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DM─マルファンクション  作者: 三郎忠
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若気の至り


 今、"クラウド・フォン・ハイド伯爵" は執務室でグラムグラ王国軍第四重装歩兵連隊中隊長パーチ・カーターと面談していた。パーチ中隊長は今年45才になり従軍経験は25年目の叩き上げのベテラン将校だ。階級は大尉。国王の命によりハイドシャイニー領へ派兵された三中隊(一中隊百名、計三百名)の代表を任されている。


「カーター大尉、ダンジョンの攻略状況を報告してくれたまえ。 そろそろ全員が進化出来そうかな?」


 メイドの淹れた紅茶を堪能していたパーチ・カーター大尉は獅(・)子(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)鬣(たてがみ)を揺らしながら顔を上げると、カップをソーサーに戻して姿勢を正した。


「は、現在35階層のモンスターハウスにてジャック・ボード中尉率いる中隊100名をレベリング中です。 ジェシー・マッケイン中尉の中隊100名は先月、無事全員進化を遂げました。現在、彼女の隊には一週間の休暇を与えております」


「ほう、それは素晴らしい。で、マッケイン中尉は進化先に何を選んだのだね? まさか君の様に鬣(・)など伸ばしたりしていないだろうね…」


 ハイド伯爵がパーチを誂うように悪戯な笑みを浮かべる。 パーチ大尉はもう一度 紅茶を口に含んでから顔を上げた。ハイド伯爵を見つめる瞳が細められ、瞳孔は猫の様に縦にキュッと窄(すぼ)まる。


「ハハ、御冗談をw 獅子は私の個人的な憧れでした故。ジェシーの奴は"エルフ"と呼ばれる種族を選択した由に御座います。職業は弓師、エルフは木々に親和性を持ち森林での活動が得意な種族とか。

 また風の精霊の加護で必中必殺の矢を射れるようになったそうです。弓隊であるジェシーらしい選択と言えましょう。エルフは容姿にも優れておりますので、本人はその事をいたく喜んでおりますよ」


「なるほどね。エルフは容姿に優る種族なんだね。 それは良い情報を聞けたよ。私の妻が進化する際はエルフを勧めてみようと思う」


「そうですね。きっと奥様も喜びましょう。実は任務が満了しダンジョンが一般人に開放された暁には私も妻子をこの地に呼び寄せ進化を勧めたいと考えております」


 パーチ大尉は窓の外へ目を向け、遠く故郷の空を見上げるかのように柔らかな表情になった。王都から早馬でも一月は掛かるハイドシャイニー領に来てから既に三ヶ月が過ぎていた。


「アハハハハ、是非そうすると良いよ。来週には隣領ランデブルクを任されているグラディウス侯爵の寄子カルロス・ブルク男爵が駐屯している私兵を率いて応援に駆け付けて下さるそうだよ♪だからさ、そのジャック・ボード君とやらに早く進化条件を満たすよう催促しておいてくれたまえ。 ブルク男爵には到着しだい、ダンジョン攻略をしてもらうつもりだからね」


 ハイド伯爵は苦笑いしたパーチ大尉へウインクを一つ投げてから肩を竦める。


「ボード中尉も気の毒ですな。いくら死んでも蘇るとは言え、死ぬ間際に感じる痛みと恐怖は本物です。裸で一階層に戻された挙げ句に素っ裸のまま転移門からダンジョンへ戻される絶望感は、経験した者にしか理解出来ますまい… 未だに私もあの日々を思い出して夜中に目が覚める事がございますから…」


 いつもは猛々しい獅子の獣人の目から感情の色が消え、小刻みにその指先を震わせていた。心底、同情するようにハイド伯爵が何度も頷く。


「そうだろうね… 実は私は余りの絶望にダンジョン内で何度も自死を試みたものさ。結局気付けば一階に戻っていたのだがね…ハハ、もちろん君達と同じさ。一糸纏わぬ姿でね。その度に生れ変わったような気持ちになったものさ…」


 実はハイド伯爵は何度も失禁して逃げ出そうとしたのだが、それは言わぬが花と言う物であろう… 二人が紅茶を手に暫く黄昏ていたのをメイドは不思議そうに見つめていた。


………

……

…


 メイドに二人分の紅茶と追加の菓子を用意するよう指示してメイドが執務室を退室すると、伯爵がソファから背中を外し身を乗り出す。


 「さてカーター大尉、本題に移ろう。ブルク男爵率いるグラディウス侯爵の私兵を進化させて取り込めれば中隊が五つ揃う事になる。ブルク男爵と入れ替わりにグラディウス侯爵閣下のランデブルク領へ、我らが同胞『ダンジョンカンパニー』からスピリットハーフリング率いる"犬親(ドッグダッド)"が出るそうだ」


「犬親?ですか… どの様な意味なのでしょう。

 あの者らが埒外な存在である事は理解しておりますが、たった7人では流石に厳しいのでは有りませんか?」


 パーチ大尉が顎に手をやり、何度も何度も黄金色の髭を撫でている。髭の毛触りにとても満足している様子だ。口角も少しだけ上がっている


 「ランデブルク領にも新たにダンジョンを設置するそうだよ。そしてランデブルク領の人族を強制進化へ導く。同胞が都市を掌握する頃にはブルク男爵の進化を済ませて、ランデブルクに代官として送り返す予定らしい」


「なるほど!新たなダンジョンが…伯爵は以前、王国東端であるハイドシャイニーとランデブルク領を押さえ、そこを起点に王都グラムグラールを目指して西へ浸潤を開始する…と、仰っていましたね」


「ああ、人外に至った我らが古き人々と共存するためにも遍く人々に進化を促すしか無い… 全くもって理不尽極まりないね… 我々とて好きで進化して人外に至ったわけでは無いのにね」


 そう言いながらも伯爵の口角は上がっている。


「その件につきましては完全に同意いたしますw

 私どもなどは半ば強制的に王国まで裏切るハメになっておりますれば、理不尽という言葉は正に私達、派遣国軍にこそ当て嵌まるかと…」


 パーチ大尉が上目遣いに伯爵を見る。


「ハハハ、これは手厳しい。私も強制進化の辛さに心が折れて、ヨーダ殿に何度も何度も『理不尽だ!』と叫んだものさ。

 『難民となったハーフリングやビッグフット達亜人種を保護してきた私に対して、亜人種の君達が何故これ程の仕打ちをするのか!理不尽だ!』とね」


 ハイド伯爵が窓の外に目をやる。雲一つ無い青空が広がっいる。今日も暑くなりそうだ…


「ヨーダ殿は何と?」


「ハハ、彼女かい?

『生まれや種族を理由に理不尽な差別をする奴らに同じ理不尽を押し付けてやる!』と言われたね。彼女は奴隷制度を憎んでいるらしいよ?けれど私はその言葉を聞いて思い出してしまったのさ、若い頃に胸に抱いていた理想をね…」


 貴族社会で"海千山千のクラウド"と言われているハイド伯爵が若い頃にどの様な理想を抱いていたのか、俄然興味が湧いたパーチ大尉は目を輝かせて少し身体が前のめり気味になる。


「浅学な私の後学のために是非、伯爵様が若かりし頃の理想をお聞かせ頂く事は叶いますか?」


「ハハハ、そんな御大層な物ではないよ。亜人種達のコミュニティと市民の間で真っ当な取り引きを行わせて、亜人種達からも利益に応じた徴税が出来ないかと試行錯誤していた頃の話しでね。

 真っ当な取り引きをさせるには市民の差別意識を払拭する必要が有るだろう?私はそれを諦めた。それだけの事だよ。要は税収を上げたかったんだねw」


「亜人種達から徴税を? …なるほど」


 ちょうどメイドが淹れ直した紅茶と焼きたてのスコーンを持って入室したので、面談はお開きとなった。


 その後も三十分ほど雑談をしてパーチ大尉は宿舎へ戻る。街を歩きながらハーフリングの奴隷の男が広場で、ナイフを使うジャグリングを披露させられているのを見掛けた。

 見物客が投げた金は全て奴隷の主の物になるのだろうな。などと愚にもつかない事を考えているうちに、伯爵の言葉を思い出す。


 納税は国民の義務だ。納税するには金を稼ぐ必要が有る。当たり前の事だが奴隷に給金は与えられない。

 奴隷の主はただ衣食住の保障をするだけである。それでは、いつまでも亜人種から納税させる事は不可能だろう。


 納税の義務を果たして初めて国民としての権利を得るのだ。だから伯爵は亜人種達と真っ当な取り引きを… そこに思い至れば、伯爵の抱いていた理想も見えてきた。


 「なんだ、伯爵様もヨーダ殿と同じだっただけの話しであったかw なるほどな。それは彼女に全面的に協力したくもなるだろうさ。漸く腑に落ちた。ハッハッハッ……」


 パーチ大尉はダンジョンで血の涙を流しているであろうジャック・ボード中尉を思い出して、大通りに立ち止まり一頻り笑っていた……







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