六十七 新たなる魔物
「やめるんだわん。お腹が~、お腹が~、なんだわん~」
柴犬が叫びながら、飛び上がって、町中一から距離を取ると、頭を下げてお尻を上げる、所謂プレイバウのような格好になった。
「もう、そんな事をする主様はこうなんだわん」
柴犬が後ろ足で立ち上がり、前足をフリフリしながら、町中一に向かって来る。
「おお。それは、なんだ? 柴犬、なんか分からないけど、やる気だな」
町中一は、柴犬の体を片手で受け止め、もう片方の手で頭や体を激しくわしゃわしゃした。
「ムッハーン。主様~。もっと~わん。もっと~なんだわんんん」
柴犬が、また、お腹を見せる格好になった。
「こいつめぇ。今度はお腹を撫で撫でだ」
柴犬が、急に冷めたような目を、町中一に向けて来る。
「主様。そこはブーッなんだわん。お腹にブーッが良いんだわん」
「あ、ああ。分かった。分かったけど、そんなに急に、冷静にならなくっても」
町中一は、こんなふうに急に態度を変えられると、本当は、ただ、俺に合わせているだけで、俺とは遊びたくないんじゃないかって、疑いたくなってしまう。などと思いつつ、柴犬のお腹に顔を埋めた。
「主様~。良ぃーんだわん。もっと~わん。もっとブーッとするんだわんんんんっ」
柴犬が、何やら妖しい方向性の宿った声を上げたと同時に、森の木々やその他の森の中で生きている、生き物すべてを震撼させるような咆哮が、文字通り空気をビリビリと振動させるような勢いで響き渡った。
「おお?」
町中一は、柴犬のお腹から顔を上げる。
「むうぅ~わん? これの至極の時間を邪魔するとは、なんて奴なんだわん」
柴犬が起き上がり、顔を咆哮が上がったであろう方角に向けた。
「主様。どうやら、魔物は一匹ではないようなんだわん。主様の魔法が効いてる奴とは別の奴がいるようなんだわん」
「二匹いるって事か?」
「そうなんだわん。でも、主様なら余裕なんだわん。とっとと倒して続きをするんだわん」
柴犬が言い終えるや否や、お腹を見せる格好になった。
「柴犬~。いくらなんでもそれは、やる気がなさ過ぎだろう?」
「そんな事ないんだわん。これは、主様の力を信用してるというアピールなんだわん」
柴犬が、かわいい円らなお目目を、キラキラとか輝かせつつ、町中一の目を見つめて来る。
「うおー。なんていうかわいさなんだ。これは、しょうがない。ちょっとだけ待っていてくれ。すぐに魔物をなんとかして戻って来る」
「行かなくっても良いんだわん。魔法でちょちょっとやっちゃうんだわん」
「一応、どんな奴かも見ておきたいしな。行って来るよ」
「もう。しょうがないわんね。それなら、これも一緒に行くんだわん」
柴犬が起き上がると、町中一の前に立って、歩き出そうとした。
「少年。やっぱり、まだ、近くにいたか」
「あんたは。あんたこそ、仲間達と逃げたんじゃないのか? どうしてまだこんな所に?」
町中一の背後から、信用できる兵士が声をかけて来たので、町中一は振り向きつつ、言葉を返す。
「さっきの、仲間の怪我が治ったのと、あの魔物が動かなくなったのと。どうにも、あれが気になってな。君が助けてくれたんじゃないのか?」
「その通りなんだわん。主様の偉大さが分かったわん? 分かったのなら、とっとと王都に帰って、主様がどういう存在かを喧伝するんだわん。そんでもって、もう二度と、主様や、これ達とは関わらないようにするんだわん」
「頭のかわいそうな奴の方は相変わらず元気一杯で、また頭の弱そうな事を言ってるんだな。君も色々大変そうだ」
町中一は、なんと言葉を返して良いのかが咄嗟には思い浮かばず、苦笑を顔に浮かべて、柴犬の頭を撫で撫でした。
「また頭の弱そうな奴とか言いやがってわん。そんな事言ってると、もう助けてあげないんだからわんね」
「そうだった。頭のかわいそうな変な生き物。言い過ぎた。俺が悪かった。少年。まずは、お礼を言わせてくれ。皆を、俺を、助けてくれてありがとう。それで、今、お礼を言った口で、また、こんな事を言い出してすまないんだが、頼みがあるんだ。魔物の群れが現れてな。それで、悪いんだが、力を貸してもらえないかと思って。それもあって、君の所に来たんだ」
「魔物の群れ?」
町中一は、すぐに魔法で索敵を行い、魔物達がどこにどの程度いるのかを確認する。
「主様、どうなんだわん?」
柴犬が、町中一の一瞬の沈黙の間から、町中一の行動を察してそう聞いて来た。
「大型の魔物が、さっき吠えた奴だと思うが、そんなのが四匹いる。それと、それのちょっと後に、小型の奴らが、三十匹かな。皆揃って、兵士達の逃げた方向に向かっているみたいだ」
「少年。索敵魔法も使えるのか?」
「主様は超が付く程に万能なんだわん。主様の魔法にかかれば、たった今、この瞬間にも、お前みたいな生意気な奴の住む国を、亡ぼす事もできるんだわん」
柴犬が、言って、フンスーフンスーと鼻息を荒くする。
「おいおい。そんな物騒な事を言うなよ。そんなのいくらなんでも、無理だろう?」
信用できる兵士が、なあ? そうだよな? というような表情になって、町中一の方に顔を向けて来た。
「あ、ああ。もちろんだ。そんな事できるわけがない」
町中一は、もう。柴犬ったら、また変な事を言っちゃって。と思い、変な間を空けてしまってから、慌ててそう言った。




