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DM─マルファンクション  作者: 三郎忠
19/20

閑話:ハイド伯爵の思ひでボロボロ



「皆、グラスは行き渡ったかな?

 …よろしい。では早速始めようか。余り長々と挨拶してカーター大尉が瞳の視線でせっかくの料理に火を点けてしまう前に、ね?ふふっ…」


 ハイド伯爵がワインを掲げたまま、最前列に立つ獅子の鬣を後に撫でつけた偉丈夫にウインクすると、会場に集まった国軍兵士達から小さな笑いが起きる。 硬さの残っていた雰囲気が解れたのを見て伯爵は改めて手にしたグラスを高々と掲げた。


 会場の全員が伯爵に倣い各々のグラスを掲げ持つ。


「この場に集いし新たなる人類の希望全てに、そして見事全員が生きて再び相見えた奇跡に、最後にジャック・ボード中隊全員の卒(・)業(・)を祝して…乾杯(チアーズ)!!!」


   「「「─乾 杯(チアーズ)!!!」」」


 全員が同時にグラスのワインを飲み干し手を叩くと、やがて会場はジャック中隊の卒業を称える万来の拍手に包まれた。


「中隊長、何か一言!」


 ジャックは第四重装歩兵連隊第一大隊所属第三中隊隊長を任されている。彼はまだ若干25才の精鋭だ。同じ中隊隊員達がジャックへ向ける視線に槍隊としての矜持が垣間見えていた。ハイド伯爵もカーター大尉も笑顔でジャックを歓迎している。


(伯爵の前で下手な事は言えねぇが、中隊の皆の前で情けない姿も晒せねぇ…いっちょカマしたる!)


「あ〜では、お言葉に甘え誠に僭越ながら槍隊代表として私ジャック・ボードが謝辞を述べさせて頂きたいと思いまし(・)ゅ(・)…あ!いや、ます!あ、あれ?あの、と、とにかきゅ…あ、あ、ありがとうございましたぁ!!!」


 カマすつもりが盛大に噛んでしまったジャックは顔を真っ赤にして舞台を下りた。それでもそんな彼を槍隊の仲間達は暖かい拍手で迎え、バシバシと背中や肩を叩いて囃し立てる。他の隊の隊員から万来の拍手が捧げられた後、伯爵がもう一度舞台に立つ。


「ありがとう、ボード中尉。今日は私から心ばかりの饗しを用意した。皆、遠慮なく食べ、大いに飲み、心ゆくまで楽しんでくれたまえ!もう一度、ボード中尉に乾杯(チアーズ)!」


  「「「乾杯!」」」

──パチパチパチパチパチパチ……


 会場の全員が笑顔でお互いを称え合いながら雑談を始めると、それを合図に舞台脇で準備していた楽団が緩やかなテンポで明るい曲調の音楽を奏で始めた。


 その後、会場内は歌い出す者や、それに合わせて踊り出す者、演奏に合わせて合唱する者達が居たりと、軍属らしく騒がしくも有りつつ賑やかに飲んでは歌い歌いながら呑み干したりと2時間が経過しても笑い声は止むことなく、ますますもって宴も闌(たけなわ)となっていく。


………

……

…


 クラウド・ハイドは会場を訪れた全員と一人一人挨拶をし、労いと感謝の言葉を伝え終え、今はテラスで月を見ながら酔いを冷ましていた。


 (ふっ、まさかこのように穏やかな気持ちで国軍の兵士達を見送る事が出来ようとはね。三ヶ月前には想像だに出来なかったな…)


「クックックッ…『卒業』ね…

 言い得て妙な言葉だよ、まったく…」


 月を見上げて独り言ちる伯爵の後からテラスへ出てくる者が居た。パーチ・カーター大尉だ。


「どうされました、伯爵?…この様な場所で独り、貴方様が思い出し笑いとは珍しい事で…」


 ハイド伯爵が振り返る。

 その口元には微笑みが浮かんでいる。


「カーター大尉か、どうしたのかね。酒豪で鳴らした君がもう降参かな?私にはまだ君の頬にさほど朱が差したようには見えないのだがね」


「この様な場所で失礼かとは存じますが…本日は王都へ戻る我々の為にこの様な宴を用意して頂いた事に改めまして深く感謝申し上げます」 


 カーター大尉が軍隊式の礼を取る。伯爵はそんな大尉を面白そうに眺めながらテラスの手摺りに肘を置いて振り向いた。


「ハッハッハ…何、この程度の事で君達の貢献に報いる事が出来たなどと思ってはいないよ。文字通り心命を賭してもらったんだからね〜」


 カーター大尉は顔を上げニヤリと笑った。 口元からは牙のように尖った太い犬歯が二本顔を出している。その獅(・)子(・)を思わせる獰猛な笑顔だけが三ヶ月前にこの地へ訪れた頃のパーチ大尉の面(・)影(・)を残している。


「はは、心命を賭した事は間違い有りませんな。ですがこうして生きております。生きて故郷へ帰るために御尽力下された伯爵様へ感謝申し上げるのは当然の事と存じますが?」


 パーチ大尉は柔らかに微笑み、伯爵の隣りへ進むと空を見上げる。今宵も青く巨大な月が夜空に浮かんでいた。


「そう言ってくれると多少は私の心も安らぐよ。ヨーダくん達に襲撃され虜囚となった時は全滅も覚悟していたのだ。まさかこのような宴を催す日が来るなど、私とて想像だにしていなかったさ…」


………

……

…



──半年前



 赫灼の大森林から湧き出る魔物の脅威は日に日に増加し続けていた。国からの援軍三百名が到着するまでは領軍を逐次投入し魔物の駆除は続けていたが、ハイドシャイニー領軍総勢千人に三百名近い犠牲者が出ていた。


 全軍の損耗率が3割を越えたら全滅と判断すべきだろう。通常の戦争であれば完敗である。だが降伏も出来ない未知の脅威を前には、絶対に負けを認める事が許されないハイド伯爵は、当時毎日のように周辺領主や国へ追加援軍や物資の支援要請に奔走していた。


 通常の生物とは異る魔物は討伐しても食べる事も出来ず皮や骨も獲られない。食材にも素材もならず、さりとて放置すれば人を襲い被害が拡大する一方。


 一体の魔物に対して三人〜四人で命懸けで挑み、何とか討伐が叶ったとしても残されるのは汚染物質である赤黒い石のみ。領軍はひたすら森に入り討伐しては駐屯地へ戻り短い休息の後に再び森へ入る。不毛で先の見えない絶望的な闘いを強いられ続けていた。


 そんな殺伐とした日常を送る彼の元に街の商人から赫灼の森へ入る許可を求める一通の申請書が届く。宝石商からの書状には赫灼の森に紅玉石の鉱脈が眠っている可能性が示唆されていた。


 最初は無視するつもりであったが、次の報告書に領兵の犠牲者が三割を超えそうだと記されているのを読んで気が変わった。

 市民を護るため領軍がどれ程の苦しみと犠牲を払っていると思っているのか。一商人には与り知らぬ事とは言え流石に腹に据えかねた。


『強欲に身を任せ森に入り紅玉石を抱いて死ぬるが本望であるなら委細勝手にせよ。護衛に軍は出さぬ』


 申請書への返答として、これだけを書き送らせた。結果、商人は他領で自ら傭兵を雇入れ、その鉱脈とやらへ突入し帰らぬ人となった。その頃からだったろうか… 目に見えて魔物の数が減ってきていた…


 やがて王国派遣軍三百名が到着し、既に失われた領軍の代わりに逐次投入する兵力が戻った事もあり、魔物を一定数退ける事に成功。状況は膠着状態へと推移する。


 されど追加された兵士達を養うには金が必要である。特産品の木材の供給が断たれてから既に三ヶ月。その経済的損失により、市街の経済活動も停滞を余儀なくされていた伯爵領に金は無かった。そこで思い出されたのが先の宝石商からの申請書であった。


 減りはしたが今だに湧き続ける森の魔物討伐を領兵500名を国軍に預けて指揮させ、負傷兵200名には治療と休養を命じる。伯爵自身は残った無事な領兵100名を引き連れて宝石商の申請書に書かれていた鉱脈を探しに森へ出た。



「な、何だ…この派手で悪趣味な洞窟は…」


 ダンジョンの入口を初めて見たクラウド・ハイド伯爵の言葉である。森の木々を押し退けるように鎮座する黄金色のナマズが大きく口を開く姿に絶句し、共の領兵達の誰もが呆気に取られていた。


「あからさま過ぎるくらいに怪しい…がしかし、我々には後が無い…先ずは斥候隊10名が潜行し調査させよ。4時間後に報告書にまとめて提出。それを元に今後の調査方針と試掘計画を策定する。詳細な人事はスチュワート、君が取りまとめたまえ。取り急ぎ仮初めの陣を用意だね、速やかに行動、急げよ?」


 「仰せのままに」


 伯爵家家令であるスチュワートが現場に出るなど本来、有り得ない事態である。家の事は全てスチュワートの長男でハイド伯爵家執事であるヴァートに任せ、こうして主に付き従っているのは、スチュワートが元領軍総司令であったからだ。引退した軍人までも連れ出さねばならぬ程、伯爵が人材にも困窮していた証左である。


 スチュワートは愚痴一つ零さず昔取った杵柄とばかりにテキパキと領兵達に指示を出し、15分後には陣の用意と斥候の派遣が開始された。


 陣の周囲に20名の歩哨を立て、30名には休息を、残った40名は森に向かわせ狩猟と採取を命じるスチュワート。 歩哨は10名毎に一時間交代とし、30名は一刻(約2時間)毎に休憩組と交代とする。


 役割を明確にされた領兵100名は速やかに行動を開始。仮初めの陣構築は10分で終わり、ハイド伯爵が陣奥に設けられた外出時用の簡易テーブルセットでスチュワートの淹れた紅茶に口を着けた時に事件は起きた。


「はろ〜♪少し、お時間、宜しい、ですかぁ〜?」


 聞き慣れない妙なイントネーションではあったが、クラウドにも理解は出来た。シチュエーションは最低だが…


「…アホか?!いちいち区切らんでも勝手に翻訳されとるわ…しかも英語は最初の"ハロー"だけやないかい!全部英語で統一するくらいの事はせえ…アホ」


 こちらの言葉は全く理解出来ない。


「アハハハ、お時間も何も、これから拐う予定の人間に、宜しいも何も無いわな?聴くだけ野暮だぜ♪」


 "拐う" と言われた事は理解出来た。周囲にはまだ領兵が50人以上居るというのに、この人を喰ったような余裕な態度も理解出来ない。そもそもどこから…



──ッ!??!?



 ここに至って伯爵はもちろん、警備に当たっていた者達も即座に動こうとして、漸く異変に気付いた…

 "動けない" のである。驚いているわけでも理解不能な状況に固まっている訳でもない。純粋に自らの意思で自分の身体を動かせなくなっている。

 

「何者なのかね…」


 口元にティーカップを着けたまま、伯爵がどうにか言葉を紡ぐ。先程から紅茶の湯気が鼻に入り熱くて仕方がないのだが、どうやら呼吸する事や話す事に支障ない事だけは救いである。


「あ、これから皆様を"ダンジョン"にご招待する者です。 私達3人はチームで、私達の事は[IRE]と呼んでくださいね♪ えっと…皆さんは現在[魔物]の被害でお困り。そうですよね?」


 クラウドの目の前の簡易テーブルに一人のハーフリングがよじ登って立上がる。身長1m弱の一般的な体格をしたハーフリングの女である。


「確かに困ってはいるが?君ね、少し非礼が過ぎないかな…私は別に亜人種だからと差別をするつもりは無いが、そのような行儀が悪い行いは頂けないね」


「あ、こりゃ失礼。けど伯爵さん、動けないでしょ?こうでもしないと話しも出来ないからね〜、まあ、説明せずに放り込んでも良いんだけどさ、それじゃあ最初に来てくれた皆みたいに、壊れちゃうかもしれないからな〜…」


 女ハーフリングは思案顔で仲間の二人を振り返る。


「せやな、あれは失敗やった。リアルな擬似死を経験してまうと、ホンマに死んでまう事があるやなんて知らんかってん…悪い事したわ」


「だな。だから今度はキチンと説明して理解してもらってから、ちゃんとダンジョンを経験してもらおうぜ?先ずはここに居る全員をダンジョンに入れてから手足を切落とす。それから一階層に戻れば元に戻る事を理解させよう」


──!????


 その場に居た全員が、最後に聞いた言葉の意味が理解出来なかった。言葉自体は理解出来る。だが意味が分からない。


 『手足を切落とす』…我々の?

 『元に戻る』…何がだ?

 『ダンジョン』とは…何だ?


 コイツらは先程から何を言っていて、これからハイド達に何をしようとしているのか…何故、自分の身体が動かないのか…何も説明されぬままハイド伯爵を含む、その場に居た全員が10分後には黄金色のナマズの口の中へ向け歩いていた。


 身体の自由を奪っていたのはレントと名乗る男の【影縫い】。 意思に反して歩くはめになったのはノーマと名乗る男の【魅力(チャーム)】というスキルによるものだと理解したのは、だいぶ後になってからだった…



………

……

…



──その後



 最後に聞いた言葉。名をノーマと名乗った男のセリフが、言葉そのままに何(・)度(・)も(・)何(・)度(・)も(・)実行されて初めて言葉通りの意味だった事を身体で理解した時、クラウド・ハイド伯爵はこの世に生を受けた事さえ呪うほどの苦痛を味わったという…


 これがこの世界で最初にダンジョンで進化を果たした男の、初めて[IRE]と遭遇した時の述懐である…

 




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