第一機動部隊旗艦大和 第一話 北辺の砲煙
ここ最近長官の様子がおかしい。
元から我が強いとか投機的な作戦を好むとか、ちょっと変わった性格のお人だとは思っていた。
しかし今の長官はそういう気質的な部分ではなく、日常の行動に違和感と言うか異常さを感じると言っても過言ではない状態だ。
連合艦隊参謀長宇垣纒少将は黄金仮面と仇名されるその鉄壁の無表情の内で、今日も連合艦隊司令長官山本五十六大将の行動の一挙一動を観察する。
最近の長官は暇さえあれば、各所から上がる戦闘詳報をじっくり精査することが多い。
特に艦艇の喪失や損傷の報告は、戦闘の様相から被害状況等を報告書に穴が開くのではないかというくらいに関心を持って読み込んでいる。
水上機母艦瑞穂が雷撃で沈んだ時とか、報告を受けた瞬間顔がさっと青ざめるくらいの衝撃があったように思えた。
今大戦初の大型軍艦の喪失ではあるが、所詮は水上機母艦だしそこまで大仰に騒ぐことでもないだろう。
参謀連中が話しかけても心此処に在らずといった風情で、話が通じていない事も往々にしてある。
今も艦橋の防弾窓から外を眺めている風を装って、何やら考え事の最中だ。
「宇垣君、MO作戦なんだが五航戦と祥鳳だけで大丈夫かね」
いきなりの問いにちょっと焦ったが、何食わぬ顔で答える。
「十一航艦がポートモレスビーの敵航空戦力を圧倒しておりますので、敵機動部隊だけに注力すれば五航戦であろうと十分対応できるはずです」
いまさら言われてもとっくに作戦は始まっているし、空母の増援とか無理に決まっている。
「まあそうなんだが、ニューギニア方面の敵機動部隊との戦闘がうまくいかないとMI作戦への影響が大きい。
井上君と原君はちゃんとやれてるだろうか、やはりもう一枚手札を増やすべきではなかったか、連合艦隊の戦力が不足しているわけじゃなかったしな」
とっくに始まっている作戦のことをうじうじ愚痴るとか、長官本格的におかしくなっていないか。
こんな状態が続くのなら、長官に休養を進言すべきではないだろうか。
山本長官との会話の間、宇垣はこの親父本当に大丈夫かと本気で心配していた。
1942年5月8日珊瑚海での日米機動部隊の戦闘はそれぞれ一空母を喪い相打ちという形で終わり、空母航空戦力の損耗のためMO作戦は中止となる。
5月の初めに行われた第二段作戦におけるMI作戦の図上演習に対し、珊瑚海海戦での損害による投入戦力の減少の影響が読めないとして、山本長官によって作戦計画の見直しが強硬にねじ込まれる。
それと同時に長官は、ソロモンニューギニア方面での敵機動部隊の出現が日本軍の動向に対してあまりに適宜的であったことから、情報漏洩の可能性もあるとしてスパイ対策や暗号通信の見直しを要求する。
軍令部、連合艦隊司令部、および参加各部隊は、5月10日からほぼ缶詰め状態でMI作戦計画の練り直しを行い、最終的に5月25日、MI作戦における艦隊戦闘の図上演習・兵棋演習、続いて作戦打ち合わせを終えた。
この時点でミッドウエイ攻略に直接関係のない部隊の一部はすでに作戦計画に沿って目的地に向け出撃していた他、潜水艦部隊等の警戒偵察部隊もミッドウエイからハワイ方面への展開を行っている。
6月2日、第一艦隊司令長官高須四郎中将が直率する第二戦隊第二小隊の戦艦山城と扶桑が、インド洋方面で6月2週目から開始予定の通商破壊戦の後詰として、シンガポールセレター軍港に到着した。
両艦は艦の状態が十分でないうえ兵員の練度にも問題があったため、第一艦隊でも持て余し気味の戦艦だった。
だが無駄に戦艦を内地で遊ばせることは、ただでさえ連合国に対し過少な戦力を更に劣勢にすることになるとして、山本長官直々の肝いりで派遣が決まった。
石油産出地である蘭印から潤沢な燃料の供給が期待できるシンガポールを母港化することで、訓練用の重油に事欠かないため練度向上が期待できるとの長官の論に反対の声は小さかった。
6月4日、高緯度地帯であるアリューシャン列島線ウラナスカ島南西250キロを、AL作戦主隊である北方隊の艦艇が進撃していた。
北方隊の司令長官細萱戊子郎中将が座乗する重巡洋艦那智艦橋の防弾ガラスの向こう側は濃霧に覆われていた。
白夜の光もろくに届かぬ乳白色の霧でできた厚い壁の中で、弱弱しく点滅する航海灯だけが僚艦の存在を知らせていた。
この有様では航空機の運用は到底適わないな。
せっかくここまで引き連れてきたのに残念ではあるが、鳳翔と大鷹にはおとなしく待機してもらおう。
細萱中将はAL作戦に於けるダッチハーバー攻撃の一方の主役であった母艦航空隊の出撃の中止を決定する。
有力な洋上航空打撃戦力といっても、所詮練度も十分でない旧式の機体を主力とする二線級の戦力でしかない空母部隊だ。
悪天候の中無理に飛ばしても戦果が期待できないどころか、未帰還機を出して無駄に戦力を消耗するほうが怖い。
この気象状態なら松田大佐の挺身隊に全てを任せて大丈夫だろう。
天候が回復するようなら母艦航空隊にも活躍の場はあるだろうが、今この時点では我々に打つ手はない。
6月3日午後8時30分(現地時間午前3時30分)アリューシャン列島ウラナスカ島ダッチハーバー沖北西20キロ、濃霧に隠れ米軍ダッチハーバー基地に接近した2隻の戦艦と2隻の重巡洋艦は同基地に向け砲撃を開始する。
事前に発艦していた九五式水偵は眼下を覆う霧の中、着弾の爆炎を観測して報告、砲撃を誘導する。
米国太平洋艦隊司令部は日本海軍によるAL作戦の情報を察知し警戒態勢を取っていたが、その主戦力は空母航空隊と判断していた。
同日ウラナスカ島付近には局所的に濃霧が発生しており、守備隊司令部は日本軍による空襲の可能性は低いと判断し通常の警戒態勢を取っていた。
日本軍の艦隊は同島の南西からの接近を図ると予想されており、米軍の偵察機や潜水艦による哨戒も同方面を主体としたものとなっており、北方に関しては殆ど無警戒な状況だった。




