七十二 一段落?
信用できる兵士の背中を見送った町中一は、まだ、平伏したままでいる魔物達の姿を見て、あー。まだこのままじゃん。なんか、もう、これ、このままにして逃げても、このままここにずっといそうなんですけど……。と、思い、今更ながらに、とても、深い罪悪感を覚えた。
「主様。これはやっちまってるんだわん」
柴犬が、魔物達の方に、かわいい円らなお目目を向けて言う。
「お前。なんだよ。そんな事を言うなよ。気が付いていたなら、教えてくれれば良いじゃないか」
「これは、前に、ちゃんと言ったわんよ」
「うっ。確かに。言っていたな」
「あの駄目駄目兵士との話に、夢中になって、放っておけば良いとかなんとか言ってるから、こういう事になるんだわん。魔物達がかわいそうなんだわん」
「あー。はいはい。お前の言う通りだ。俺は、今、物凄い罪悪感に苛まれている」
町中一は、そういえば、魔物達の心の声が聞こえなくなっている。魔法の効力が切れたのかな? っていうか、そういうのってあるのかな? と思った。
「マオウサマー。マオウサマー」
「ニンゲントナカヨクシテル。サスガマオウサマ」
「ハラヘッタ。マダタベタリナイ」
「マオウサマノタメナラナンデモスルゾー」
思った途端に、町中一の頭の中に、魔物達の心の声が聞こえて来る。
「これは困ったな。まだまだやる気じゃないか」
町中一は、柴犬の方に顔を向けると、柴犬にも魔物達の心の声を聞かせて、何か対策を考えさせてみよう。などと、どうしようない事を思い付いてしまう。
「わん? なんだわん? これは、魔物達の心? わん? 魔物達の心の声が、急に聞こえてた来たんだわん?」
柴犬が、町中一の顔を見て、首をかわいく傾げる。
これは、なんなんだわん? 何が起こってるんだわん? でも、主様が怪しいんだわん。何かやってるみたいなんだわん。というような事を思っているであろう柴犬の、表情のコロコロと変わる顔を見ていて、町中一は、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「もうわん。何をしたんだわん?」
柴犬が、言いながら、なぜかその場でピョインっと垂直に跳び上がる。
「なんだ、その動き。面白い」
「主様。そんな事より説明なんだわん。これはどういう事なんだわん?」
柴犬が、町中一の傍の来ると、町中一の片方の足に、ぐいっと、自身の片方の前足を押し付けた。
「柴犬。お前、面白過ぎる」
「主様。いい加減にするんだわん。放置プレイされてる魔物達が、かわいそうだと思わないのかわん?」
「あ、ああ。うん。それはかわいそうだと思う。だから、柴犬に何か考えてもらおうと思って、魔物達の心の声を聞こえるようしてみたんだ」
「ゔぅぅわん。まったく困った主様なんだわん。これがいないとなんにもできないんだからわん」
柴犬が、言い、満更でもないような顔をする。
「それで、何か良いアイディアは浮かんだか?」
「むきぃぃわん。そんなすぐに浮かばないんだわん。主様の他力本願は酷過ぎるんだわん。でも、そこが良いんだわん。頼られて嬉しくなってしまう、自分が憎いんだわん」
柴犬が、両方の前足で、自分の両目を覆うような恰好をした。
「うんうん。かわいいかわいい。お前を見ているだけで、ご飯を五杯くらいいけそうだ」
町中一は、柴犬の頭を撫で撫でする。
「もううぅぅわん。主様。もう。すぐにそうやってわん。でもでも~わん。もっともっと~なんだわんんんん」
「ほーれほーれ。ええのんかー? ここがええのんかー? はっ!? いかん。またこんなふうに。魔物魔物」
そういえば、こいつらの子供達ってどこにいるんだ? まさか、索敵した時にいた小さいのがそうなのか? でも、そうだとして、なんでこっちに来ないんだろう? 町中一は、そう思うと、もう一度索敵魔法を使ってみた。
「う、これは」
小さな魔物達は、前にいた位置からまったく移動してはいなかった。
「主様? どうしたんだわ?」
「いや。更に罪悪感が加速しつつあって」
やべえ。魔法で拘束したままだった。これは、まったく。かわいそう過ぎだろう。もう、こうなったら。町中一は、そこまで思うと、すぐに魔法を駆使して、小さな魔物達をすべて、四匹の魔物達の目前に瞬間移動させる。
「オオー。コドモタチー」
「ミンナゴハンダヨー」
「マオウサマーマオウサマー」
「オナカイッパイタベラレルゾー」
四匹の魔物が、一斉に姿に見合わない、ちょっと高めのかわいい声で鳴き出すと、その鳴き声が自動的に翻訳されて、町中一の耳に入って来た。
「オトサン? オカサン? マオウサマー? ナンデキュウニ? ゴハン? タベラレルー?」
子供魔物達が一斉に鳴いてから、一斉に首を傾げる。
「おお。何これ? 見た目は、全然かわいくないけど、声とか動作がめちゃかわいいー」
町中一は、今更だが、かわいい物にはとても弱い性癖持ちだったので、もう、ハアハアとなってしまう。
「主様? そんな、わん。それは、浮気だわん。浮気なんだわん」
柴犬が、ギャンギャンと非難めいた声音で鳴き始めた。
「アノヘンナヤツモハラヘッテル?」
「イッショイッショ」
「ナカマナカマ。タベロタベロ」
「ウマウマ」
「ミンナー。イッショー」
「なんだわん? これは、お前達のような下賤な魔物なんぞの、仲間じゃないんだわん」
四匹の魔物とたくさんの子供魔物達が、やいのやいのと騒ぎながら、柴犬の傍に来ると、柴犬を担いで、食べ物の山の傍に行ってしまう。
「あ、主様~」
「柴犬。後は頼んだ。仲良くやってくれ」
町中一は、手を振りながら、冗談めかしてそう言った。




