支援するという名目で監視下に置けばよい」
恐怖と欲望が入り混じった結論が、王宮でひそかに下されていた。
・・・・・
悪魔襲来事件から数日後。
『モンスターの国研究会』の部室には、いつものように穏やかな時間が流れていた。
『エルクさん。クラウさんたちの身体の魔力循環、完全に正常値に戻りましたよ。もう後遺症の心配はありません』
「おぉ、ありがとうライ。本当に助かったよ〜」
部室のソファで、知性派のプチスライムウィザードであるライが、丁寧な口調で報告をする。
その言葉通り、悪魔の攻撃で重傷を負っていたクラウ、ソウ、メル、エネの四人と、従魔のバオム、ベルは、ライの完璧な複合回復魔法によってすっかり元の元気を取り戻していた。
「いやぁ、このスライムの魔法には本当に驚かされたぜ。まさか、俺たちの命まで救われちまうとはな」
クラウが自身の身体を確かめるように軽く腕を回しながら笑う。
「だってさ! ライよかったね!」
『僕の力などエルクさんの魔力があってこそです。それに、兄さんの協力もありましたから』
『へっへーん! おいらの無尽蔵の魔力と、ライの頭脳が合わされば無敵ッスよ!』
兄として得意げに跳ね回るスラと、それを冷静に補佐するライ。エルクの足元には、すっかり日常に戻った温かい光景が広がっていた。
「……で? エルク、さっき学園長に呼ばれて応接室に行ってたんでしょ。どうだったのよ」
ソウが、淹れたての紅茶をテーブルに置きながら鋭く問いかけた。
エルクは「うぇぇ……」と心底嫌そうな顔をして、机に突っ伏した。
「王族の使いの人と、騎士団の偉い人が来てたんだよ〜。僕を『王家直属の騎士』にしてくれるんだってさ」
「はぁ!? 騎士って、あんたが!?」
「うん。それで、ウルやドラゴたち従魔は『国家の防衛兵器』として国が管理するから差し出せ、って。ついでに、この研究会も国の施設として保護してあげるって言われたよ」
その言葉を聞いた瞬間、部室の空気がピリッと凍りついた。
メルの笑顔が消え、エネが不安そうに身を縮める。クラウはギリッと奥歯を噛み締め、ソウは冷たい目で舌打ちをした。
「……ふざけてるわね。保護って名目で、私たちを人質にしてあんたを縛り付ける気じゃない」
「モンスターとの共存を、ただの政治の道具として利用する気かよ……!」
王族や騎士団の狙いは明確だった。
エルクを英雄として祭り上げる一方で、その実、国家という巨大な枠組みの中に彼と従魔を閉じ込め、逆らえないように手綱を握ろうというのだ。
「主様はどう答えたんですか?」
部室の隅で静かに本を読んでいたメアが、本から目を離して尋ねた。
エルクは机から顔を上げ、のんびりとした、しかし微塵の迷いもない声で答えた。
「お断りしま〜す、って言ってきたよ」
「……ぶっ」
クラウが思わず吹き出す。
「相手は王族の使いだぞ!? よくそんな軽く断れたな!?」
「だって、ウルもドラゴもスラもライも、僕の大切な家族だもん。誰の道具にもならないし、兵器になんて絶対させないよ」
エルクの言葉に、スラとライが嬉しそうにエルクの足にすり寄った。
「それにね、僕たち研究会は、誰かに管理されて活動するようなものじゃないでしょ。王族の人には『しつこくするなら、王城ごと更地にするよ?』ってちょっとだけお願いしたら、青い顔して帰ってったよ」
「あんた……それ、国に対する立派な脅迫だからね……」
ソウが頭を抱えるが、その顔にはどこかスッキリしたような笑みが浮かんでいた。
学園長であるジン爺も同席していたようだが、彼はただ「ほっほっほ」と笑って、エルクの暴言を黙認していたらしい。
「でも、問題はこれからだよ」
エルクは真剣な表情に戻り、仲間たちを見渡した。
「今回みたいに、僕の力や、従魔の存在を狙ってくる人は、王都にいる限りずっと現れると思う。僕だけならともかく、クラウやソウたちまで政治の道具として利用されかねない」
悪魔の襲来という危機は去ったが、今度は『人間社会のしがらみ』という、別の厄介な問題がエルクたちに牙を剥き始めていた。
エルクが王都にいて、国に属さない強大な力を持っている限り、この面倒事は一生続く。
平穏な日常。のんびりとしたお昼寝の時間。大好きな仲間とモンスターたちが笑い合える場所。
それらはもう、この王都には存在しないのだ。
「……だから、決めたんだ」
エルクが、立ち上がった。
その瞳には、かつてないほど真っ直ぐで、力強い光が宿っていた。
「僕たちは、誰の道具にもならない。王都の都合や、国のルールに縛られるつもりもない。……だったら、自分たちのルールで生きられる場所を、自分たちで作ればいいんだ」
「自分たちで、作る……?」
クラウが鸚鵡返しに呟く。
エルクは大きく頷いた。
「うん。王都から遠く離れた、誰も手出しできない辺境の森。そこで……僕たちの『国』を作ろう」
静かな部室に、エルクの途方もない宣言が響き渡った。
国を作る。
それは単なる逃避ではない。国家からの干渉を完全に跳ね除け、人間とモンスターが本当に共存できる理想の場所を、一から自分たちの手で創り上げるという、明確な意志の表れだった。
「……ははっ」
最初に笑い声を上げたのは、クラウだった。
「王都が窮屈なら、辺境で国を建てるか。お前らしい、とんでもない極論だな」
「でも、エルクくんの言う通りかもしれないわ」
ソウが紅茶のカップを置き、楽しそうに微笑む。
「王都の政治家たちに気を遣いながら共存の研究をするなんて、そもそも無理があったのよ。誰も口出しできない私たちの国を創る……最高にワクワクするじゃない」
「私も賛成です! エルクさんと一緒なら、どこへだって行きます!」
「うん! ファンたちも、森の方が絶対楽しいもんね!」
エネとメルも、迷うことなくエルクの提案に賛同した。
「……私の『魔眼』でも、ここから先の未来は白紙みたい」
メアが静かに立ち上がり、エルクの隣へと歩み寄った。
「もちろん! メアの力は、これからの国作りに絶対必要だからね〜」
エルクがいつもの気の抜けた笑顔で歓迎すると、部室のドアが「ガチャリ」と開いた。
「ほっほっほ。どうやら、若者たちの腹は決まったようじゃな」
入ってきたのは、ジン爺だった。
彼はエルクたちのやり取りをドアの外で聞いていたのだろう。その顔には、教え子の旅立ちを祝うような、温かくも誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「お主らが辺境へ向かうのであれば、ワシが学園長として、いや、この国の重鎮として、後腐れのないようすべての根回しをしておいてやろう。国家からの干渉は、ワシがすべて処理しておく。お主らは何も気にせず、理想の場所を創り上げるがよい」
「ジン爺……ありがとう!」
エルクが深く頭を下げる。
王都最強の魔法使いであり、最大の理解者であるジン爺の後ろ盾。これほど心強いものはない。
「エルク」
クラウが、エルクの前に立ち、その右手をスッと差し出した。
「お前の途方もない夢に、俺たちも最後まで付き合うぜ。……俺たちの本当の『モンスターの国』を、創ろうぜ」
「うん!」
エルクは、親友の差し出した手を、力強く握り返した。
「よし! それじゃあ、明日から引越しの準備だね! みんな、僕たちの国を作ろう!!」
エルクの元気な声に、仲間たちとモンスターたちの歓声が重なり合う。
のんびりとお昼寝をするために。
大切な家族と、笑顔で暮らすために。
最強のモンスターテイマーと仲間たちによる、規格外の『辺境建国』の物語が、今、ここから幕を開けようとしていた。
――第一部・王都学園編 完
――次章・『辺境建国編』へ続く。
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