他意はない─①
南のランデブルク領まで抜ける街道には、川砂を薄く撒いてから水を含ませて魔法で硬めただけの簡易舗装と呼ばれる手法で舗装されていた。
砂粒に含ませた水の粘度を高めただけの物なのに、重量の有る荷馬車などが通っても少し凹むだけで雨が降れば水を含んで元に戻るらしい。これアスファルトより優秀じゃね?
異世界あるあるの馬車の揺れはほぼ皆無。非常に快適でしかも速度も普通に40kmくらいは出ているね、これ。荷車のサスペンションを開発する前に道路そのものを改良してしまうとは…これじゃ知識チートどころか逆に知識ザコに成りかねない…
荷馬車と言ったけど、荷車を引くのは馬のような生物ってだけで、私達にオワタさんが仕込んだ翻訳くんが勝手に"馬"と訳してるだけ。
実際の見た目は馬というより細身で脚の長いトリケラトプスだ。角と襟飾もまんまトリケラトプス。ダチョウの様に鈎爪が生えた長い獣脚が四本。その謎生物がストライド走法で器用に走って行く。
渡り鳥?の一種だったのを品種改良した個体らしく、馬よりも遠く長く走れるらしい。暑さにだけ弱いのだとロンさんに教えてもらった。
「馬なのか、はたまた四本脚の鳥なのか判断し辛い生き物だわね…そりゃ翻訳くんもバグるわ…」
すれ違い遠ざかる荷馬車を見ながら独り言ちた。
──《呼んだ?》
「ぅひゃっ!?」
頭の中で急に声が反響したせいで声が出ちゃった。
「ヨーダちゃん、どうした?」
隣りに座っているカカルさんが心配している。カカルさんの妖精ウルが私の頭に乗るベルの周りを一周する。"ウル"は水精霊だからなのか、頭に角の生えた金魚の姿をしている。蘭鋳の様でプックリしていて可愛い。
「いえ、ウルはいつ見ても可愛いなと…」
「そう?ありがとうね。けどベルも可愛いじゃないさ。ほら、そういう子供っぽい所とかさw」
私がウルを褒めたらベルがヤキモチを妬いたらしく、私の頭をポカスカ叩いている。私が頭の上でジタバタしているベルの頭を撫でてやると漸く落ち着いた。
「少し横になります」
「ああ、休暇する時に起こしてやるさね。少し寝るといいよ。どうせ今日も野営なんだ、不寝番は必要だからね」
「はい。では…」
(─オワタさん、急に話し掛けないで下さい!)
《─だってさっき、バグるって…》
(……もう良いです。けど、ちょうど良かった)
《何か聞きたいのかい?》
(はい。ダンジョンを増やして魔王…あの黒い霧を縮小出来れば、私達を元の世界に戻してくれる、って言ってましたよね?)
《うん。言ったね》
(それ、もう達成されたも同然じゃありませんか? ダンジョンさえ攻略すれば、人類全て進化出来るようにしなりましたし…魔素?もかなり減ってきてるみたいで、ロンさん達の村なんて普通に草木が生えてきてるみたいですよ?)
《そうみたいだね》
(いや、"そうみたいだね" じゃなくてね?終わりを決めて欲しいんですよ。 このままこの世界の黒い霧が消えるまでダンジョンを増やせって事なんですか?)
《いやいや、流石にそこまで甘えるわけには行かないよw というより君だけならいつでも戻せるよ?今すぐにでも…》
(え、私だけ?……あ、それだと結局レントとノーマは死んじゃうんですよね?時間遡行に問題がある?)
《あ、気付いた?…アハハハハ、流石に気付くか〜…どちらかと言えば、メインはノーマ君とレント君で君とダンジョンが"おまけ"みたいなものなんだよね。
あ、もう一人居るけど…ノーマ君が時間遡行出来たら同時に解決するから気にしなくても良いか…》
(もう一人?…気になる言い方しますね…)
《うん?まあ、ランデブルク領に着けば分かるよ》
(はあ… で?肝心の時間遡行して戻れる条件みたいのは、有る?無い?どっちなんです)
《有る…だね。1分弱とはいえ一方通行を逆走するんだよ?ペナルティは当然『有る』でしょ?》
(そんな交通ルールみたいに…その条件を教えて欲しいんですが…まさか…黒い霧、関係有ります?)
《ハハハ、流石に察しが良いねw その黒い霧を全部晴らしてみてくれないかな?…僕もまだ確信は無いんだけど、君の世界からコチラに連れて来る時に少し気になる事が有ったんだよね…あの"黒い"のはもしかしたら君達の世界から来た物なんじゃないか…とね》
(え?あれが私達の世界から…それは…)
《まあ、まだ想像の域を出ない戯言だよ。けどもし、僕の想像が当たっていたら君も無関係では居られないかもしれないね。その時、君は選択を強いられるかもしれない…》
(せんたく?私がですか…まぁ大丈夫でしょう♪)
《え?…ずいぶん楽天的だね?》
(だって私、洗濯するの嫌いじゃないんですよ?)
《………は?》
(2層式でも浸け置きでも、何なら手洗いもやっちゃいます!だって中学生の頃は毎日ユニフォーム洗ってたんですから!何なら先輩の分までやらされてました。めっちゃ評判良かったんですよ?私の洗ったユニフォーム…あれ?オワタさん聴いてます?)
《……ぎょ、ぎょめん。お、お腹痛くなっちゃった。今日はこれでし、失礼すりゅぅぅ゙う…く、ぐぬぬ…ぷひっ、……ぐくくっ…》
(あ、はい。オワタさんにはお世話になってるので、洗濯なら何時でもやりますからね。遠慮無く言って下さい!ではまた…)
《くっ……ぐぬぬ…ぶひっ!ぶはははハハハハハハハハハ、アハハハハハハハ…し、死ぬ…ま、また…》
変な人?だね。まあ2人を連れ帰るのに必要な条件が"洗濯"ならチョロいよね♪勝ったな…
………
……
…
◆
──野営地
「うん。普通にキャンプ場だな、これ」
道路とは別の魔法が使われているらしく、テントを設営するため専用区画が用意されている。
トリケラトプス擬きを繋ぐ場所には餌箱と嘴で突付けば水が出るウォーターピックまで有るよ…やはりトリケラトプス擬きは馬ではなく鳥なのではなかろうか。
「どうしたのさ、腕組みして野営地を睨んだりして。 ヨーダちゃんは時々、可笑しな行動をするね?頭の上でベルが同じ格好してるよw」
用意された餌箱に持ち込んだ乾燥トウモロコシの粒を入れながら、カカルさんが私達を見て笑っている。その乾燥トウモロコシの粒は形こそ同じだけど一粒一粒が妙に大きく、私達の世界の物より二回りは大きい。 それに少量の水を加えてふやかしてやれば"馬"の餌になるらしい。
ちなみに興味本位で一粒食べさせてもらったけどエグ味が酷くて食べられた物じゃなかった。カカルさんの残念な子を見るような目が痛い…
「では不寝番の順番を決めておきましょうか。女性チームと我々男性チームで分けますか?」
どうやらロンさん カンさん2人ドワーフと、チンさん ホンさんのSハーフリングが男子。私とカカルさんの2人Sハーフリングに、ドワーフのキキリさんが女子で不寝番を別けるつもりみたい。戦力バランスも良いね。
「良いと思います。女子チームは昼間、荷車の中で寝ていたので順番を先にしてもらっても?」
「問題有りません。そうしましょう…所で…」
急にロンさんが声を落とす。 輪になって二つのテントの前で相談していた私達を手招きする。何々、内緒話し?
「(あのキャンプ場の隅で野営する様子も無く木に凭れて寝袋に入っている女性が我々の後を付けてきています)」
そう言ってチラッと木陰を見るロンさん。私達も釣られてチラ見する。スピリットハーフリングになりステータスがカンストしてる私は視力もかなり良くなってるので、100mは離れている女性がコチラを窺っている顔の表情まで見えた。泣きそうな顔してるよ、何で?ああ、そういう事か…
「あの人ね。分かった…ちょっと行ってくる」
「えっ?!…よ、ヨーダさん、ちょっと…」
私は引き止めるロンさんに右手を上げて押さえ、スタスタと女性の元に向かった。ぷ〜んと蚊のような羽音をさせてベルも私の横に並んでくる。女は私が近付くと慌てて寝袋から起き上がった。アタフタと髪の毛を整えて服を延ばしている。
「ちょっとそこの貴女!私達の後を付けて来たんですって? あっ!…もしかして貴女…」
私は女性を指差して睨み付けてやった。頭の上でベルは腕組みしているようだ。見えないけど… そこで初めて気付いた。長めの耳の先が尖ってるよ。
「あ、え、その…わ、私はその、先週ダンジョンに入って進化をさせて頂いた、ジェシーと申します!」
ジェシーと名乗った女は明らかに"エルフ"の姿をしている。先週、私はダンジョンでの国軍メンバーの強制的進化に参加しなかったので彼女とは初見だ。
「あ、そうなんだ。私はヨーダだよ。この頭の上でふんぞり返ってる妖精はベル。よろしくね♪」
ジェシーさんはベルをガン見して泣きそうな顔になった。何となく嬉しそうにも見える。何で?
「あ…よ、よろしくお願いします。…その妖精さん、触らせて頂いても…あっ、申し訳ありません!不躾に失礼しました!」
直立不動の姿勢になったジェシーさんの元へベルが飛んで行って、その頭を撫でてやると、ジェシーさんの顔が耳まで赤くなった。
「こら、ベル。大人の頭を撫でたら失礼だよ…ジェシーさん、事情は知らないけど、私達と一緒に夕飯食べない?いくら進化しても、まだLv1 じゃ女性一人は危ないし…」
「よ、宜しいのですかっ?!!是非っ!」
ぅお、めっちゃ食い気味に顔を近付けてくるね、この人…ち、近いって… ベルはジェシーさんの耳を引っ張って遊び始めてるし…私が彼女の耳を気にしてたからかな?ベルは本能のまま自由に動いちゃうので困るよ…本当。
………
……
…
ジェシーさんを私達の陣取っている区画へ連れて行く途中、同じく広場で野営していた人族の男8人組に声を掛けられた。
「そこのゴブリン擬き(ハーフリングの蔑称)、今夜俺達のテントに来いよ。俺達を満足させられたら、雌だけはこれからも可愛いがってやるからよ。そこの女もハーフリングなんぞに構ってねぇで俺達の所に来いよ。一晩で10,000ジェムなら払ってやるぞ?8人相手にしてもらうがな♪ギャハハハハハッ」
「「ギャハハハハハハハハ…」」
ハーフリングだけで集まっていたから舐められているね。やはりジェシーさんを狙っている男どもが居たらしい。他にも男どもが集まる集団のいくつかから下卑た視線を感じるし… はぁ~…男って本当に始末が悪いわ。
「なっ!? 貴様、私はグラムグラ王国国軍中尉ジェシー・マッケインだ…覚悟して先程の言葉をもう一度言ってみろ…」
ジェシーさんが男を睨み付け、少し腰を落として身構えると下卑た笑い声を上げていた男どもが静まり返った。
この国では例え身分を証明する物を持たなくても軍人や公務員を詐称すれば極刑らしく、無闇に軍人を名乗るバカはとても少ないらしい。だから男どももジェシーさんの言葉が口から出任せでは無いと信じたみたい。
「ちっ、まさか軍人さんがお一人とは思わず失礼した… ならゴブリン擬き、お前らだけで我慢してやるから仲間の雌も連れて来て酌をしろ…」
男が言い終わる前にジェシーさんの身体がブレた。
──スパッ!
「………え、お、おい。…ヒィィッ!?」
「なっ?!こ、こいつはさっき、あんたに謝ったじゃねぇかっ!こ、国軍の中尉だか何だか知らねぇが、いくら何でも無礼討ちは…アガガガ…コヒュッ…」
──ズグッ
最初の男の首は一瞬の間に手刀で打ち落とされ、頭を失った首から血が噴水の様に噴き上がる。男の首が地面に落ちる前には、次の男の口に既にジェシーさんの右腕が肘まで突っ込まれていた。貫通していた腕を引き抜くと、ジェシーさんは腕に着いた血を風魔法で吹き飛ばす。
1秒も経たずに二人の男から頭部が失われ、首から赤い血液を噴き出す不細工なオブジェが出来ていた。
「「「ギャーーッ!!!人殺しっ?!」」」
1秒で6人に減らされた男どもが腰を浮かして大声で叫ぶ。再びジェシーさんの身体がブレたように見えた。
──ゴッ、ズゴッ、スパンッ
「が…」「グェッ!?」「……あ」
右フックで頭を吹き飛ばし、左上段回し蹴りで頭ごと刈り落とす。正面に立った男の胸に右拳を貫通させてから、残った三人へ無表情に感情の籠らない瞳を向けるジェシーさん。
現場は血みどろのブラッディスプラッシュ状態だよ。どうすんの?コレ… 私の頭の上でベルがシャドウボクシングの真似をしているのが分かり、私は頭を抱えたくなった……




