エピソード3「デュアル・ゴア」(14)
「ミクモ、お前は根を詰め過ぎだ」
アトスは、ヒルトライ北部の飲食店でミクモに追い付く。
「……俺を笑いにでもきたのか。さぼっている訳ではないぞ、聞き込みがてらに朝食だ」
アトスから見ても過労が隠せていないミクモは、注文されたばかりの芋のドリンクを片手に疲れた様子で椅子に座っていた。
額に汗が滲んでいるのも見える、調子も悪そうだ。
「お前、寝てないのか」
目の下にクマが出来ているミクモを見て、アトスは呆れた様子で腕を組む。
「こんな状況で寝ることなど出来ん。飯を食ったらさっさと次へ行く」
「……一体、何を焦る事があるというんだ? 果たしてそこまで頑張って手に入れたいものとはなんなのだ」
「お前には何もないように見えても、色々あるのだ。俺を俺たらしめるのがこのヒルトライだからな。……その世界を壊そうとする者に対しては、非情にならなくてはならん」
意味深な事を言って拳を握り締める、ミクモ。
「大げさだぞ、流石にそれは。国家レベルから見ればたかが数件の殺人事件ではないか。身内が被害者に居たわけでもないのだろう?」
その手を下におろしてやりつつも、アトスは諭そうとする。
「それは分かっているさ。でもな、心の中で不愉快と思った事には取り組む必要があるのだ」
しかしミクモは相変わらず強情に、自分の意見を通してきた。
「なるほど、その言い分は分かった。だが、今お前が過労で倒れたりしたら、ミラカナはどう思うだろうな」
だからアトスは、切り口を変えてみた。
「……!」
「言っておくが俺ではどう努力してもお前の代わりは勤まらんぞ。自分の力に自信を持て、ミクモ」
肩を叩きながら、そう伝える。これはお世辞などではなく、心の底からの考えだ。
口先だけの言葉は、アトスは苦手だ。それが故の、真の説得だ。
アトス自身、自分の好きな事には本当に魂を引き換えにしても熱心に取り組みは出来るが、それはアトスにとってのミラカナへは働かない。
信頼はしているが、ミクモほどの献身は無理であると自覚している。
「……それはそうかもしれないが、ミラカナ様にとってはそうでも、国にとってはどうか分からん」
効果はありそうではあったが、未だに渋るミクモ。
「そんなに怖いか、レティウス国が。ヒルトライが」
アトスは煽りではなく、素の意味でそう尋ねる。
「……正直な事を言えば、そうだな。自分があの場所以外で生きていけるというヴィジョンが全くと言って思い浮かばないというのもある」
達観をした様子で、それでいて先程までよりはミクモは表情を緩めた。
「まるで家庭内暴力を受けた人間のようだな。見捨てられの恐怖か」
自分の心が痛むのも感じつつ、告げる。
「言ってくれるな、まるで自分も受けたかのようだ」
だがそこで、思わぬ返しがくる。
「……さぁ、それはどうだろうかな」
はぐらかしながらもフォローは成功したと感じたアトスは、改めてミクモの顔を見る。
「ともかく、だ。今お前が倒れて困る人間は沢山いる。例えばミラカナや、俺にとってもだ。戦場ならともかく、日常生活で死ぬんじゃない。刺客にでも襲われたら一発だぞ」
そしてそのまま、話題をシフトさせる。
「昨日、次期序列2位の相棒とやらを見たぞ」
「……デルテ・アルベルト・イズン殿の相棒か」
「お前は会ったかは分からんがガイアブレードとかいう、全身金属の塊だ。一方的に交戦してきた、お前も気をつけろ」
「金属の塊?」
「言葉では中々説明し辛いが、胴体に小さな飛び道具を内蔵している。射速は俺の突進より早いと判断できる。俺はアーマーを着ていたから無事であったが、生身で受ければ出血多量は免れん」
「……何か粗相をしたのか」
「実力を見る、といったことを何か言っていたな。お前に仕掛けてくる可能性もある。体力は戻しておくといい」
アトスは心配というよりはこの忠告でミクモが休憩を取る事を期待しながらも、ぽんと背中を叩いた。
しかし全く、目の離せない人間だ。ミラカナがこいつの手綱を抑えるのは大変だったろうに……。
戦闘力的には充分なものがあるが、如何せん不安定すぎる。……自分も人の事は言えないとは己を省みて思うが。
「……俺も飲み物を貰いたい」
へろへろになっているミラカナを想像しつつもアトスは片手を挙げ、近くの店員に炭酸飲料を注文した。