ランデブルク
『そこのゴブリン擬き、武器を捨てて投降しろ!』
私達がランデブルク領の領都ランデルクに到着したのは、ハイドシャイニーを出発してから4日後だった。領都へと続く街道の関所が見えてきた所でランデブルク領兵三十人に囲まれている。領兵達は私達の乗る荷馬車を囲み、皆ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、今にも舌舐めずりでもしそうな顔だ。
私達が皆、非力なハーフリングなのを見て完全に舐め切ってる顔ね。今は主犯のモエちゃんが荷馬車の中に居るので姿が見えていなかったことも災いしたね『銀髪の悪魔』の姿が見えなかった事が…
「何と無礼なっ!ここは私にお任せを!!」
風魔法で声を増幅する拡声器のような魔道具を口元に当てた領兵の士官が私達から300mくらい離れた場所に立ち警告している。士官からのハーフリングに対する侮蔑的な警告に対して『銀髪の悪魔』ことモエちゃんが一瞬で激昂し幌を開けて外に出ようとする。瞬間湯沸かし器かあんたは…
「いやいや、待てまて、ステイだよ、モエちゃん。ステイ!モエちゃんに任せると血池肉林になっちゃうから!住民全て皆殺しするつもり?だからここはホンさん、殺っておしまいなさい!」
何故こんな状況になっているかと言えば、原因はモエちゃん。キャンプ場(だから野営地なw)での虐殺に始まり、その後も道中で私達ハーフリングを侮るような態度を取った者達を尽く鏖殺してしまったのだ。 恐ろしい女である…
私達は今や『銀髪の悪魔と邪鬼ども』として絶賛指名手配中である。そんな私達がランデブルク領に入るのを阻止すべく領兵が関所で足止めしようとするのは当たり前っちゃ、当たり前だねw
モエちゃんはキャンプ場(野営地)と道中でモエちゃんが造った血池肉林を処理してきたホンさんの魔法を思い出したのか、渋々といった感じで座り直す。それでもまだ幌の隙間から領兵を睨んでいる。もうここまで来ると狂犬を飼ってる気分だよ…
ホンさんは御者台で前を向いたままコクリと頷き、ホンさんの姿がユラリと揺れる。静かに手綱から手を離し両手をゆっくりと前に上げると、私達の周囲を取り囲んでいる領兵達の姿がユラユラと陽炎の様に揺らぎ始めた…
今日の御者はホンさん。ホンさんのスピリットのジンは実体が無く常に陽炎のようにホンさんの周囲に纏わりついている。時折ホンさんの身体がユラユラと揺れて見えるのは纏わりつくイフリートにより光りが偏光されているかららしい。
イフリートの炎に焼かれた物から煙は出ない。火とは触媒が急激に酸化した際に起る現象だから、触媒が炭化した際に含まれていた水分が気化して水蒸気が発生するはずのそれが発生しない。つまりその炎に焼かれた物はどうなるのか…
『聞いているのか!ゴブリンもど…………』
「【精霊魔法】極炎」
再び拡声魔道具を通して士官が言い終わる前にホンさんのスピリットであるジンが精霊魔法を行使。士官の声が途切れた。
── ボフッ!
『…………ひゅ』
──シー……ン──
「……へ?」
銀髪を振り乱し荷馬車の幌に手を掛けて、今にも飛び出そうとして半立ちになっていたさすがの狂犬も呆気に取られて固まっていた。
拡声魔道具から聞こえていた士官の声は途中で肺の空気を絞り出すような呼気音を最後に途絶える。先ほどまで私達を捕らえようと関所の前に整列していた三十人ほどの領兵達の姿も、全て同時に消え失せていた。
静けさを取り戻した関所前。そこに集まっていた野次馬たちの息を呑む音だけがヤケに響く。何の前触れもなく三十人もの領兵が目の前から突然姿を消したのだ、そりゃ驚くよw
「アッハッハ、流石ホンさんの火魔法は別格だね♪片付け要らずで良いよ。さっさと領都に入って仕事を片付けちまおう、ヨーダちゃん。今夜は屋根の有る場所で眠りたいよ」
「今日はお風呂に入れそうであります!」
「かぁ~、やっと酒が飲めるぜぇ〜♪」
「」
カカルさんがホンさんの肩を叩いて喜んでいる。
他の皆も嬉しそうだ。私もお風呂に入りたいよ。
「ん、腹減った」
ブレないホンさんは短すぎる返事と頷きを返して荷馬車を引く馬の手綱を持ち直す。私達の乗る荷馬車が茫然自失している人間達の前を通りすぎるが、皆時が止まったかのように身動ぎ一つしない。
周囲には雷が近くに落ちた時に匂うツンとするよなオゾンの刺激臭が漂っていた。門扉が開いたままの関所を私達は悠々と潜りランデブルク領に入った。
「凄まじい魔法ですね…人を消し去ってしまうとは、今のはどの様な魔法なのですか?まとめて異次元に飛ばしたとか?でしょうか…」
平常運転に戻ったモエちゃんが、隣りに座る私にホンさんの魔法について説明を求める。
「え、それ私に聞く?私も分かんない(笑)
けど、レントがホンさんの魔法を初めて見た時にゴチャゴチャと何か言ってたな…あれが究極の火魔法なんだとか何とか?」
「今のが…火魔法?ですか…雷ではなく?」
「人間の想像を絶する超高温なイフリートの炎がプラズマ化して物質と反応するからオゾン臭がするんやろって、レントが言ってたけど… ホンさんのイフリート魔法はいつも一瞬パチッて光るだけだから火魔法なのかも私良く分からないんだよねw」
「プラズマ化って…ああ、太陽の中で起こってる現象にそんなの有るって習ったような…なるほど、流石ホンさんです!」
モエちゃんがめっちゃ良い笑顔でホンさんに向けてサムズアップする。白い歯がキラリと光った。
「モエちゃん…理解を放棄したでしょw」
「はいっ!」
うんうん、良い笑顔。私と一緒だね…私達は荷馬車の中でホンさんを暫く褒めまくったけど、本人はどこ吹く風とばかりに雲を眺めていた。
………
……
…
──領内、亜人種収容所
「ん〜?なんだ貴様ら…新しい収容者か?」
粗末な木の柵が張り巡らされている区画の入口に来た。木柵には鉄条網が巻かれており、まるで犯罪者を収容するような雰囲気の場所だ。柵の中には粗末な小屋が長屋のように並んでいて、陶た匂いが漂っている。所々に骨と見紛うばかりに痩せ細ったビッグフットやハーフリングが散見される。
「こ、これはいくら何でも、酷すぎます…」
「…肥溜めの方がまだマシでありますな…」
「…………畜生どもめ……許せねぇ……」
「……オイら、ハイド伯爵を誤解してたよ」
「あれでマシな扱いだったとはね……」
「………殺る」
中に繋がる粗末な扉はビッグフットも通れるようになのか高さが3mほど有る。その前で酒を飲みながら屯する門番ぽい兵士達の一人が、首輪を付けられたハーフリングを足蹴にしたまま近付く私達の荷馬車を怪訝そうに見上げている。
ホンさんは無言のまま兵士達に向かって右手を上げた。兵士達の姿はホンさんの殺気に呼応して既に陽炎の様に揺らいでいた。
「【極炎】」
──ポヒュッ
足蹴にされていたハーフリングを残して兵士達が姿を消す。ホンさんは何事も無かったかのように欠伸を一つ、地面に土下座させられ頭を踏まれていたハーフリングも、急に足からの圧力が消えた事に気付いて顔を上げた。茫として私達に顔を向ける。
「ちょっとそこの貴方、ここに居る氏族の長を呼んできておくれよ。ここは確かラグライト氏族が収容されてるんだよね?」
カカルさんが御者台に顔を出して頭を上げたハーフリングに話し掛ける。カンさんやキキリさん達も荷馬車の後ろから外に出て行った。
「あ…え?あれ、門番の兵隊さんは…あれ?皆さんは今日からここに収容される人達ですか?確かに私達はラグライト氏族ですが…族長はもう……」
ハーフリングの顔がクシャリと歪み瞳から涙が溢れる。そのまま下を向いてしまった。カカルさんは馬車から降りて彼の背中を擦ってやる。
「そうかい…間に合わなかったんだね。…残念だよ、まったく…ところであんたは何で柵の外に出されてたんだい?…えっと」
「あ、私はサプリ。サプリ・ラグライトです。門番の兵隊さんに配給の量をもう少し増やして頂けないかお願いしてた所だったんです…ビッグフット達が余りにも可愛そうで…」
サプリさんは収容所の中を振り返りながら眉を下げる。それに釣られて私達も柵の中に目をやると無気力に横になったり座り込んでいる、ガリガリに痩せたビッグフットがあちこちに居た。
「ぅひゃーっ、みんな骨と皮ばかりになっちまってるじゃねぇか…こりゃ酷ぇ。可哀想に… ヨーダちゃん、早いとこやっちまおうや。ビッグフットが今にも餓死しちまいそうだ…」
カンさんが門扉を開け中を確認すると、髭面を顰めて振り返る。中の状態はかなり酷そうだ。
「そうだね急ごう。サプリさん、私達は皆を人間達から解放するためにハイドシャイニーから来たの。食糧と寝床を提供したいから収容所の皆に声を掛けてくれませんか?出来れば一か所に集まって欲しい」
サプリさんが顔を上げる。その顔はガリガリに痩せ無気力な濁った瞳には絶望が浮かぶ。悲惨な生活の影が目の下に隈になって現れてる。何日も洗っていないようで陶た匂いのする身体は、一歩間違えば本当にゴブリンと見分けが付かないほど垢に塗れて黒ずんでいた。申し訳ないけど、むっちゃ臭ちゃいです…
「私達をここから解放する、ですか?…寝床なら有りますけど…けど食糧は有り難いです。中央に井戸があります。その周りが少し広くなってますから、そこにお願いできますか?」
サプリさんは衰弱しているせいも有るだろうけど、もの凄く無気力にトボトボと収容所へ歩いて行く。同胞のそんな後ろ姿を見つめるロンさん達皆の顔はとても哀しげだった…
「さあ皆さん、そんな顔してないで私達も行きましょう!ご飯を食べて良く寝れば、皆元気を取り戻しますよ、きっと」
私は無理やり笑顔を作ってパンパンと手を叩く。
「そ、そうですよね。…早く温かいご飯を食べさせてあげて、お風呂に入れてあげましょう。ホンは馬に餌をあげておいて下さいね。さあ、皆行きましょう」
ロンさんが皆を促し、私達はサプリさんの後に続いた。モエちゃんには魔法鞄を渡して衰弱して外で横になっているビッグフット達に水とパンを配るようにお願いする。荷馬車を繋いだらホンさんも手伝ってくれるそうだ。
私達はとりあえず井戸の有る場所へ急いだ。
………
……
…
「なんだいこりゃ、泥水しか出ないじゃないか!
これじゃ枯井戸と変わりゃしないよ…」
井戸に取り付けられた滑車がガタガタと音を立てる。底に落とした水桶が漸く引き上げられたかと思えば、水桶には泥水しか入っていない。カカルさんがそれを見て顔を真っ赤にして怒っている。
「む〜、あまり時間を掛けてると収容所の皆が保たなそうですね…仕方ない。とりあえず、この井戸の深度を利用してチャチャっとダンジョン作っちゃいましょうか!」
私は腰に回した魔法鞄からダンジョンコアを取出した。これは[無限回廊]のダンジョンポイントで漸く作成出来たコア。
「自分はダンジョンが出来る所を初めて見るであります。新しいダンジョンがどの様な物に成るか楽しみで、ワクワクするで ありますよ〜♪」
「ふっふっふっ…そうでしょ、そうでしょ♪
[無限回廊]って、元々とある特殊機能が有ってさ、無限の名前の由来でも有るんだけどね?…ふふ、後は見てのお楽しみだね!」
キキリさんは私の手元を覗き込むようにして、顔を赤らめコアを見つめている。私も楽しみだ。SSRダンジョン[無限回廊]は無限の名を冠する通り、無数のダンジョンを生み出す事が出来る。そしてその生み出されたコアは…
「見ててね〜♪エイッ」──ヒョイッ!
──ひゅ〜〜〜〜〜……
私は井戸の中にヒョイッとコアを投げ込むと《ダメオヤジ》の皆が集まってきと井戸の石組みの縁から中を覗き込む。コアが落ちる風切り音を聞きながら暫し待つと、やがて『ポチャンッ』と水底を叩く音が聞こえた。
「む、底に届いたみたいね。そろそろかな?みんな少し井戸から離れてね。眩し………」
─── カッ!!!
「「「ギャーッ!?目があぁああ?!」」」
「あ、ごめん。…遅かったね(汗)」
井戸の底から真夏の陽射しもかくやと思われるような光りが放たれ、覗き込んでた皆が両目を押さえてのたうち回る。阿鼻叫喚の地獄絵図が再び!?
「あ、アハ、アハハ…めんご、めんご(汗)」
皆の視力が回復するまで待ってたら夕方になっちゃった…失敗、失敗♪テヘペロ。 後から合流したモエちゃんと、ホンさんが、のたうち回る皆を見て呆れ顔で私をジト目で見ていた …ごめんちゃい…




