九十七 スマートなやり方?
柴犬の話を聞き終えた町中一は、頭の中で柴犬の言葉を、確認するように繰り返した。柴犬のスマートなやり方というのは、とても簡単で罪悪感の少ない物で、それは魔法で魔王の意識を奪ってしまうという、至極単純で、聞けば、なるほどとなるが、その事に気が付かずに、あわあわしていた今までの経緯からすると、ちょっとした頓智を使われたような気分になる物だった。
女神様も自分も、なんでそんな単純な事に、気が付かなかったのだろうか? と思うと、捻くれ者の町中一は、素直には柴犬の言葉を、実行する気にはなれなかった。
「女神様。今の柴犬の話は、聞いていましたか?」
町中一は、今度は、周りの目を気にして、少し小さな声で、女神様に話しかけた。
「はい。聞いていました。なるほどです。どうやら私も冷静さを欠いていたのかも知れません。柴犬ちゃんの言う通りだと思います。あの魔王なら、備えなどはしてなさそうですから、それでいけると思います」
「では早速やってみます」
女神様の言葉を聞いて、やる気を補強した、町中一は、また小声で言ってから、魔王に向かって、魔法の言葉を投げる。
「まずは魔王が自分自身にかけているすべての魔法を解除。それができたら魔王を気絶させちゃって」
もちろん、女神様に対する例の愛の言葉も忘れずに付け足して、町中一は、一瞬にして、魔王を倒す事に成功してしまった。
「柴犬の言う通りだったな」
町中一は、しゃがむと、柴犬の全身を、わしゃわしゃする。
「うへへへ。褒められて嬉しいんだわん。簡単な事なんだわん。あの魔王は、お馬鹿そうだったから、なんの備えもしてないと踏んだんだわん。だから一度気絶させてしまえば、同程度の力があろうとなかろうと、もう魔法が使えなくなるんだから、それだけの事だったんだわん」
柴犬が、気持ち良さそうな顔をしつつ、得意気にそう言った。
「でも、今後も、こんなふうな魔王が出て来るとして、そいつが、また、俺の魔法と拮抗する位の魔法を使って来るとしたら、負けてしまう日が来ちゃうな」
「備えあれば憂いなしなんだわん。意識を奪われたり、自分自身にかけた防御魔法なんかを、解除された際に、自動で発動するトラップみたいな魔法を、自分自身にかけておけば良いんだわん。例えば、自分自身にかけた魔法を解除されたら、それを行った相手は、これを見ると、いつでも撫で撫でしてしまう。というようにわん」
町中一は、柴犬は本当に頭が良いなあ。と思いつつ、わしゃわしゃをやめて、柴犬の頭を撫で撫でする。
「一さん。取り敢えず、勝ててよかったです。それで、その魔王の処遇なんですが」
「え、あ、はい。この子は、俺が連れて帰ります。そんでもって一緒に暮らします」
「え? は、一さん?」
「あ、主様?」
「あんたん?」
「何よ? どういう事?」
「一しゃんったら、気絶してる子をさらって、どうする気なのかしら?」
「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~?」
町中一の発言に、皆が、好反応する。
「俺は、この子に惚れてしまいました。魔王ちゃん。さあ、目を開けて」
町中一は、その言葉の最後に、例の文言を付け足して、その言葉を魔法にしてしまった。
「一緒」
「うん。一緒。大好きだ」
町中一は、自ら、魔王に近付くと、魔王をぎゅぎゅぎゅっと、両腕で包み込むようにして、抱き締めた。
「一さん? どういう事ですか?」
女神様の悲鳴のような声が、町中一の、頭の中に響き渡る。
「主様? どうしたんだわん?」
「ちょっと。狡い。スラ恵も混ぜなさいよ」
「それならわえも」
「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~?」
「あたくしもぉん」
ななさんが両手を伸ばして、町中一と魔王に近付いたが、魔王の魔法にやられて、数歩後ろにさがってから、ちょこんと、体育座りをする。
「一さん。一さん。本当にどうしちゃったんですか?」
「女神様。もう俺は、魔王の物になったのです。ですから、頭の中に話しかけるのはやめて下さい」
町中一は、酷く冷めきった声で、心底迷惑そうにそう言った。
「これは、ひょっとして、魔王のトラップ、さっき、これが言った事を、魔王が先にやってたという事なのかも、知れないんだわん」
「柴犬ちゃん。それって、意識を奪われたり、自分自身にかけた魔法を、誰かが解いた時に、解いた相手に魔法を自動でかけるって、言っていた、話の事ですか?」
「わおん? 頭の中に女の人の声が、聞こえて来たんだわん?」
「あ。突然ですいません。女神です。一さんは、私の言葉を聞いてくれなさそうなので、柴犬ちゃんに話しかける事にしたんです」
「そうですかわん。分かりましたわん。それで、さっきの話の事なんですけどわん。そうですわん。魔王がさっきこれが言ってた事を先にやってたとしたら、今の主様のおかしな状態も、説明できると思うんですわん」
「そんな。今、そっちの世界で、その魔王に対抗できるのは、一さんと龍の姫だけなんです。でも、龍の姫は、まだ登場しない予定ですし。もうっ。なんで、こんな魔王が出て来ちゃったんでしょうか。こんなの私の予定にはなかったのに。今年は、魔王の当たり年なのかも知れません。そうなると、まだまだ、予定外の出来事が起こってしまうかも知れません」
「これは、この世界の事はなんでも分かるはずなんですが、魔王の事は分からないみたいですわん」
「魔王の力は、その世界のあらゆる法則を凌駕していますからね。常識は通用しないんです」
「そうですかわん。そうなると、主様は、どうなってしまうんですかわん?」
「それは、……。どうすれば、良いんでしょうか」
女神様が、大きく深い溜息を吐いた。




