エピソード2 『切断されたロープ』(7)
夕方まで残業をしていたミラカナは、気が気ではない状態だった。
アトスを追いかけるといったミクモが、時間を過ぎても帰らない。これは何かあったのかと、頭痛がしてしまう。
「えぇい、あいつらは……何時帰ってくるのだ」
愚痴を吐いたその時、乱暴にノックをする音が聞こえた。
「あ、はい、ミラカナです。在室しています!」
夕方に別の部から間違えて届いた貴族街への苦情の手紙を隠しつつも返事をすると、アトスとミクモが傷だらけで足を引き摺りながらも入ってくる。
「……どうした、お前達?」
まさか予想通りの事をやらかしたのかとぎょっとしつつも駆け寄ると、
「ーーちょっと喧嘩をしただけだ。気にするな」
「問題ありません、ミラカナ様」
それぞれ相当疲弊した様子で、どっかりとソファーに座った。
「……俺の傷はすぐに治る、先に医務室にいくといい、ミクモ」
「何を言うか。こんな事で」
食い下がるミクモだが、
「勤務に支障が出るぞ。……ミラカナの片腕はお前だ、休む事も重要だ」
アトスが改めて言うとミクモは思いなおしたかのような顔をして、
「お前の指図など受けたくないが、そうさせてもらおう……」
立ち上がってゆっくりと歩き出した。
「ーー成程、敵ですか」
「あぁ。実際あいつと少し殴りあいはしたがな」
ミクモが退室した後、アトスに尋ねるとそう答えてくる。
「この前の大広間にいた奴さ。雑魚を大量に引き連れてやってきたんだ」
「……ジョイスの仇ですか」
少しセンチメンタルな気分になりつつも聞くと、そうだとアトスは言った。
「倒したのですか?」
「親玉だけは逃げてしまった。9体は完全に殺したがな。水、貰うぞ」
コップを拝借したアトスは、冷えた水を一気に飲み干す。
「という事は、10体現れたという事ですね。無性生殖の生物と見受けられますが?」
「それは分からん。細胞分裂かもしれないし、捕まえて研究すればどうにかなるだろうが液状化してしまったしな」
フゥと溜息を吐き、苛立たしげにさらに深くソファーに腰掛けるアトス。
「何か、心残りな事でもおありで?」
「自分の実力不足に苛立たしいだけさ。ーー少し、思い出したんだ。あんな奴ら、俺の師匠だった人ならもっと楽に片付けられるだろうにってね」
「師匠、ですか」
「……とても尊敬している。俺を全て上回り、怒りと真っ当な素の心……魂のあり方を教えてくれたからな」
アトスは笑うとそう答えてから、
「ところで、ミラカナが今後ろ手に持っている手紙は何だ?」
と話題を変えてくる。
「あぁ、これですか。土地買収に対しての陳情書です。あて先は13人衆序列4位のベルメル=ボメルダ=ナカヤマという方だが、どうも開かれた状態で間違えて届けられてね」
「13人衆か。そいつも大広間……あの会場に居たのか?」
「いや、それは次期4位のコフカ=ボメルダ=ナカヤマだから違います。つまり親子関係に当たりますね。ただ、本来の13人衆と会った場合はあまり失礼の無いように頼みますよ。建前上13人衆は同格だけど、僕達は次期13人衆ですから。結構礼儀には気をつけないといけないんです」
「……善処しよう」
「まぁそんな訳で、この紙には土地買収についての現地の人の文句ですよ。ヒルトライの開発に対しての」
「開発?」
「ええ、郊外の農場を幾つか潰してジャンクションを作るとか言っておられました」
「立体馬車交差橋か」
「そういう事になりますね」
「……そこに、ノルドシュトルムの入り込む余地はあるか?」
「……難しいんじゃないですかね」
「ならば、良いがな……」
淡々とアトスは、頷いた。




