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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第三部・悪魔残党 / 旧共存国家編
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第111話 影に触れた子

 翌朝、エルクは昨夜のことを、クラウたち中の数人にだけ伝えた。


 避難民の中に、黒い影に触られた子がいる。ミナが、夜のうちに、打ち明けてくれた。


「やっぱり、か」とクラウは、低く言った。


「悪夢の出どころが、避難民の中にあるんじゃないかって声は、前からあった。だが、これで、はっきりした」


「はっきりしたからって、追い出すためじゃないよ」とエルクは、すぐに言った。


「その子を、どうやって守るか。それを考えるために、伝えたんだ」


 クラウは、しばらく黙ってから、頷いた。


「分かってる。お前のことだ。そう言うと思った」


・・・・・


 ライが、避難民の仮住まいを、そっと調べて回った。


 うなされた者の周りに残る、薄い黒い魔力。ライは、それを見分けることができる。仮住まいを一つずつ回って、黒い気配の濃いところを、静かに探していった。


 そして、一番奥の小さな天幕の前で、ライは足を止めた。


「……ここが、いちばん濃い」とライが言った。


「この中にいる子から、薄く、黒いのが滲んでる。強くはない。でも、確かに、付いてる」


 天幕の中にいたのは、小さな子だった。避難民の子供のひとり。頭に、ミナと同じ短い角が、ちょこんと生えている。小角族の、まだ幼い男の子だった。


 名前を、ノノ、といった。


 ノノは、エルクたちが天幕の前に立つと、びくっと体を縮めた。大きな目に、いっぱいの怯えが溜まっていた。


・・・・・


「ノノ」とメルが、しゃがんで、目線を合わせた。


「こわくないよ。ちょっと、お話、いいかな」


 ノノは、首を横に振った。それから、消え入りそうな声で言った。


「……ぼくの、せいなんでしょ」


 エルクは、息を呑んだ。


「みんなが、こわいゆめを見るの。ぼくが、いるから。ぼく、しってるんだ。ぼくがねむると、へやが、くらくなるの。だから……ぼく、ねむらないようにしてるの」


 ノノの目の下には、黒いくまができていた。眠れば、周りに悪夢を振りまいてしまう。それが分かっているから、この子は、眠ることを、自分でやめようとしていた。


「悪意なんて、どこにもない」とエルクは、思わず呟いた。


 いちばん怖がっているのは、周りの大人たちじゃない。この、小さな子自身だった。自分のせいで皆が怖がっている。そのことに、誰よりも傷ついていた。


・・・・・


 ノノのことは、すぐに、国の中に広まった。隠しきれることではなかった。


 そして、案の定、隔離を求める声が上がった。


「悪夢の元が分かったなら、話は早い。その子を、どこか離れた所に閉じ込めればいい」と、住民のひとりが言った。


「そうすれば、もう誰も、悪い夢を見なくて済む」


 ラミアの長老も、心配そうだった。


「うちの子供らにも、影響が出たらどうする。あの子を、子供らから引き離してほしい」


 無理もない声だった。皆、自分の子を守りたいだけだ。エルクにも、それは分かった。


 けれど――。


 その時、エネが、前に出た。ふだんは後ろに控えている、おとなしい後輩だ。けれど、その声は、はっきりしていた。


「閉じ込めるだけじゃ、なんにも変わらないよ」とエネは言った。


・・・・・


「あたしは、こわがられるモンスターと、ずっと一緒に暮らしてる」とエネは言った。


バジリスクやマンティス。一目見れば、誰もが身をすくめる従魔たちだ。


「みんな、最初は、あの子たちを閉じ込めろって言った。危ないから、見えないところにやれって。でもね、閉じ込めても、こわさは消えなかった。消えたのは、その子たちの居場所だけ」


 エネは、ノノの天幕の方を見た。


「あの子は、悪魔じゃない。悪魔に、触られただけ。触られたから、悪い子になるわけじゃない。閉じ込めたら、あの子は『自分は危ないものだ』って、思い込んじゃう。それこそ、影の思うつぼだよ」


 隔離を求めた住民が、口ごもった。


「だが、もし、その子が夜中に暴れたら……」


「そのために、見回りがいるんだ」とソウが、静かに言った。


「閉じ込めて見ないふりをするより、そばにいて、すぐ動けるほうが、ずっと安全だ。隔離は、安心に見えて、いちばん危ない。何かあったとき、誰もそばにいないんだからな」


 住民は、まだ納得しきってはいなかった。けれど、頭ごなしに言い返すことは、しなくなった。


 エルクは、エネの言葉に、強く頷いた。


「その通りだ」とエルクは言った。


「ノノは、悪い子じゃない。悪魔に触られて、いちばん困ってるのは、ノノ自身なんだ」


・・・・・


 エルクは、皆の前で、決めた。


 ノノを、追い出さない。閉じ込めもしない。けれど、何もしないわけでもない。


「外周に、ノノのための場所を作る」とエルクは言った。


「閉じ込める檻じゃない。安心して、眠れる場所だ。そこで、皆で見守る。ひとりにはしない」


 ソウが、安全の手順を足した。


「万一、夜にあの黒いのが暴れたときのために、すぐ動ける距離に、見回りを置く。これは、ノノを見張るためじゃない。何かあったとき、いちばん先に、ノノを助けるためだ」


 そして、ライが、前に進み出た。


「黒い魔力を、完全には消せない」とライは言った。


「でも、抑えることなら、できるかもしれない。あの子の周りに、簡単な結界を張る。眠っても、黒いのが外に滲み出さないように。試してみる価値はある」


 その夜、ライは、ノノの新しい寝床の周りに、淡く光る簡易結界を張った。


 ノノは、おそるおそる、その中で横になった。久しぶりに、眠ることを、自分に許した。


 結界の光は、夜のあいだ、静かに灯り続けた。


・・・・・


 その夜、メアも、ノノの寝床の近くにいた。


 住民たちの夢を聞き取るのが、メアの役目だ。メアは、結界の外に座って静かに目を閉じ、夜のあいだ流れてくる夢の気配を、じっと窺っていた。


 明け方、メアは、エルクにそっと告げた。


「昨日までは、夜中になると、いろんな人の夢に、黒いものが滲んできてた」とメアは言った。


「でも、今夜は……ノノの周りで、それが、ぴたっと止まってるの。結界の中に、収まってる。外には、漏れてない」


「ライの結界が、効いてるんだね」とエルクは言った。


「うん。完全じゃないけど」とメアは頷いた。


「少なくとも、今夜は、誰も、悪い夢を見てない」


 その様子を、少し離れたところから、ミナが見ていた。


 追い出されると思っていた子が、追い出されるどころか、皆に守られて、静かに眠っている。見回りの者は、ノノを見張るためではなく、ノノが安心して眠れるように、外で夜の寒さに耐えていた。


 ミナは、何も言わなかった。けれど、その目から、さっきまでの尖りが、少しだけ、消えていた。


・・・・・


 翌朝、ノノは、少しだけ、眠れた顔をしていた。


「……ゆめ、見なかった」と、ノノは小さく言った。


それから、おずおずと、エネを見上げた。


「ぼく、ここに、いてもいいの?」


「いいに決まってるでしょ」とエネは、ノノの頭を、そっと撫でた。


「こわいものと暮らすのは、慣れてるんだから。あたしに任せて」


 エルクは、その様子を、少し離れて見ていた。


 危ないかもしれない者を、追い出すでもなく、閉じ込めるでもなく、どう一緒にいるか。それは、ノノひとりの話では、終わらない気がした。これから、もっと大きな問いになって、自分たちの前に立つ。受け入れた者が、門を開けた――地下の一行が、まだ、頭の隅で響いていた。


「エネ」とエルクは言った。


「ノノのこと、頼んでもいいかな」


「うん」とエネは、迷わず頷いた。


「この子のことは、あたしが見る」


 小さな結界の中で、ノノが、初めて、ほんの少しだけ、笑った。

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