七十 救世?
町中一は考えた。
俺の魔法があれば、この場にいながらにして、今、この世界のどこかで暴れているであろう魔物達を、なんとかできるんだろう。だが、これは責任重大だぞ。そのせいで魔物達や人間達に何かあったら嫌だしな。
町中一は更に考える。
こんなふうに考えている間にも、魔物達と人間達の間で争いは起こっているのだろう。一つ一つの争いを見て回る事なんかできっこない。という事は現状を何も把握せずにやる事になる。これは、精神的にきついかもな。こうなって来ると、魔法なんて使えない方が良いのかも知れない。
「少年。魔法を使ってくれてるのか?」
自分の言葉に何も答えず、沈思黙考している町中一に向かって、信用できる兵士が言った。
「ちょっと待つんだわん。そんな事はやっちゃ駄目なんだわん」
柴犬が、珍しく、きりりっと、引き締まった表情を顔に浮かべる。
「どうしてだ? 今、ここでやったのと同じ事をしてくれれば良いだけだ。駄目でもなんでもないはずだ」
信用できる兵士が顔を上げた。
「駄目駄目兵士。お前が良い人間だって事は伝わって来てるんだわん。でも、思慮が足りな過ぎるんだわん。魔物と人間が争わないで、共存するなんて事は、不可能なんだわん」
「なんでだ? 今、目の前で、起こった事はどうなんだ? これを、こんなふうな事を広げて行けば、人間と魔物との間で争いはなくなる」
柴犬が、すっと目を閉じると、静かに頭を左右に振る。
「争いはなくしてはいけないんだわん。人と魔物との争いがなくなったら、その争いで、争いになるような行為で、生活してる人間達はどうなるんだわん?」
「そんな人間なんて」
いない。という言葉を信用できる兵士は、口にする事ができなかった。彼は、その言葉を、たった、三文字の言葉を言う為に、しばしの間逡巡してから、顔を歪めて、開いていた口を閉じた。
「理解できたみたいわんね。そういう事なんだわん。人が生きるには魔物達の体から取れる素材が必要なんだわん。それは、魔物達を殺す事でしか手に入らない物ばかりなんだわん。それらを取って来る冒険者達も、冒険者達が取って来た素材を加工する職人達も、職人達が加工した物を売る商人達も、そういう意味では、魔物達との争いを起こす原因となる者達なんだわん」
「まあ、そういうのは良いんじゃないか? 確かに争いだけど、必要に駆られての事なんだから。あ。そんな事いったら、今の、この魔物達もそうなっちゃうか。……。でも、なんていうか、取り敢えず、この世界にいる魔物達が、飢えないようにしてみよう」
「少年。そんな、適当な」
「兵士さん。俺もあんたも、この世界の事なんて背負わなくっても良いと思う。いや。あんたが背負うのはあんたの勝手かも知れないな。けど、俺は、まっぴらごめんだ。俺のこの手の中で収まる範囲で、できる事はしようとは思う。けど、それ以上はやりたくない」
町中一は、自分の至った結論を言葉にしてから、まったく。我ながら……。俺は、昔っから、こんなのばっかりだな。と思った。
「少年」
信用できる兵士が、なんともいえない表情をしてから、小さな悲しそうな声で呟く。
「主様。この魔物達はどうするんだわん? 主様が何かしないとずっとこのままなんじゃないかわん?」
柴犬が、未だに平伏している魔物達の方に、顔を向けて言った。
「あ、ああ。これは、まあ、なんというか、取り敢えず、放っておこう」
こいつら、魔王様の為に何かする気満々みたいだからな。へたに何かすると何をするか分からない。このままにしてささっと逃げちゃおう。飢えている魔物達をどうにかする魔法はその後にするか。……。ちょっと待てよ。争い云々は、魔物の体から取れる素材とかを俺が魔法で出しちゃえば良いんじゃないか? ああ。でも、あれか。どんな物があるのかも分からないし、いきなりすべてを変えてしまったら、大混乱になるだろうしな。これは、やっぱり、今すぐには、どうしようもないよな。町中一は魔物達の姿を見つめながら、そう思う。
「少年。すまなかった。俺は君の事をさっき知ったばかりだ。そんな俺が、偉そうな事を言ってしまってた。君は、そんな力をずっと持って生きて来たのだろう。俺の想像も及ばない苦労をして来たに違いない。少年。俺の言った事は全部忘れてくれ」
信用できる兵士が言ってから、再度、深く頭を下げた。
「兵士さん。そんなふうに頭を下げないでくれ。俺は大した苦労なんてしてはいない。俺は、ただ、大きな責任を伴うような事がしたくないだけの臆病者なんだ。こっちこそ、なんか、すまない。ごめん」
町中一は、いても立ってもいられなくなって、頭を下げ返す。
「いやいやいや。こちらこそすまない」
「いやいやいや。俺の方こそ、情けなくって申し訳ない」
いやいやいやいやと、これから、こんなやり取りが、永遠に続いたという。
などという事はなく。二人の謝り合いは、柴犬の言葉ですぐに終わりを迎える。
「二人ともそんな非生産的な行為は今すぐにやめるんだわん。柴犬に良いアイディアがあるんだわん」
「いやいやいや、あ~っ。違う。そうだ。そうだな。柴犬の言う通りだ。それで、柴犬。良いアイディアってなんだ?」
「駄目駄目兵士が、魔物と人との争いを見付けて、なんとかしたいと思った時にだけ、主様が魔法を使うようにすれば良いんだわん」
「それは、それは、とてもありがたい事だが、それでは、範囲が狭過ぎる」
信用できる兵士が、言い終えてから、何やら神妙な顔になって、黙り込んだ。




