百九十一 世界反転 その十六
その言葉は、魔王を、いや、竜子はただの魔王ではなく、もう何度も死んでいるという、不死の魔王とでも呼べば良いのか、そんな、なんとも表現の難しい存在なのだが、その者を殺すという目的の為の、例え、相手が何者であろうとも、忌むべき、呪われているような、言葉だったが、殺されてしまった家族達と、その家族達に関係している人々と、この世界のすべての人々の為だと思うと、町中一は、そんな言葉を、さらりと、ほんの少しの葛藤だけを残して、口から出して、魔法として使った。
ななさんによって、失神させられていた竜子が、何も知らずに、何も感じないままに、決して生き返る事のない、死という物を与えられ、静かに音もなく、息を引き取る。
「終わった。これで、まずは、一段落」
町中一は、そう言ってから、女神様を呼ぶと、竜子の遺体を、どうすれば良いのかと聞いてみた。
「では、こちらで引き取ります。一さんが心配するのももっともです。死んでるとはいえ、魔王ですからね。何かあっても困りますもんね」
「はい。じゃあ、すいませんがお願いします」
「それで、ええっと、これから、皆を生き返らせるんですか?」
「はい。女神様。お世話になりました。今まで本当にありがとうございました」
「なんですか? 急に、そんな事言って」
「一応です。何を失うか分からないという事だったので、念の為です」
「大丈夫です。絶対に、私がなんとかしますから」
「女神様。その気持ちだけで結構です。俺の大切な人達の中には女神様も入っているのです。貴方が、俺の事で気を病んでしまったり、心を痛めたりしたら、俺が、これから使おうとしている魔法が成功してもなんの意味もないのです。皆が生き返ってまた笑ってくれたら。俺はそんなふうな事で満足なのです。そして、その笑顔の中には女神様の笑顔もなくちゃ困るのです」
「一さん」
「女神様。貴方に、出会えて本当によかった。俺の前世での、行いの、すべてが報われたような気さえして来ます。俺の冴えない小説は、この日の為にあった、なんていうのは、ちょっと格好付け過ぎかも知れないですけど、あれがなかったら、女神様と知り合う事がなかったのかも知れないと思うと、そんなふうに思ってしまっても良いかな、なんて。すいません。ついつい、調子に乗って、語りたくなってしまいました。では、女神様。今まで、本当に、ありがとうございました」
「一さん」
女神様が、泣き出してしまったのか、嗚咽しているような、声にならない声のような物が聞こえて来たので、町中一は、やべっ。なんだか良い気分になって、やり過ぎたかも。ちょっと、自分に浸り過ぎてしまった。女神様を慰めたいけど、これ以上余計な事をするのはやめておいた方が良いか。女神様の事は、自分自身の為にも、このままそっとしておこうと思うと、女神様への思いと、自分に対する思いとを、断ち切るように短く小さく息を吐き、見るともなしに見ていた、竜子の遺体から、ななさんの方に目を向けた。
「ななさん。ちょっと、頼みを一つ聞いてくれないか?」
それは、なんとなくふっと思い付いた、軽い悪戯のような、こんな時だからこそ、絶対に、やってみたい、誰もが思い付く、ご都合主義の、だけれども、今の町中一にとっては、一縷の望みであり、何かを失うという事以外に、何も弊害がないのだったら、きっと成功するであろう、今の状況をすべて引っ繰り返せるような、そんな思い付きだった。
「何よぉん。改まったような雰囲気を出しちゃってぇん」
町中一は、ななさんに、魔法が使えるようになった事と、思い付いた頼み事を伝え、それから、魔法を使う。
「なんだわん? 何をしてるんだわん? 駄ラケットと二人で」
「柴犬。今、ななさんにも伝えたんだが、女神様に頼んで、魔法が使えるようになったから、皆を生き返らせようと思う」
「主様。どういう事なんだわん? なんだわん。駄目そうな事言ってたのに。けど、流石、これの主様なんだわん。なんとかなりそうで良かったわん」
柴犬の嬉しそうな様子を見て、町中一は、思わず、笑顔になりながら、自分の決断は間違っていなかったと思う。
「ちょっと、大魔法になるから、一人で、店の方に行ってやる。二人は、皆が生き返ったら、戸惑ったりしないように、すぐに状況を説明できるように、ここに、皆の傍に、いてやってくれ」
「あんたん?」
町中一の頼み事の内容と、一人になりたいというような言葉から、何かを察したらしいななさんが、不思議そうに言う。
「ななさん。また、後で」
「ああぁん。……。あんたん。分かったわぁん」
「主様。こっちでやれば良いのにわん。なんか、ちょっと怪しい気がするんだわん」
柴犬が悪そうな顔をする。
「怪しいって。これから大魔法を使うからな。ちょっと緊張しているだけだ」
「緊張なんて主様らしくないわんね」
「確かにそうだな。後は、そうだな。魔法の言葉を間違えたくないからかな。実は竜子と戦っている時に、魔法を使おうとして噛んでしまってさ。それで魔法を失敗していて。今回は失敗したくないから、集中したいっていうのもあるかも」
「噛んでしまうのは、困るわんね。変な事になったら面倒なんだわん。分かったわん。こっちで待ってるんだわん」
「ああ。頼む。じゃあ、二人とも、また」
「あんたん。また、後でねぇん」
「終わったらすぐに、こっちに戻って来て欲しいわん」
「もちろんだ。皆の顔を早く見たいしな」
町中一は、生き返った皆が、どんな反応をするのか楽しみだと思いながら、店の方に向かって歩き出した。
店の中に入り、小説の並んでいる本棚に、なんとなく指先で触れながら、店番をしている時に座っている椅子の所まで行って、そこに腰を下ろす。
「さて。何を失う事になるのか。ななさんに頼んだ事があるから、なんとなるのかも知れないけど、それでも、一時的な物だとしても、どうなるかは分からないから、怖い事には変わりないな」
町中一は、店の中を見回す。
「短い間だったけど、良い人生だったかな。大切な皆にも出会えたし、そんな皆を助ける為の力も持っている。小説が好きだって認める事もできたし。後は、そうだな。うまく伝えられたかは分からないけど、俺がやって来た小説の事を、皆に伝える事ができたもんな」
町中一は、おっといけない。大げさに怖がり過ぎだな。このままいつまでもだらだらとしていて、ななさんと柴犬が心配して、こっちにやって来ても困るもんなと思うと、この世界の、竜子によって殺された人々すべてを、生き返らせる為の、魔法を使った。




