闇の彼方から(10)
「アトス! 奴はさっきの傷が治癒しているぞ!」
「分かっている、【エクステンション!】」
白銀の装甲がアトスの身を包み、さらに硬質変化する。
【アサルト・モード!】
アトスの身体から爆熱のような噴煙が出て、烈火の如く突進した。
「ゴミが!」
しかし一瞬の技は、怪物の腕で止められる。
「やはり、こいつ……強くなっている!」
アトスが舌打ちする。
だがそこで地を蹴り、ミクモとガイアブレードが飛び出した。
【プラズマ・レストンブレードッ!】
「えぇぇぇやっ!」
それぞれの一撃が怪物の顔面に直撃し、一瞬の怯みをみせたところで、
【ドラゴニック・バスター!】
イーゴンの斧から放たれた斬撃が怪物の表皮を薙ぎ、
【ブレイブストーム!】
ダメ押しの一撃が怪物の足場を崩した。
「っち、蝿のように!」
怪物がバランスを崩す。
「倒しきれんかーーならば、私を使え!」
しかしそこへ、ガイアブレードが巨大な魔導砲へと変形をした。
「ガイアブレード? お前、武器なのか?」
「我が魂、エアロクラスター! 魔法の使える貴様なら撃てるはずだ!」
アトスの手元に渡る、ガイアブレード。
その肩を掴む、イーゴン、ミクモ、ソレイユ。
「これで倒せなければ、終わるしかあるまい!」
「だったら、これで終わらせてやる! もちろん相手の破壊でな!」
アトスが叫ぶ。
「頼むぞ、ガイアブレード! エアロクラスター・発射!」
皆が魔力を込めると、変形したガイアブレードの砲塔から巨大な緑色の線状光線が放たれ、怪物の半身を吹き飛ばす。
「っつ、反動が尋常じゃない!」
イーゴンとミクモが必死に踏ん張るが、数秒照射した後にアトスの変身が解け、全員まとめて反動でひっくり返る。
「くそっ、とんだ欠陥兵器だな」
ミクモが悪態を付くか、巨大となった怪物さえもここまでのダメージが入り、驚きを隠せないようだった。
「ぐ……あげ……」
怪物が、何事かを喋った。
「トドメを刺しそびれたか」
ミクモがレイピアを再び抜刀し、怪物の顔に突きつけようとするが、ふとその太刀が止まった。
「ーーどうした、ミクモ」
僕が茫然としているミクモに話し掛けると、
「こいつはーー人間、なのか」
ミクモがふと、喋った。
視線をあげれば、怪物の顔が一部剥げ、その中から人間の顔が露出していた。
「ーー思い出した。こいつはゾゴイ……ゾゴイ=ヒジリ、か」
ミクモが語る。
「なんだ、そいつは」
変形状態から戻ったガイアブレードが、聞き返す。
「私が調べていた案件、殺害事件の起きたあの門を訪れていた人物の一人だ。随分とやつれているようだが、顔が、資料に似ている」
ゾゴイは意識を戻したようだが、無言でいる。
「娘が心配している。あんたも人の親だろう。戻れ」
しかしそう告げた瞬間に、食って掛かってきた。
「誰がこうさせた! レティウスではないか!」
「っ!?」
ミクモは慌てて飛びのく。
ミクモが立っていた場所は、木っ端微塵にされていた。
「ーーよく聞けッ! レティウスは私めの農場を奪った! 土地開発で! 私が娘を養っていく為の力としてもっていた全てを破壊した!」
ゾゴイの身体に、力が入る。
アトスが攻撃を仕掛けようとしたが、そこをミクモが止めた。
「ーー例の土地開発か。話は聞いているし、調べた」
レイブレッドが相槌を打った。
「貴様に分かるか! この私がどれだけの魂を注いで今の自分の環境を作ったか! だがそれを貴様達が私の人生の前を横切り、破壊していったのだ! レティウスの門番の言った言葉が分かるか! 分かっているのか! 貴様達はクズだ! 生かしてはおけない!」
「ーー」
ミクモは、黙っている。だが、やがて刀を抜いた。
「ーー貴様」
「お前は愛国者だ。この国の政府の大半の人間よりもな。だがーー人ではなくなってしまった」
「ーー許せ」
「許せぬ!」
ゾゴイが残った腕で拳を振りかぶる。
その腕を避け、ゾゴイの顔面にレイピアを串刺すミクモ。返り血が、ミクモの服に掛かる。
「あがっ!?」
奴の身体が、痙攣する。
「ーー眠るがいい、この地の底に。人で無くなってしまったものとはーー私は戦わなくてはいけない。それが宿命だ」
突き刺したレイピアで脳を抉り、手を払う。そして、ミラカナの方を見る。
「汚れ仕事はアトスではなく、私がやります。ーーミラカナ様は、この国の先だけを見ていてください」
そう笑った後、もう一度ゾゴイの方を見る。
「自分だけの都合で動くと不幸しか産まないという事が……分かったかどうかは知らんが。ーーせめて、成仏はしてくれ」
ミクモがはなれると、ゾゴイの身体は地面に倒れ、痙攣を止めた。
「ーー襲撃事件の犯人は恐らくこいつだろう。例のノルドシュトルムの件がこれで終わりなら良いが」
ミクモは少し悲しげな顔をし、告ぐ。
しかしその直後、ガイアブレードの手首からアラートがなった。
「ーーデルテ・アルベルト・イズン様からだ」
静かに手首を耳元に持っていくガイアブレード。
「お待たせいたしました。ーーはい、え?」
声色が、変わっていく。
「ーーはい、成程。では、急がなくては。急遽戻りますか?」
通信が切れる。
「ーーヒルトライで、クーデターが起こったそうだ」
「何だとッ!?」
「えぇ!?」
僕とレイブレッドが同時に驚きの声をあげる。
「首謀者は不明。レティウス13人衆次期席次3番のアイラ・ステイシアが人質にとられている」
「アイラ様が!?」
まさかの事態だ。
「ここの部隊に後詰めは任せ、戻るか」
イーゴンが提案する。
「そうだな。ではイーゴンはレイブレッド卿を載せていけ、そこのソレイユという娘とミラカナ卿は私に乗るがいい」
ガイアブレードは一瞬で鉄の馬のような乗り物に変化し、光で合図する。
「俺達は?」
「貴様達など後ろを馬車で追って来い。流石の俺でも、4人は乗るスペースがない」
「えぇ!?」
アトスとミクモは尋ねたが、ガイアブレードの冷たい返しに顔を顰める。
「ーーしかし、これしかあるまいな」
イーゴンがそう言ったので、僕はガイアブレードに跨った。
「ソレイユさん」
僕が言うと、ソレイユさんも僕の後ろ、ガイアブレードに遠慮がちに乗る。
しっかり掴まっていろ!
ガイアブレードが瓦礫を駆け上がり走り出し、衝撃がくる。
「うわっ!」
普通の馬よりも速い振動だ。掴まっていなければ振り落とされる。
「俺の肩、掴んでけ」
レイブレッドがイーゴンに提案する。
「レイブレッド。鳥に狩られているみたいで嫌いとか以前言ってなかったか」
「この際格好悪くてもいい。一番早いし安定するからな。木に俺をぶつけんなよ!」
「分かった!」
イーゴンはレイブレッドを掴み、瞬時に飛翔する。
「だーっ! 高い高い! 怖いわ!」
「我慢しろ!」
声が遠ざかっていく。
「ーー俺達もいくか」
「そうだな。ーーミクモ」
「何だ」
「無理はするなよ」
「誰に向かっていっている。私はミラカナ様の剣だ。ミラカナ様が必要とするかぎりは幾らでも生きてられる」
ミクモは、口元だけで笑った。